第六話 閻魔大王の会議

冥界、地獄の最深部。


閻魔大王は、巨大な筆を置き、疲れたように溜息をついた。周囲には、先ほど公平の落語に爆笑していたはずの冥官たちが、再び厳粛な表情で控えている。


「ふむ……」


閻魔大王は、玉座に深く沈み込み、冥界の書記官である司命(しめい)に尋ねた。


「今、下界では、あの『闇噺家』が評判のようですね」


司命は、恭しく頭を垂れた。


「はい、大王様。鬼界、妖界、精霊界……あらゆる異界で、彼の『闇落語』は、『時代のコメディ』として、熱狂的な人気を博しております」


「うむ。ワシの部下である冥官たちでさえ、休憩時間になると井戸へ集まり、『SNS炎上』の噺に笑い転げている始末だ。おかげで、今日の罪人の裁きが少し滞ったではないか」


閻魔大王は、不快そうに顔を歪めたが、その口元はわずかに緩んでいる。


「しかし、あの人間……目黒亭こんぺい、と言いましたか。彼の噺は、『究極の効率的な地獄』を題材にしている。我々が何万年もかけて築き上げた『業火の釜』や『針の山』を、人間ども自身が、より深く、より巧妙に、精神的に構築しているという皮肉。あれは、我々冥界の者にとって、存在意義を問うほどのブラックジョークだ」


司命は、小声で報告を続けた。


「そして、その闇噺家を巡る状況も、いよいよ厄介になってまいりました」


「というと?」


「はい。現在、彼の『闇巡業一座』には、以下の面々が、熱狂的なファンとして私的な護衛についております」


酒呑童子、茨木童子: 鬼界のトップ。

牛鬼: 西日本の妖界の重鎮。

そして、つい先日加わった、安倍金吉: 京の都を守る、当代最強の陰陽師。

閻魔大王は、筆を握り直す手が、わずかに震えるのを感じた。


「大妖怪と、陰陽師が、手を組んで、前座見習いの護衛をしている、だと? これは、人間界と異界のパワーバランスが崩壊している証拠ではないか!」


「おっしゃる通りです。各界のトップランカーたちが、一人の人間の『笑いの力』によって結びついてしまった。しかも、その噺の内容が、人間社会の『自滅的な闇』を暴くものばかりとなれば……」


閻魔大王は、天を仰いだ。


「あの人間は、ワシらの『地獄ビジネス』を脅かしておる。しかし、同時に、ワシら自身が、彼の噺に魅了されてしまっているという、このジレンマ!」


冥界の最高権力者である閻魔大王すら、公平の「闇落語」に心を奪われ、困惑しているのだ。


「仕方がない。司命よ」


「はっ!」


「その闇噺家の次の巡業先はどこだ?」


「彼のスケジュールによりますと、次は四国の山奥にある『一本だたら』の隠れ里で、単眼妖怪を笑わせることになっております」


閻魔大王は、口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「よし。ワシも、体調不良を理由に、部下を一人送る。体裁を整えるため、『下界の秩序を監視する』という名目でな。決して、新作のネタを聞きに行くためではない、と伝えておけ」


「かしこまりました。それでは、『下界視察係』として、誰をお送りいたしましょうか?」


閻魔大王は、再び巨大な筆を手に取ると、深々と溜息をついた。


「誰でも良い。だが……笑いをこらえるのが苦手な者は選ぶな。ワシらの威厳が地に落ちる」


こうして、閻魔大王直属の冥官までが、こんぺいの「闇巡業一座」に加わる手筈が整った。

下界で巻き起こる、前座見習いと、大妖怪、陰陽師、そして冥界の使者が織りなすコメディは、ますます収拾がつかなくなりそうである。

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