第4章「悠斗の過去と未練の兆し」

大学の授業が終わり、未来は静かな図書館の隅に座っていた。

悠斗の気配は隣にあるのに、周囲の誰にも気づかれない。未来は心の中でそっとつぶやく。


「今日も無事に授業終わった…」


悠斗は少し沈んだ声で答えた。

「未来、少し話したいことがある」


未来は顔を上げ、悠斗を見る。

「うん…どうしたの?」


悠斗は静かに俯く。その瞳には、普段の穏やかさとは違う影が差していた。

「僕がここにいる理由…事故のことを、少し話さなきゃいけない気がする」


未来の心臓が跳ねる。

――ついに、過去の話…


「事故…?それって、どういうこと?」


悠斗は深く息をつき、静かに語り始めた。

「僕は自転車で通学中に事故に遭った。急に車が現れて…避けられなかったんだ」

未来は息を飲む。胸の奥が締め付けられるような感覚。


「その時、何か未練があったとか…?」未来は恐る恐る尋ねた。

悠斗は少し目を伏せた後、ゆっくりと答える。

「特別な未練はない。でも、…誰かと普通に話したかった。君に会った時、その気持ちが強くなった」


未来はしばらく黙って聞いていた。心の奥で、悠斗の孤独や苦しみに触れる。

――幽霊でも、人としての感情があるんだ…


「でも、幽霊なのに、普通に笑ったりして…不思議だね」未来は小さく笑う。

悠斗も微笑むが、その表情は少し切なげだ。

「笑顔は、心を守るためのものなんだ。未来に心配かけたくないからね」


未来は胸の奥が締め付けられるのを感じながら、静かに手を悠斗に差し出した。

「悠斗…私、怖くないよ。一緒にいるのが自然になってきた」


悠斗は未来の手を感じることはできないが、心でその温かさを受け取った。

「ありがとう、未来…本当に」


その日の夜、未来は布団に入りながら思う。

――幽霊でも、悠斗は悠斗なんだ。事故で亡くなった事実は悲しいけれど、今ここにいる彼との時間は、確かに現実だ。


翌日、未来と悠斗は大学の帰り道、陸橋を歩く。

「昨日の話、重くなっちゃったかな…」未来が不安そうに言う。

「いや、君に話せてよかった。少し楽になった気がする」


未来は肩の力を抜き、安心した笑みを浮かべる。

二人の距離感は昨日よりも少し近づいていた。幽霊と人間という壁はあるけれど、心の距離は確かに縮まっていた。


家に着くと、夕食の支度を始める未来。悠斗も隣で静かに見守る。

「今日はカレーにする?」

「うん、僕も手伝う」


未来は鍋をかき混ぜながら、ふと思う。

――事故のことを話すのは怖いけど、悠斗が少しでも楽になればいい。


夕食後、未来は勉強を始める。悠斗はそっと横で存在を感じさせる。

「ここ、ちょっと間違ってるよ」

「ありがとう、幽霊なのに助かる」

些細な日常が、二人にとってかけがえのない時間になっていた。


夜、未来は布団の中で目を閉じる。

悠斗の存在がいつもより少し重く感じられた。過去の記憶、事故の事実、そして今も抱える孤独。


――でも、私は一緒にいる。

未来は自分にそう言い聞かせ、そっと眠りについた。


夢の中でも、二人は陸橋を歩き、話し、笑い合う。

悠斗の過去や未練の影はあるけれど、二人の絆は確かに存在していた。

不思議で温かい時間が、今日も確かに流れている――。

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