第11話
かしこい俺が日本にいる間に考えていた、ソーサラーになるための方法がこれだった。
ヒーラーになるための味方を百回癒す、という条件を薬草を百回使うことで達成しようという目論見だ。
そのための薬草は次のエリアの魔物を倒せば手に入るので、ひたすら魔物狩りに邁進することになる。
そのエリアにはだいこん怪人という大根の種を落とす魔物も出現するので、そこで魔物狩りに励むのは一石二鳥になるというわけだ。
ジト目を向けて懐疑的な様子を見せていた佐藤さんも、大根と聞くと諸手を挙げて賛成してくれた。今日はジャガイモ大根パーティーだ。
そうして魔物、特にジャガイモ男爵を積極的に狩りながら歩いていると、割とあっさり川に到着した。さすがに初見のエリアに暗い中で突入するつもりは無いので、川に架かった橋の手前で夜明けを待って一時小休止とする。
「ゲームだとなんでこんな所に橋があるんだろって思ってたけど、実際にあると助かるね」
「だな。ここは忠実に再現されてて良かった」
田舎の国の中でも田舎の村。そこからさらに人里離れた場所にある、妙に立派な橋。
現実でこんなものがあったら、一体誰が作って誰が使っているのかと不思議に思うだろうが、ここはゲームを模した異世界。
これはただゲームにある橋を神が再現しただけの代物だ。たまに村人が対岸へ渡るのに使う程度だろう。
「村か……」
例の村はここから川沿いにしばらく北に向かった先にある。
前回俺より先に死んだ佐藤さんは、死亡すると体が消え去ってしまった。これは俺もだろうから、村で死んだ俺は村人の目の前で消えたことになる。一体どういう扱いになっているんだろうか。
今から行ったら幽霊か何かと勘違いされて、食糧をお供えしたりしてくれないだろうか。
「どうしたの?」
「いや、村には食糧があるんだと思ってな」
「村? あー、ドガンの村かー。でも、鈴木くんはそこで殺されちゃったんだよね」
「そうなんだよな……」
ドガンとはエタファン3では最初に仲間になる、正義感に溢れた力自慢のキャラクターだ。
彼がいれば村の風紀や治安は保たれていただろうが、既に主人公のシュンと共に村を出ているはずなので、もうとっくに死んでしまっているだろう。当然、俺が以前村に行ったときにもドガンの姿は無かった。
なので俺はまず間違いなく再び殺される。それも、ただ死ぬだけでは済まないだろう。
佐藤さんは生かされる可能性はあるが、その場合でも死んだほうがマシな目に遭うだけだ。
いずれあの筋骨隆々の村人たちに勝てると確信できるほど強くなれたなら、お礼参りに食糧を強奪しに行ってみたいところではあるが、きっとその頃にはもう食糧で困ってはいないはず。
今の俺にできるのは、精々深夜にこっそり侵入して何かしら盗んでくることぐらいだろう。
「あっ、そうだ」
「ん? どうしたの?」
こっちに来る前に考えていたことがあったと思い出す。
魔物を誘き寄せるために持っていた石ころを胸ポケットに入れて準備完了。果たして上手くいくだろうか。
「よし佐藤さん。ここの石をちょっと盗んでみてくれ」
「盗む……? あっ」
佐藤さんも気付いたようだ。
盗賊という職業の開放条件は、何かを一回盗むこと。この対象は街にいる人でもフィールドで遭遇する魔物でも構わない。
その為にはゲームでの<盗む>というスキルが必要で、それはここサウイン王国の次に訪れるイヴァイという国で覚えることができる。そこの城下町のスラム街にいる浮浪者から教わることで、やっと盗賊を開放する条件が整うわけだ。
それをちょっとズルして今ここで開放してやろうという算段だった。
「じゃ、俺に気付かれないようにやってくれ」
「う、うん」
ペラいボロ服に付いた胸ポケットから石ころが無くなれば気付かないわけがないが、一応そういうポーズは取っておこう。
座禅を組んで瞑目し、今は現世のことから意識を切り離していますというアピールをしておく。
「……」
佐藤さんは今、俺の方にぐっと身を乗り出して近付いた。そして手をポケットに伸ばし……ズボッと胸ポケットに手を突っ込んだ。
意外と見えなくてもわかるものらしい。異世界特有の現象だろうか。
どうやら胸ポケットに入った石を取り出すのは難儀するようで、しばらくポケットの中をまさぐった後、諦めたのか両手を使いだしたようだ。そこまでくるともう佐藤さんの匂いまで感じられる距離だった。
いくらなんでもこれに気が付かないというのは無理があるが、俺は微動だにしていないので客観的に見れば深く瞑想に入り込んでいる……ように見えないだろうか。
さすがに両手を使えばすぐに取り出せたのか。佐藤さんの気配がスッと離れ、胸ポケットにあった石の重みも感じられなくなっている。
「……む? ややっ、拙僧の石がいつの間にか失せておる。なんと面妖な」
全然気付いてませんでしたよという最後のアピールも欠かさない。目を開けると佐藤さんは虚空に向かって指を伸ばしている。メニューで確認しているようだ。
「あ、あった! 盗賊あるよ鈴木くん!」
「えっ、成功したのか」
ほとんど駄目元というか、何ならちょっとした余興のような気分だったが、本当にこれで開放できてしまうとは。この世界は割と融通が利くらしい。
「じゃあ、次は鈴木くんも…………」
「ん?」
佐藤さんは胸ポケットに石を入れようとしたところで固まってしまった。
腹が減ってエネルギーが切れたのかと思ったが、佐藤さんの胸ポケットを見てわかった。身長の割に胸が大きい弊害が出ている。
俺と違ってパツパツになっている胸ポケットに石を捻じ込むのは大変な……あっ、違うわこれ。俺に胸をまさぐられることになるから固まってるのか。
どうしたものかと俺も固まっていると、佐藤さんは意を決したのか胸ポケットに石をムギュッと詰め込んだ。
「は、はいっ。盗んでねっ」
「……」
声がはっきり上擦っているし、佐藤さんは今相当な混乱状態にあるらしい。あるいは、腹が減ってアホになっているのだろうか。
このまま何も気が付かない振りをして胸ポケットに手を突っ込み、存分に悪戦苦闘してみたいとも思うのだが……うーむ。
今後も長くこの世界を共に旅する相棒なわけだし、アホさに付け込んで無体なことをするのはやめておこう。
「あー……佐藤さん。俺はたまたま石を持ってたから石にしただけで、別に石じゃないと駄目ってことはないんだぞ。枯草とか、盗みやすいやつでも」
「…………」
目をゆっくり開けた佐藤さんは、何も言わず自分で石を取り出している。暗くてよくわからないが、顔が真っ赤になっているような気もした。
というか自分でも大変そうだ。やはり俺がやってあげた方が良かったか……?
「お、佐藤さんストップ。んで目瞑って」
「え? う、うん」
佐藤さんに石を取り出したところで止まってもらう。そしてそのまま手に持った石をひょいと摘まみ上げた。
「あっ」
「さあどうだ……おっ、いけたいけた」
メニューを開いてみると、俺の職業欄でも盗賊が開放されていた。
盗賊のレベルを上げるといずれ<気配遮断>というスキルを覚えるので、是非とも優先的に開放したい職業だった。これがあれば無用な戦闘が回避できるし、村に侵入することも可能になるかもしれない。そうすれば食糧問題は一気に解決だ。
また、攻撃すると自動で<盗む>が発動することもある。それが再現されているなら、種集めもさらに捗ることだろう。
「よし、じゃあ早速転職するか」
「今のは絶対鈴木くんの狡猾な罠だよ…………えっ? ああ、うん。そうだね」
佐藤さんがブツブツと聞き捨てならないことを言っているのが割としっかり聞こえたが、かなり心が揺れていたのは事実だ。それに否定しても面倒そうだし、ここは権謀術数に長けた稀代の軍師という評価を甘んじて受け入れておこう。
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