第2話 【2】魔人誕生



――――冷たい真っ黒な岩肌の天井。ここは洞窟か……?ここはどこだろうか。


「俺は死んだのか……?」

さらには身体が水に浸っている気がした。


「いや、お前は死んでいない」

その声にハッとする。俺の脳裏に響いていた声だ。


「うう……一体どうなって……」

ゆっくりと身を起こせば俺は浅い円形の浴槽のような場所に寝かされていたのだと気が付く。


「何だ?これ」

水温は暖かくもなく冷たくもなく常温だ。

そしてその円形の縁に腰掛けている青年を見る。どこか前世の東洋人を彷彿とさせる素朴な青年だ。


「お前は俺の眷属になることを受け入れた。だからひとではないものになったんだよ」

「あの時言っていたひとではないもの……?」

この世界には……そうだ、人間と魔族がいると言うのくらいは知っている。もちろん屋敷の敷地の中の家畜小屋で飼われていた俺には見たこともないが。皇天竜なんてもんがいるんだ。魔物もいるはずだ。


「俺は何になったんだ……?」

「自分の身体、よく見てみろ」

ええと……見れば太ももの横に太い竜のような尾。これは俺の後ろから出ている。さらには背中からは竜の翼。腕を振ればそれが合図のように鋭い爪が手の甲からズシャリと出てくる。


「こんなもん、どうやって俺の身体の中から出てきたんだ」

しかももう一度腕を振れば引っ込んだ。さらには頭にある違和感。両手を伸ばせば見事に俺の頭の左右から魔族のような歪んだ角の感触があるが、何故か途中途中に棘があるようだ。


「さわった感じ魔族角に竜の角の突起があるような感覚……?……何これ」

まさか魔族?


「お前は俺の眷属となったから魔竜の特性を帯びた。この世界ではそう言うのを魔人と呼ぶ」

「魔人……」

魔族ではなく魔人。


「それはいわゆる魔族的なもの?」

しかし魔族は魔族だったはず。ならば魔人とは何だ……?いかんせん虐げられていた俺はそんなに詳しくは知らない。文字すら読むことができない。


「そうだな……ひとでありながら魔の特性を持つものや人間と魔のどちらの血も併せ持つもののことだ」

「どちらも?」


「そ。お前は女神の加護が薄かったから、あまり副作用もなく無事に魔人になれたんだ」

「加護が薄い……あのクソみたいなステータスのことか」


「ぷ……っ。クソみたいなか。まぁいっちょステータス、開いて見ろ」

彼に言われたとおり『ステータス』と叫べば自分の目の前に半透明なモニターが表示される。


【ステータス】

名前:ロジー

種族:魔人/魔神の眷属

ジョブ:魔人王

スキル:魔力循環/物理攻撃反射/魔法攻撃反射


いろいろとツッコミどころ満載なのだが。

「ロジーって誰……?」

いや知ってる。俺はこの名前を。この名前は多分……。

「お前の名。魂に刻まれた名だ」

俺には名前がなかった。犬とかペスとか呼ばれてたもんな。だけど俺には名があった。この名はどこから持ってきたものであったか。それを俺は知っている気がしたのだが。


「あの……あなたは神様なんですか?」

そもそもこのひとは何者だ?普通の人間に見えるけど俺のことを眷属と呼び、ステータスには『魔神の眷属』とある。


「俺は……半神半魔。いわゆる生き神だな。半分魔のものだから魔神と呼ばれる。この姿は単なる擬態だ。本性は恐ろしい姿をしている」

恐ろしいってクリーチャー的なものだろうか?


「クリーチャー?ふふっ、お前はそう言うイメージを持つのか」

「……え」

俺今、クリーチャーって言葉に出したっけ。


「そうだな。お前の知っている言葉で……そうか、テレパスだな」

超能力ってこと……?


「そ。それから念動力、パイロキネシス、テレポート、飛行……俺は色々なものを扱える。神の側面を持つがゆえ。しかしこの世界にはい概念だ」

それで俺の考えてることを読み取ったってことか……!あれ、でも。


「この世界ではって……」

まるで彼もこことは違う世界を知っているみたいな言い方だ。


「あぁ……お前が寝ている間にお前の魂の記憶を見させてもらった」

「えぇ、勝手に!?」


「仕方ないだろう?目を覚ますまで幾分か時間をもて余して暇だったもんでな」

「ひ……暇だったから」


「そおそ。だがお前は無事に平和な世界で魂を休められたようだな。そしてお前はまたこの世界に帰ってきたんだよ」

「俺は日本で生きる前にこの世界で生きていたのか……?」

彼は魂の記憶と言った。俺が覚えているのは日本での前世だけだ。しかし彼はその【日本】の前を知っている。否、見たのだ。


「……そうだな。それでいい」

俺の推測は当たり、と言うことか。


「……それからお前に預けたいものがある。お前もアイツも互いにそう願っている」

互いに……あれ、彼の言う【アイツ】とは誰のことだ?でも俺はそれを知っている気がするのだ。


「立てるか」

「あ、はい」

答えれば思いの外すっくと立ち上がれる。身体が軽々と動く。こんなのいつぶりか。

腕もガリガリからほどよい太さになっている。これも魔人となったからか。


「そうだな……」

ふっと、彼が笑う。あれ、そう言えば……。


「その、あなたの名前は……」

「そうだな。俺は眷属たちからルオと呼ばれるな」

眷属たち……俺の他にも眷属がいるんだ。いや俺だけとは限らないか。


「ルオさん」

「ごく普通に呼んでくるか……お前は俺の力をどうとも思わないのか」


「へ?」

「普通は恐れる。お前の考えは全て俺に筒抜けなんだぞ」


「でも……」

あの本妻や3バカみたいなことはしない。ルオさんは優しいひとだ。


「ふ……っ。お前は面白いな」

クスクスと笑うと、ルオさんは俺を先導する。

黒い壁に囲まれながらも暖色の光が照らす。


「これも魔法?」

「違いない。これらの元となっているのは魔力だからな」

「そっか……初めて見たな。やはりこの世界には魔法がある」


「アルの飛行スキルもそうだぞ」

「そう言えば……!」

俺が知らないだけで、この世界は思いの外魔法で溢れていたのかもしれない。


そしてルオさんが先導してくれた奥の部屋に辿り着けば、そこには黒く大きな卵があったのだ。


「この黒い卵……どうしてかひどく懐かしく愛おしい」

自然と腕を伸ばし卵を抱き締めると、何か温かいものを覚えた気がする。腕に抱き上げてちょうどいいほどの卵はそれほど重たくない。


「それはお前が魔人……魔竜系の魔人だからだよ」

「魔竜……?」

アルさんの言っていた黒魔竜と関係あるのか?


「魔竜は俺の血の半分、黒魔竜は魔竜の突然変異だな。そして魔竜系の魔族も存在する。今の魔帝一族は魔竜の系譜を引く」

「魔帝……?」


「お前の感覚で言えば魔王。魔族の王。だが魔族で言う王は『強きもの』の意。魔帝はその中で最高の存在で、魔竜は魔族や魔物の中でも一番強い存在だ」

「皇天竜は?」

「あれは……女神の使いと呼ばれているが」

「そう言えばそんな話を聞いたような……?」


「ふふ。だが実際は女神も手を焼く問題竜。神の使いと言えば覚えはいいが、地上で悪巧みを仕組んだせいでその昔黒魔竜に食われた」

「食われた?でも生きて……」


「ああ。神の使いの特性を持つがゆえにあの場で新たに幼竜として復活を成し遂げたんだ」

「そうだったんだ」

「ま、元々の神々しい姿を失い獣の姿にしかなれていないがな」

「へぇ……だけど皇天竜をあそこまでできる黒魔竜って強いんだ」

皇天竜を食べてしまったと言う黒魔竜は一体どんな存在なのだろう。


「お前もすぐに会えるよ」

ルオさんが優しく微笑む。まるで我が子を見守るかのような優しい眼差しだ。

「すぐに……会える?」

どうしてか俺は黒魔竜に会いたくて会いたくて仕方がない感覚に襲われ、腕の中の卵に頬を預けて祈ったのだ。


――――無事に、生まれますようにと。

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