第2話 「都合のいい女」

「それで、くりちゃんは流唯とは別れたの?」

「うん、振られたよ。もうあっさり、この半年は何だったんだってくらい。」


大学内の教室は、今もなお騒がしくざわめき合っている。そんな昼休憩に、どんな会話をしているんだと自分でも笑えてくる。


「いや、別れて正解だと思うけどねぇ。だって、高校卒業してから連絡一切なしでここまできたんでしょ?意味ないじゃん。」


3人がけの席に2人で座っている、真昼間の12時すぎ。カフェラテを手に持った紫苑しおんは、私とは違って大いに落ち着き払っている。

篠原流唯はぎわらるい、というのは、私の、昨日まで


「っていうか、後悔したらダメなやつだよ。普通好きな人できたとか言って、終電逃したからうちこない?とか言っているやつ大概やばいやつだからね?」

「わかってはいるよ〜。いるんだけどさぁ。」


高校3年生のクリスマスイブから付き合い始めて、半年が経った。

自分の中でも、彼は優しくて居心地が良くて、部活で忙しくても受験期で苦しくても、お互い支え合っていた、と思っていた。卒業して、彼と大学が別々になったとしても、定期的に会おうと言い合っていたのに、入学後パタリと連絡が途切れたのだ。


SNSのストーリーで見るのは、サークルのコンパだったり、はたまた女の子を交えたオールカラオケだったり。昨日、バイト終わりに連絡が来ていることに気がついて、急いでおめかししてきたら、ただの都合のいい女に成り果てていることに気がついた、というわけ。


「栗ちゃん、尽くしたがりだからねぇ。どちらかが我慢したら終わりなんだよ。恋愛って。」

「と、自称恋愛マスターの紫苑たんが言っておりますわよ、お姉さん。」


不意に背後から声がして、唐揚げを頬張ったまま振り返る。くるくるとした天然パーマのショートの髪を揺らした、リスのようなくりくりとした瞳が特徴的な女の子が、すとん、と椅子に座った。


京子きょうこ!また2限目のスポーツ概論飛んだでしょ!」

「えぇ〜?だってあれ出席ないじゃーん。」


気力がまるでないような声色で、どこから持ってきたのかプロテインバーを咥え出す。


「んで?栗ちゃん、別れてもまだ未練たらたらなの?」

「未練たらたら、ってことではないけど。なんか、この半年間って何だったんだろうなぁっていう虚無感?」


この半年間、驚くほど彼に尽くしてきた。卒業してからも、何とか連絡を取り合おうと、必死に話題を作っていた。まあ、大体いつも2、3回くらいのやり取りで終了してしまっていたのだけれど。


「まあ、栗ちゃん中学時代から根っからのお世話好きだからね。やりすぎは良くないってことよ。」


ね、と大人びたダークウッドのロングヘアを靡かせて、紫苑はカフェオレを飲み切る。

その落ち着きようとは打って変わって、スマホに指を滑らせていた京子が「あ!!!」と大声を出すもんだから、口に入れていた米を危うく詰まらせそうになる。


「ちょ、いきなり大声出さないでよ」

「あ、ごめん栗ちゃん。あのね、どうせ振られたんだったらさ、うちのサークル見学するなりして傷心を癒すのも手かなって!」

「サークル?」


まだむせている私にかわって、紫苑が怪訝な顔をして尋ねる。

そういえば、京子はサークルいっぱい掛け持ちしてたな、という事実を思い出す。バイトと授業で手一杯だった私には無縁の話なのだけれど。


「そう。えっとね、ちょうど追加部員募集してるのが『調理サークル』ってとこなんだけどね〜。栗ちゃん、スイーツ好きだし、紫苑たんは百貨店のケーキ屋で働いてるじゃん?ちょうど良いかなぁって。」


まあ考えといてよ、と軽く肩をつつかれ、苦し紛れに笑いながら、お弁当の最後に残っていたブロッコリーを頬張る。

特別なにか味がすることもなく飲み込んでしまった。

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