第2話:昭和19年・混迷の富士裾野

■ 狂人と見なされた剣客


「動くな! 叩き斬るぞ!」


土方歳三の怒声が雨の中に響く。

だが、銃を構えた兵士たちの目に映るのは――


血まみれの着物姿。

腰には真剣。

時代錯誤の“仮装”をした不審者。


「……おい、この男、何を言っている? 新選組だと?」


「正気じゃない。空襲のショックで頭がやられたか、徴兵逃れの芝居だろう」


下士官が吐き捨てる。

彼らにとって、土方たちの“真剣”だけが現実の脅威だった。


「副長、話が通じません。奴ら、我らを狂人扱いしています」


斎藤一が低く構える。


その横で、沖田総司が激しく咳き込み、泥水に膝をついた。

兵士たちの銃口が、容赦なく彼の背中を狙う。


「……抵抗はやめろ。その得物を捨てろ! 憲兵隊に引き渡す!」


土方たちが連行されたのは、

“病院”とは名ばかりの、国民学校を徴用した薄暗い分遣所だった。


---


■ 甲斐と越後の「浮浪者」


一方その頃――。


武田信玄と上杉謙信は、

演習場跡の荒野で兵士たちに取り囲まれていた。


そこは戦車の演習場ではなく、

本土決戦に備えて掩体壕を掘らされる民衆と学徒兵の地獄。


「……謙信、あの者たちの目を見ろ」


信玄が軍配を握り直す。


周囲の兵士たちの目は、武士のそれではない。

食糧不足で落ち窪み、

ただ“異物”を排除しようとする獣の目。


「……ああ。死を強制された者の目だ」


謙信は銃口を見据え、静かに息を吐いた。


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■ 空を裂く「轟音の怪異」


その頃、宮本武蔵はぬかるんだ道で天を見上げていた。


雲を割って現れたのは――鳥ではない。


巨大な鋼鉄の塊。

羽ばたきもせず、雷鳴を閉じ込めたような音を撒き散らしながら空を滑る。


(……なんだ、あれは。雷を閉じ込めた箱か?)


武蔵の背筋に、初めて冷たいものが走る。


傍らの老兵が呟いた。


「B29だ……また来やがった……」


武蔵は意味を理解できなかったが、

その“鋼の怪異”が、この時代の理であることだけは悟った。


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■ 絶望の淵の再会


国民学校の薄暗い教室。


土方、斎藤、沖田の前に、

信玄、謙信、武蔵が次々と連行されてきた。


軍にとっては、

“異常な服装の連中が同時に現れた”という事実だけで十分だった。


「……土方さん」


意識を取り戻した沖田が、震える声で窓の外を見る。


そこには――

京の優雅な山並みではなく、

黒煙を上げる富士と、泥の中を歩く少年兵たち。


「……ここは、本当に日本なのですか?」


土方は答えられなかった。


ただ、隣室から聞こえる

「竹ヤリで米英を刺し殺せ!」

という狂気の掛け声だけが、雨音に混じって響いていた。


(第2話・了)


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