第5話 肌着の修道女

 髭面は、木箱の上から小窓の外に怒鳴った。


「さっさとしやがれ! 早く服を脱げってんだ!」


 弟分は首をすくめた。


 驚いた赤子も、いっそう激しく泣きはじめた。


 しかし、髭面の声は、不意に止まった。


 弟分が見上げると、覗き込んでいる小窓の先に、よほど奇妙な光景があるのだとうか。髭面の兄貴分は息を呑み、言葉を失っていた。


 水車のきしむ音が、小屋の中に機械的に響いている。


 赤子の泣き声も絶え間ない。



 

 けれど、髭面は外の一点を見つめたまま、固まっている。


 その口もとに薄笑いを浮かべた。




「……は、は。こりゃいい」


 その声音は、まるで獲物を見つけた狩人だった。


「えれえ上玉じゃねぇか」


 髭面は、足もとの弟分に黄ばんだ歯を見せた。


「てっきり出涸らしのババアかと思ったがよ、剥いてみたら──まだ子どもみてええな娘っこだ」


 そして彼は、小窓から差しこむ光に目を凝らして、無精髭を撫でつけた。


「髪なんかツヤッツヤの真っ黒で、手脚のなげえこと。肌着だが、尻も高え胸も固え。ありゃ幾つだろうな」


 口にする言葉はまるで下卑だが、その顔にはたまらない期待が浮かんでいる。祭りの最期、一発だけ大輪で上がる花火を目にしたのように目を細め、油っぽい舌で乾いたくちびるを潤した。


 そして怒鳴った。


「そら、もたもたすんな! 女、さっさと盆皿持って、こっちにきやがれ!」


 その叫びはもはや交渉ではない。給仕に怒鳴りつける酔客のそれだった。



 肌着の少女の背中にあった群衆から、女たちが顔をそむけ、すすり泣く声がしていた。


 それは死地に赴く少女が、哀れに思えたからだけではない。


 彼女の華奢な背中、脚の裏。二の腕。首。肌着から覗く肌のいたるところに走る縞模様のような傷痕が、その内面の抱えてきた痛みを想起させるのであろう。



 けれども、鼻筋を真一文字にはしる傷と閉じた左眼でモモカは、毅然と立っていた。


 食料を乗せた盆皿を手に、水車小屋へ向けて歩みはじめた。


 足もとに、鉛を仕込んだ修道服をのこしたまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る