第7話 水晶の魔鏡
彼女の左眼には、からっぽな空洞が、暗い眼底を映していた。
モモカは、その目を閉じて、押し殺した声をだした。
「次、わたしをその名で呼べば殺す」
沈黙があり、木箱のうえで呆けていた髭面が、腹をかかえて高笑いをした。
「そんな薪ざっぽの一本で、男ふたりと剣を相手にどうしようと言うのか」
背中を向けたままモモカは薪を手に、音を立てて耳を澄ました。狭い小屋だ。水車の水をくむ音。捨てる音。空回りする羽車のきしみの中にも、わずかにこの薪木の音は反響している。
髭面が腰かけていた小箱から降りた。その足音が近づいてくる。
「で、虎女、聞きたいことってのは何だ」
気配がし、モモカの方に髭面の手が乗った。
モモカはそのまま言った。
「あの
すると肩にのっていた手が離れた。そのまま髭面は腕組みをしている様子だった。
「冗談じゃない。奴のせいでオレたちはこのざまだ」
「奴のせいとは?」
そこで若いほうの声がした。
「兄貴……」
それ以上を話すなと咎めるような口調だった。
けれども髭面は続けた。
「問題ねぇよ。虎の尼さんは赤ん坊のかわりにオレらと一緒に行くんだ」
モモカは苛立ちを抑え、再度言った。
「もう一度聞く。奴のせいとは、どう言う意味だ」
髭面がポケットから水晶玉を取り出した。
「オレたちはこいつを盗み出すために、あの猿人に雇われた。だが、奴はこの使い道を教えようとしなかった」
横目にしてモモカは言った。
「水晶玉か」
それは特段めずらしくみない真球状の透明な球体だった。
モモカは「そうか」とつぶやいた。ともかく、サルカンが油断ならぬ者だということは分かった。
髭面の声がした。
「さて。尼さんに本物の天国をみせてやるよ」
その手が再び彼女の肩を振り向かせようとした。
その瞬間──。
彼女の口が開いた。
叫んだ言葉は、短い。〝
その声とともに、彼女の身体は半回転しおえていた。
同時、振るわれた薪が、髭面の頭部を刎ねていた。薄壁に穴を開け、それはもう外を飛んでいた。
首から血飛沫が天井まで噴き上がって、やがて緩まりながら首のない胴体が倒れた。
壁にできた穴から、もう一本の光が射し込んだ。
若い方が、口をわななかせ、後ずさった。
籐籠の布団のなかで、赤子が目を覚ましかけ、むずかるように口もとを引き上げたあと、また寝息をたてはじめた。
それを目に、モモカは言った。
「貴様は見逃してやる。赤子を連れて村人に投降するがいい」
天井から血の滴る音。水車が回る音。赤子の鼻から漏れる、小さな寝息。
籐籠の赤子を若い賊に押しつけると、それが戸を開けて出ていくの見届けたモモカは、手にした薪を投げ捨てた。
そして先ほどまで髭面が乗っていた首なし遺体のポケットをまさぐった。
水晶の玉は、たやすく見つかった。
それを片目の前にし、天窓からの光に透かし見た。
だが、なんの変哲もない透明な球体だ。
すこし思案し、モモカは、左目の空洞にそれをしまうと、肌着を身につけた。
──くしゅん、と、クシャミがでた。
街道のほうで、歓声が聞こえた。
モモカが板壁の隙間にのぞき見ると、サルカンが野次馬と村人たちに胴上げされていた。
モモカはジト目で口を尖らせた。
「調子のいい奴め……」
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