少年の日常
鉱床での労働を終えた労働者たちは、鉱床から2㎞ほど離れた街の地下にある『収容所』という施設に向かう。
少年は鉱石を引きずりながら、明るい街と外を隔てる塀の外にある、鉄骨がむき出しになったエレベーターに乗った。
照明が点々と続いているだけのトンネルのような通路を抜け、大きな鍵の付いた鉄の大扉を開けると、そこには自分と同じ薄い作業着を着た者たちで賑わう、大地をくりぬいて作ったような大広間のような空間が存在していた。
「おお、13番! よくぞ帰ってきたな!」
辺りにうっすらと漂う土や埃の匂いに似つかわしくない、白いシャツの上から毛皮のコートを羽織った肥満体系の中年男性が、愛想の良い笑みを浮かべながら少年の元へ寄ってきた。
「おっすオーナー。今日も大量に採ってきたんで、換金おなしゃす!」
「ほほ! 今日も貴重な鉱石がたんまりだな!」
少年が籠を下ろすと、中年男性は自分のものだと主張するように籠を抱きかかえて頬を当てた。
「全部でいくらになります?」
「量が量だ。査定をしてみないと詳細は分からんな。先に風呂と飯と済ませてきたらどうだ?」
「それもそっすね。今日の飯は何すか?」
「フライドチキンだ。お前の好物のな」
「そいつは最高っすね! ひとっぷろ行ってきやす!」
大量の鉱石を預け、少年はシャワールームへと向かった。
ルーム、といっても個室の部屋ではなく、上からお湯が撒かれる通路を体を洗いながら通り抜ける形式だ。
入り口で汚れた衣服を預け、石鹸とあかすりを受け取って、体を洗いながら通路を通り抜ける。
出口で薄いタオルと新しい衣服を受け取れば終わり。所要時間は約2分。
薄いタオルでは水分を吸いきらないので、体を適当に拭いたら後は自然乾燥だ。
濡れた髪のまま少年は食堂に向かった。
「よお少年。今日も元気そうで何よりだな」
「おっちゃん!」
『食堂』と入口に札がかけられた部屋に入ると、平たい机が一定間隔で並べられた空間が広がっていた。
部屋の隅の方で先に食事を摂っていた、頬のやせこけた男性に声を掛けられ、少年は明るい表情になった。
配膳台で食事を受け取ると、少年は小走りで寄り、その男性の対面に座った。
「聞いてくれよ、今日もハイエナのやつらが現れたんだぜ」
「奴らも懲りねえな。のしたのか?」
「おう。全員ボコボコよ」
少年が得意げにVサインを見せつけると、そのやり取りを見ていたメガネの男が呆れた息を吐いた。
「お前が奴らにやり返すから、お前のいないところで他の奴らが必要以上に痛い目見てんだよ。他の人の迷惑もちょっとは考えてくれない?」
釘をさすようにメガネの男が告げると、少年はムッと眉を寄せた。
「そもそも、鉱石を狙って乱暴を働いてんのはあっちだぜ。なんで俺に文句言うんだよ」
「必要以上の報復を止めろって言ってんだよ」
「それを言う前に、ハイエナ共に『鉱石を盗るのを止めろ』っていうのが先じゃね? ていうかメガネ君は洗濯係だろ? なんで俺の現場に口出しすんだよ」
「……同じ部屋のやつが、そっちの現場だったんだよ。愚痴を聞かされるこっちの身にもなってくれ」
「ふーん。じゃあそいつに言っといてくんない。だったらてめえの取り分はてめえで守るんだな。ってね」
少年が意地の悪い笑みを浮かべながら、チキンの骨を突きつけた。
するとメガネの男はバツの悪そうな顔になって、皿を下げようと立ち上がる。
「あ、骨! 食べないならちょーだい!」
皿の上に残っていた骨を見て、少年がそれを奪い取った。
自分のたべのこしを食されることに生理的な嫌悪感があるのか、メガネの男は顔をひきつらせたが、毎度のことなのでため息を吐いてその場をおさめた。
「同部屋のチキン君、この骨に免じてついでに守ってやるよ」
「……よろしく」
メガネの男は色々と諦めたように肩を落とし、食堂から出ていった。
やり取りが一段落したところで、おっちゃんと呼ばれていた男が口を挟んだ。
「毎度のことながら、よく固い骨までバリバリと食えるよな。旨いのか?」
「旨いとかじゃなくて栄養源っす。おかわりも毎度はできないから、食えるもんは食っとかないと」
貰った骨をボリボリと噛み砕く。
その様子を見て「これも食うか?」とおっちゃんが骨を差し出すと、「あざす!」とこちらも豪快な音を立てながら平らげた。
「それよっかおっちゃん。今日は皿洗い?」
「おうよ。いつものやつ、やるか?」
「やる!」
少年の問いかけに、おっちゃんは不適な笑みを浮かべた。
差し出された拳に、少年も明るい顔で拳を差し出した。
「勝った方が楽ができる。行くぜおっちゃん」
「……俺はパーを出すぜ」
「あ、でた! 心理戦! 俺そういうの苦手なんだよな~、この前はチョキで負けたから今度はグーを……あ、でもそしたら3連続でグーになるからなぁ……」
少年の考えは全て言葉で漏れてしまっている。その様子を見ておっちゃんはニタニタおかしそうに笑う。
しばらくうんうんと唸ったあと、「よし」と諦めと開き直りを含んだ相づちを打って、二人は右手を振り上げた。
「最初はグー! じゃんけんぽん! ……また負けたぁ!」
「ハハハ! 皿洗いよろしくな!」
負けたグーの手を握りしめ、悔しそうに天井を仰ぐ少年に、おっちゃんは自分の皿を突きつけてその場を去ろうとした。
「おっちゃん! 皿洗いやっとくから、後で文字教えろよ!」
「おう。先に部屋で待ってるぜ」
おっちゃんはメガネの男と同じ、洗濯や皿洗いを担当している。
少年は文字を教えて貰う代わりに、皿洗いをかけてじゃんけんすることが日課になっていた。
勝率は1割もない。
その一割も出会った頃の貯金であり、ここ最近はずっと負けっぱなしだ。
反射神経だけで挑めば負けることはないのだが、心理戦を仕掛けられて負けるのは、何故だか悪い気はしなかった。
「さて、ソッコーで終わらすかぁ!」
山になった皿をなれた手付きで磨いて片付けていく。
きつい労働のあと、時々乱闘。
そして皿洗いをかけておっちゃんとじゃんけんすることが、少年にとっての日常だった。
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