第46話 ドス黒い虚無
室岩洞の闇の中で、コウモリと柿の種にまみれて絶望していたタカシの前に、一人の男がフラフラと現れた。
その男は、タカシが通っていた学校の理事長が経営する関連会社の元派遣社員だった。昨日、一方的な「派遣切り」を言い渡され、すべてを失った男の目には、タカシとはまた違う、ドス黒い虚無が宿っていた。
男の手には、キャンプ用にしてはあまりに無骨な、研ぎ澄まされた重い斧が握られている。
「……あ、社長だ。見つけた」
男の視線の先には、たまたま洞窟の視察に来ていた成金趣味の社長がいた。タカシをいじめていた佐伯の父親でもある。
「待ってください、それは……!」
タカシが声を上げようとしたが、男の動きの方が早かった。
「お疲れ様でしたぁ……」
男は、タカシが今まで真似ていたのとは違う、本物の狂気を孕んだ「一徳ボイス」を漏らしながら、斧を振り下ろした。
「グシャッ!!」
生々しい音が洞窟に響き渡る。
これまでタカシが経験してきたのは、どこかマヌケでシュールな喜劇だった。しかし、目の前で繰り広げられたのは、逃げ場のない、圧倒的で冷酷な**「現実の暴力」**だった。
返り血を浴び、呆然と立ち尽くす派遣切りの男。
その足元で動かなくなった社長。
洞窟内は、コウモリの羽音さえ消えるほどの、真の静寂に包まれた。
タカシは震える手で、自分のポケットを探った。そこには、あの日の教室で全てを始めた、冷たい鉄の感触――。
「……いただきましたぁ」
タカシは、今日までで一番小さく、一番震える声でそう呟いた。
しかし、その目はもう「いじめられっ子」のものではなかった。
彼は、血の海の中で立ち尽くす男に歩み寄り、自分のバッグから、あの機関銃をゆっくりと取り出した。
「おじさん。それ、斧じゃ効率悪いよ」
タカシは、泥と餡子と返り血にまみれた顔で、ニタリと笑った。
それは、かつて彼を笑った佐伯よりも、今社長を手にかけた男よりも、ずっと深く、暗い淵を覗き込んだ者の笑顔だった。
「……二人で、学校に行こうか。メロン、食べ放題だよ」
洞窟の出口から差し込む光が、銃口と斧の刃を鈍く照らす。
二人の「捨てられた者たち」は、サイレンの音が近づく下田の街へと、ゆっくりと歩き出した。
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