第13話
だいこん怪人のドロップ率はたしか二十%だったはずだが、運よく一匹目から種が手に入ったので早速川の近くに植える。
あとは大根を育てがてら引き続きファイアー小僧探しをするべく、草原の小高い丘に登って周囲を見渡す。すると、早速発見した。したのだが……。
「佐藤さん、あれ」
「ん? んん? あれって……二匹?」
「多分。ファイアー小僧二匹だ」
「ん、んんん……。うーーん……?」
そこそこ距離があるためはっきりと断言はできないが、赤い点が二つ動いているのが見える。おそらくファイアー小僧だろう。
待ち望んでいた相手ではあるのだが、初見で二匹はさすがに少々危ない。何しろファイアー小僧どころか、魔法を見るのすら初めてになるのだ。どんな風に発射されてどんな風に飛んでくるのかさっぱり見当も付かない。
「他には……」
「いないな」
「んんんん……!」
佐藤さんは悶え苦しんでいる。危険は重々承知、でもジャガイモ食べたい。でもやっぱり危ない。でもジャガイモ食べたい。そんなところだろうか。
あるいは危険な目に遭うのが自分だけではないから、無謀なことは控えるべきだと考えているのかもしれない。ここは俺が背中を押してやるべきだろう。
「佐藤さん」
「す、鈴木くん……?」
「行こう。そして食おう、ジャガイモを」
「す、鈴木くんっ!」
俺だって早くジャガイモを食べたいのだ。迷ってる暇があったらさっさとやるべきである。うっかり火だるまになってしまったら、まあ……焼け死ぬ前にその火で焚火を熾せばいいだけだ。そうすれば残った人がジャガイモを焼けるようになる。
ファイアー小僧の元まで向かう間に、どう戦ってどう火種を貰うか議論を交わすが、やはり結局のところ魔法を見てみないことには作戦の立てようが無いという結論に至った。
それを踏まえた上で無理やり立てた作戦は、まずは俺が木の束を抱えたまま単身で近寄り、なんとか片方のファイアー小僧にだけ<ファイアー>を撃たせる。魔法の兆候が見えたら、俺は木の束を放り出してとにかく回避に専念。それで火種をゲットできたら良し。駄目なら<ファイアー>を観察した佐藤さんが残りの一匹の<ファイアー>でどうにかする、という非常にふわふわしたものとなった。
やがて距離が百メートルを切った辺りだろうか。ファイアー小僧の方もこちらを認識したようで、二匹揃って歩いてくる。
ファイアー小僧はラクガキのような黒い線の棒人間に、赤いフード付きのローブを着せたような魔物だ。顔が黒い影で見えないようになっているのもゲームを忠実に再現している。
一応人型といえば人型ではあるので、その辺りを佐藤さんがどう感じるのかを懸念していたが、あれを人とは認識できないだろう。特に問題は無いはずだ。
「よし、じゃあ行ってくる。見逃すなよ」
「うん。気を付けてね」
「もし俺が火だるまになったら、ちゃんと枝に引火させるようにして死ぬから。その火を絶やさないように頑張ってくれ」
「鈴木くん……!?」
距離がおそらく五十メートルほどとなった所で佐藤さんは立ち止まり、俺だけがファイアー小僧の方へ向かう。しかしファイアー小僧は横に並んでいるので、このままでは二匹同時に<ファイアー>を撃たれる可能性がある。なので片方のファイアー小僧の射程圏内にだけ入るように、左から大きく回り込むようにして近付いていく。
見たところファイアー小僧の身長は百二十センチ前後だろうか。体型は棒人間なので痩せ型。攻略サイトの情報によると<ファイアー>を撃てること以外は本当に弱く、見た目通りの貧弱さなはずだ。
「ふぅーっ……」
もういつ<ファイアー>が飛んできてもおかしくない距離まで来ると、さすがに緊張してきた。
<ファイアー>は十程度のダメージを与えるという、ゲーム内では非常に弱い部類の魔法なのだが、最大HPが二十もなかった旅人レベル一の俺だと、二発受ければ即死してしまうということになる。大抵の拳銃より凶悪な威力なんじゃないだろうか。
最大HPが三十以下の今だと、一発で大怪我、二発で死にかけ、三発で死亡といったところか。決して甘く見てはいけない。
「ん? ……来るか」
大体野球のマウンドからキャッチャーミットの距離、目算でおよそ二十メートルとなったところで近い方のファイアー小僧が立ち止まり、何かを空に掲げるように右手を上げた。
すると右手の少し上に火の玉が出現する。最初は野球やテニスのボール程度の大きさだったが、五秒ほどで最終的にはサッカーボールぐらいまで大きくなった。
「……でかくね?」
そこで完成となったのか、頭上を見上げていたファイアー小僧は顔をこちらへ向けてきた。そして腕を振り下ろすと、火の玉が勢いよく射出される。
「お、お、おおおおおお!?」
抱えていた木の束をその場に放り投げ、横っ飛びで火の玉を回避する。
それなりに力のある人がサッカーボールをぶん投げたらまさにこんな感じで飛んでくるだろう、というようなスピードと軌道。
たっぷり時間をかけてわかりやすい予備動作を行うため、ファイアー小僧が魔法を撃とうとする射程範囲の最大、二十メートルも距離があれば避けるのはさほど難しくはない。
だが、火の玉が真っすぐ飛んでくるのはとにかく恐い。恐すぎる。
「はっ、そうだ。火種は」
<ファイアー>が着弾した地点を見ると、ぶすぶすと焦げた地面と、小さく燃えている木の枝があった。火種だ、火種ができている。
「この火を、この火を絶やすわけにはいかない……!」
慌てて火の元まで駆け寄り、放り投げてバラバラになった木の枝から細いものを選び、燃えている枝の上にそっと置いていく。
「鈴木くん! 次ーっ!」
佐藤さんの叫び声を聞いて顔を上げると、頭上にサッカーボール大の火の玉を浮かべたファイアー小僧がいた。
「あっ、新しい火種、じゃなああああああっ!」
あの火の玉を良い感じの場所に着弾させれば焚火が盤石のものとなるはず……と思ったが、飛んでくる火の玉の迫力に一瞬で考えを改める。回避が最優先だ。
焚火の傍で屈んでいた俺は、そのままの体勢で後ろに飛び退いて回避する。そして火の玉は丹精込めて育もうとしていた焚火に着弾。衝撃で焚火はバラバラに弾け飛んでしまった。
「あ、あの野郎! 俺の焚火を……! あっ、いや。火だし別に良いのか……?」
見れば弾け飛んだ木の枝はそれぞれが良い感じに燃えている。集めれば立派な焚火となるだろう。
焚火を熾してくれたファイアー小僧さんに怒ってしまって申し訳ない。そしてありがとう、ファイアー小僧さん。この恩は一生忘れない。
「鈴木くーん! 大丈夫ー?」
「おー! 焚火できるぞー!」
「ほんと!? やったやった!」
佐藤さんは大はしゃぎでこちらに駆け寄って来る。作戦は完全に崩壊したが、まあ無事に焚火ができて良かったというところか。
結果に満足しつつ燃えている木を集めていると、不意に何かが肩にぶつかった。
目を向けると、そこには赤いローブを着た変な奴……いや、ファイアー小僧さんがいた。一発限りの<ファイアー>を撃ったので、あとは直接攻撃をしに来たということか。
「ふんっ!」
ちょうど持っていた良い感じに堅い木の枝を横薙ぎに叩きつけると、軽さもあってか勢いよくぶっ飛んで空に消え去った。本体が非常に弱いという話は間違いなかったようだ。
近くにいたもう一匹にもフルスイングをお見舞いして始末しておく。マッチ代わりのファイアー小僧など一度使えばもう用済みなのだ。
「鈴木くーん! 素手じゃないとー!」
「あっ」
そうだった。格闘家の職業開放条件は素手で敵を百体倒すこと。これを満たすために素手でいこうと決めていたんだった。
しかしゲーム的には武器でもなんでもないただの木の枝だが、これはあまりにも手に馴染む。もう木刀ということにして持ち歩き、格闘家を開放できたら剣士としてやっていくのもいいかもしれない。
「鈴木くん! 焚火だよ焚火! ジャガイモ食べるんだよ!」
「おっと、そうだった」
振り返れば佐藤さんはせっせと焚火の世話をしているようで、すでになかなかの火勢である。なんか手に持っていた棒キレも焚火に放り込んでしまおう。
ではいよいよ、念願のジャガイモパーティーだ……!
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