第2話
甘い匂いが先に入ってきた。
花のような匂い。
私は鼻をしかめて、棚の上に避難した。
人間はそれを抱えている。
湿った布、紙の角、知らない指の匂い。
弟は花になったのだとすぐに分かった。
その白い箱も肩をすくめていたから。
この家は朝になると
味噌汁と洗剤の匂いが混ざる。
昼は静かで、夜になると床が少し冷える。
私はだいたい台所と居間のあいだにいる。
母はよく話すようになった。
鍋をかき混ぜながら、
食卓で、誰に向けるでもなく。
天気、近所のこと、職場の愚痴。
彼女は箸を動かしながら小さくうなずく。
そのころから彼女は外に出ると、
違う匂いをまとって帰ってきた。
花になる前の弟の酸っぱい匂い。
家に入ると、それを脱ぐように静かになる。
母と彼女は、だんだん似てきた。
鳴き声でも、顔でもなく、怒る前の沈黙が。
何も言わない時間の長さが、同じになった。
私はいつもの場所に戻り、体を丸める。
弟の足音が響いていたあたりを避けるように。
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