第4話 【4】黒魔竜の卵
――――野営地の夜。
コトコトと煮込んだ魔物肉と野菜のスープをみなで分け合う。黒い卵には傍らにゆりかごを用意してもらった。簡易なものだが、地べたに置くよりはいいよな。
「ん……美味しい……!」
初めての魔物肉と言うのもあるが、少なくともこの世界でこんなにまともなものを食べたのは初めてだ。
「旅の空の下だとさらに美味しく感じるのよ。私、こう言うアウトドアな料理ってなかなか食べさせてもらえなかったから」
レベッカがそう告げる。
「そうだったんだ」
レベッカってどこかのお嬢さまか何かかな?
「俺はアウトドアの方が慣れてるけどね」
とアルさん。
「確かにお前はこちらの方が似合うし、なかなかにいい肉を狩ってくる」
「ありがとう主」
アルさんとルオさんがクスクスと微笑み合う。
「フルーツも剥きましたから、良ければどうぞ」
「あ、ありがとうございます、ルシルさん」
「ふふっ、ロジーくんは素直で可愛らしいですね」
「えっ」
ちょ……ルシルさんに妖艶な笑みで見られるとちょっと緊張するんだか!?たとえ前世の年齢蓄積があっても、あれは子どもには危険な妖艶さである。
「ルシル、ロジーはまだ純粋なんだから変な道に引き込んじゃダメよ!」
その時レベッカが叫ぶ。
「おや……男の子なんてすぐにエッチなものに興味持つものですよ?」
このひとはこのひとで女の子に何てこと教えてんだ。
「そう言うの、ダメよ!」
「ふふふっ。冗談はさておきフルーツも食べましょうか。美容の維持にも大切ですよ?」
ルシルさんは本気なのかそうじゃないのかよく分からない笑みを見せる。
「それは……いるけど」
レベッカがぷくっとしながらもフルーツに手を伸ばす。
「ロジーは初めて?甘酸っぱくて美味しいのよ」
「うん……それじゃぁ俺も」
レベッカと共にフルーツを口に入れれば甘酸っぱくて美味しい……!
「別名、初恋の味」
「ぶほっ」
ルシルさんったら突然何てことを……っ!?
「んもぅ、ルシルったら!」
「ふっははははっ」
レベッカが再び膨れっ面になるが、すぐそばから笑い声が響いてくる。
「ルシル、あまり子どもをからかうんじゃないぞ。悪い大人になったらどうしてくれる」
ルオさんが苦笑しながらピシャリと告げる。
「おや……そうですか?」
素知らぬ顔で首を傾げるルシルさんも大概だが。
「魔帝に怒られるでしょうが」
そしてアルさんも。ん……?何故ここで魔帝……?
「けど、こう言うのも旅の良さだよねぇ。転移魔法で帰ってもなかなか得られない時間だろう?」
確かにアルさんの言うとおりだ。ルオさんがくれた旅の時間は今までの辛い時間など吹き飛ぶかのような賑やかで楽しい時間である。
「さて、今夜はたくさん食べてゆっくり寝るといい。火の番は大人がするから」
「えと……でも」
アルさんたちに任せっきりでいいのだろうか?
「今はいい。お前はのびのびと成長してくれればな」
まるで子を見守る親のようにルオさんが優しく微笑む。
「今の時間は子どものうちしか得られない貴重な時だ」
「は、はい」
確かにこの時間を大切にしたいと思う俺もいるのだ。傍らの卵を優しく撫でながらそう願った。
※※※
――――夜。テントの中には俺とレベッカ、そして仮眠を取ると言うルオさん。外ではルシルさんとアルさんが火の番をしている。
卵を抱き締めながら横になり、ふと。ちょっと待て。俺今女の子の隣で寝てる!?
「案外うぶだなぁ」
隣からルオさんの呑気な声が聞こえる。でも……っ。
「うぶって何の話?」
ごく普通に俺の隣に寝転びながらレベッカが問う。
「いや何でも……」
レベッカはかわいいから隣で寝転んでいる事実に気が付けばついつい緊張してしまう。
「それも旅の醍醐味だな。まだ俺も寝ないし色々と話をしてもいいんじゃないか?」
とは言え……何を。ついつい黒い卵を撫でる。
「どのくらいで生まれるのかしら」
レベッカも手を伸ばして卵を撫でてくれる。
「まだ、分からなくて……」
「お前が迎えに来たんだ。そう遠くない」
ルオさんが教えてくれる。まるで俺が迎えに来るのを待ってくれていたようだ。
「早く……会いたいな」
どうしてかそんな予感がするのだ。
「どんな姿で生まれるのかしらね。生まれてくるのは黒魔竜なのよね」
「え?」
……黒魔竜?この卵に眠るのが……?
「違うの?ルシルにそう聞いたわ。そしてロジーはそのために祠に迎えに行ったのでしょう?」
「ま、バレちゃぁしょうがない。その黒い卵の中は黒魔竜だ」
レベッカの言葉にルオさんが降参したように教えてくれる。
「あの、皇天竜を食らった黒魔竜!?」
「そうそ、それが竜の雛として生まれてくんだ。竜だからあっという間に成竜になるから、幼竜の頃は貴重だぞ?」
「あっという間に……どのくらいでおとなの竜になるんですか?」
「うーん……竜を育てたもの次第だな。ひとよりも獣側だから成長は早い。黒魔竜だから寿命は俺やお前と同じく永遠だ」
「永遠……」
俺は永遠を生きるのか。魔人として眷属になったからこそ。
「お前には寿命のことを話していなかったな。俺の命は永遠の不老不死」
やはり神さまだから。
「その眷属となればお前もそうなる。アルやルシル、黒魔竜はお前と共に生きる」
俺も……眷属だからか。まだその事実はすんなりとは入ってこないけど。
「でも魔族の私は先に逝くのよ」
レベッカが呟く。
「成長速度は成人までは魔族も人間も変わらないわ。これは生物として身を守るためらしいの。その後の魔族の寿命は600から1000年だけどね」
……ってことは今のレベッカは年相応なのか。
その後は永遠に近い魔族の寿命。しかし俺はそれ以上。
「だからこそ私はロジーたちとの時間を大切にしたいのよ。悔いのないようにね」
レベッカは俺とそうそう年齢が変わらないだろうにそこまで考えているのか。
「だから仲良くしてね、ロジー」
「お……俺の方こそ」
寿命は違っても今の時間を大切にしたい。その気持ちは同じだ。
ルオさんが優しく髪を撫でてくれれば親竜に優しく守られているかのように安心する。
「今はただ、健やかに」
「いい夢を」
ルオさんとレベッカの言葉に俺も頷く。
「ん、いい夢を」
見られますように。
※※※
ここは……洞窟の中。いや違う……地下牢だ。隔たれた鉄格子の向こうから苦痛に歪む悲鳴が響く。
その声が誰のものか知っている俺は必死でガリガリの腕を伸ばすが届くはずもない。
「……ん」
喉がからからでその名を呼ぶこともできない。
ただ苦痛で悲鳴を上げ、息絶えるその瞬間を見せられるだけ。あぁ俺はどうしてこんなにも無力なんだ。
こんな地獄でも死ぬことも許されず、苦しみ続けるしかないのだ。
【惑わされるな、それは現実じゃない】
しかし突如脳裏に刻まれる声にハッとする。
【お前の戻る世界はこちらだ、ロジー】
名を呼ばれ本来の姿を取り戻せば。地獄のような記憶が吹き飛ぶように天空にいた。
「ここは……」
「今のはサービスだ。黒魔竜が目覚めれば、お前の悪夢すら食らうだろう」
「……悪夢まで?」
「それが大地まるごと……いや世界すら呑み込もうとした黒魔竜だ」
世界すら……?ルオさんが世界の秩序と安寧のためと言ったのはそのためか?
「そうだな……それから皇天竜も黒魔竜も特殊でな。生まれ直すことはあれど死ぬことはない。だから皇天竜も黒魔竜に食われても復活した。どちらも生まれ直したんだ」
だから黒魔竜も卵に戻ったんだ。
「またお前に会うために」
「俺に……」
黒魔竜の卵を思い浮かべれば、腕の中に黒い卵が収まった。
生まれ直してまで俺に会いに来てくれたんだな。この世界に見捨てられたものだとばかり思っていたがそうではなかったんだな。
ホッとすれば遠くで誰かが俺の名を呼んでいた。
「ほら、呼ばれてる。そろそろ戻ろうか」
ルオさんが指をパチンと鳴らせばハッとして目が開く。ここは現実だ。
「ロジー!やっと起きた!」
「レベッカ?どうして……」
「卵!生まれるのよ!」
「へぁっ!?」
慌てて卵を見下ろせば、パリン、パリンと卵の殻が割れていく。
「う、生まれる!?」
急いで身を起こせば。
「ふふっ、こんなに早いとは。だがお前のためにも生まれてくれるんだ」
気が付けば昨日と同じようにルオさんが隣で頭を撫でてくれる。もしかして俺があの悪夢の日々を見たから。悪夢すら食らう黒魔竜が目覚めようとしてくれている。
「おや、卵が生まれるのですか」
「へぇ。思ったより早いねぇ」
テントの中にはルシルさんとアルさんも顔を見せてくれる。
そして卵の殻がパリンパリンとさらに割れれば、中から魔竜の角とダークグレーの髪が見えてきた。
「わぁ……っ」
人間で言えば2、3歳児ほどのヒト型の魔竜の子だ。ぱっちりとした金色の獣の瞳が俺を捉え嬉しそうに微笑む。黒魔竜と言うだけあって尾や小さな翼の鱗は黒い。
「シギ」
どうしてかその名前がスッと出てきたのだ。そうだ、この子はシギだ。
「ロジーだよ」
やっと会えたな。そっと頭に手を伸ばして撫でれば嬉しそうにはにかむ。
「きゃんっ!」
どうやらいきなり人語を……なんてファンタジー展開はないようだ。
だがこれはこれでかわいいかもなぁ。
「いいこいいこ」
「きゅーん」
マジでかわいいんだが。めっちゃ愛でたい。
「構わんぞ」
ルオさんがそう微笑む。
「そうだな……」
俺のために生まれてくれたのだ。
「大切にするからな」
「きゃん」
その日俺は、唯一無二の相棒との再会を果たしたのだ。
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