第9話 朝起きたら許嫁がベッドにいた
俺がフランと出会ったのは十歳の時だった。
「フラン・シュヴァリエと申します」
正確には前世の記憶を取り戻す前である。
当時悪役貴族そのものだった俺は、我儘で周囲を振り回し、自分よりも身分の低い者を見下している最低な人間だった。
許嫁との顔合わせだって、父から無理やり設定されたことで不貞腐れていた。
面倒だから一言二言で終わらせよう。
そんな心づもりで挑んだわけだが、初めて彼女の姿を見た瞬間に全てが変わったのだ。
――前世の記憶を思い出したことによって。
「よ、よろしく頼む」
「こちらこそ」
正直俺は困惑していた。
これからどうやって破滅エンドを回避すればいいのか考えなきゃいけなくて、許嫁と顔合わせなんてしている場合ではなかった。
それなのに……
「今日は天気が良いな」
「ええ」
目の前の少女と会話するのに手一杯で、思考を巡らせる余裕がなかった。
「雨は好きか?」
「いいえ」
「……そうか」
十歳のフランは非常に可愛らしかった。銀色の髪は艶やかで、まつ毛は長く、紫紺の瞳はぱっちりとしている。
もし日本の街中を歩いていたら、確実に子役のスカウトが来るくらいの愛らしさだ。
「………………」
そんな少女とどんな会話をしていいのか分からなかった。
俺がコミュ障すぎることは当然として、彼女のリアクションが薄いから余計に気まずかったのだ。
「最近暑いな」
「……はい」
顔合わせが始まってからすでにそれなりの時間が経過しているが、ずっとこんな感じである。
彼女はお世辞にも愛嬌があるとは言えない。
むしろ感情が乏しいというか、何かを諦めて絶望しているようなそんな印象を受ける。まだ十歳にも関わらずだ。
彼女は原作ではサブキャラのため、その背景が語られることはなかった。
彼女のことは何も知らない。
生い立ちも、境遇も、感情も。何も知らない。
それでも何かを抱えていることは間違いないだろう。
だから俺は破滅エンドを回避する前に、まずは彼女の笑顔を引き出そうと決めた。
※
「……夢か」
カーテンの隙間から差し込む日差しに照らされ、目を擦りながらも起きる。
今日は珍しく夢を見た。フランと初めて出会った時の夢を。
あの時は本当に大変だった。気まずすぎて胃が痛くなっていたからな。
ある日を境に積極的になったが、それ以前のフランは自分の意思を示さない子だったから。
「…………ん?」
意識がはっきりしてくると、何やら胸の上に重みがあることに気づいた。明らかにおかしい。
そう思いつつもぱっちりと目を開けると、視界いっぱいには銀色が広がった。
「……は?」
思わず思考が停止する。
なぜなら俺の胸元に誰かの頭があったから。
それは柔らかい感触で、呼吸をするたびに生暖かい感触が伝わってきて、こそばゆかった。
ベッドに侵入してきた人物が誰なのか?
顔は見えないが、確認するまでもなく分かる。
――フランだった。
「………………………………」
俺は必死に昨晩の記憶を思い返す。
侵入者として現れた彼女は確実に部屋から出ていったはずだ。少なくとも俺が眠りにつくタイミングでは一人だったはず。
それなのに、どうして同じベッドにいるのだろうか。全くもって意味が分からなかった。
「……フラン?」
試しに名前を呼んでみる。
「んんっ……」
しかしその拍子で寝返りを打ったようで、彼女はさらに密着してきた。
「フラン!」
もう一度名前を呼ぶと、今度は腕を回される。
抱きしめられるような形となり、身動きを取ることができなくなった。
――詰んだ。
朝っぱらからとんでもない事態に見舞われたらしい。甘い香りに包まれて、どうにかなってしまいそうだ。
そんな時だった。
「失礼します。オル様、お目覚めで――」
数回のノックの後、ガチャリと扉が開いた。
「…………」
そして入ってきたローズが言葉を失った。
視線はもちろんベッドに向いていて、俺がフランに抱きしめられているのを見て固まっていた。
「……ついに」
ローズは感心したように頷くと、にこりと笑った。
「オル様、おめでとうございます」
「断じて違う」
「入学初日から女を侍らせるとはさすがですね」
「そっちでもない」
「ではどういうリアクションをすればいいのですか?」
「リアクションなど求めていない」
メイドのローズは大げさなところがある。大げさなリアクションをして、あえて俺のことを揶揄っているのだろう。
彼女は一つ年上で、物心ついた頃から一緒にいるため、距離感がおかしいのだ。
「ですがオル様が女を侍られているのは事実です。朝っぱらから自分の部屋に二人の女性を呼んでいますから」
「勝手に自分を含めるな!」
「つまりメイドは女として見てないということですか? いやらしい」
「勘違いがすぎるぞ!」
あまりにも俺の評判に関わる内容だから思わず声を荒げてしまった。
そのせいでフランが目を覚ましたようだ。
「……おはようございます、オル様」
「おはようじゃない」
彼女はゆっくり瞼を開けると、状況を一瞬で理解したらしい。俺の胸元から顔を上げ、ローズを見た。
「おはようローズ」
「おはようございます、フラン様」
他人のベッドに侵入しているにも関わらず、平然と挨拶をしている点が恐ろしい。
「フラン、なぜここにいる?」
俺が問いかけると、彼女はあくびをしながら首を傾げて、
「……どうしてでしょう? 気がついたらこちらで眠っていました」
「気がついたら?」
明確な意思を持っていたんじゃないか?
そう思った俺が訝しげな視線を向けると、
「ええ。気がついたらです」
フランは澄ました表情でさらっと呟いた。
「なるほど。つまりお二人は夜を共にされた、と」
「待て、ローズ」
「朝から仲睦まじく抱き合っている、と」
「待てと言っている!」
しかしどんなに否定したとしても、フランと体を密着させていることは事実。
信じてもらえるはずがなかった。
さらに追い打ちをかけるように、フランは俺を見下ろしたまま、少しだけ頬を染める。
「昨日は……忘れられない夜になりました」
「誤解を招く言い方をするな!」
「事実です」
真っ赤な嘘ではないところが余計にややこしい。
しかし側から聞いたら勘違いされるに決まっている。
ほら。
「オル様」
突然真顔になったローズが真剣に尋ねてくる。
「まさか本当に襲ったのですか?」
「襲っていない!」
「ではどういう状況ですか?」
「同じベッドにいただけだ!」
ただ起きたことを説明すると、ローズの瞳はゴミを見るようなものに変わった。
「どうやらオル様の女ったらしは昔から変わっていないようですね」
「断じて違う!」
否定したがもう遅い。
「くれぐれも遅刻だけはしないでくださいね」
ローズはそれだけ言うと、呆れた様子で部屋から出ていったのであった。
「はぁ……」
取り残された俺は思わずため息をつく。
こうして入学二日目は修羅場のような状況から始まるのであった。
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