第2章「幽霊の自己紹介と共同生活の始まり」

翌朝、未来は目覚めると、昨日の出来事を思い返した。

陸橋での奇妙な出会い。黒髪の男子学生――悠斗。

目を閉じると、あの落ち着いた声と柔らかい微笑みが胸に残っている。


「…夢じゃないよね…?」


未来は布団の中で自分に問いかけ、少し胸を押さえた。胸の奥で、昨日の恐怖と不思議さが混ざった感覚がまだ消えない。けれど、恐怖よりも好奇心が勝っている自分に気づき、少し笑った。


着替えを終え、未来はいつもより早足で陸橋へ向かう。

すると、昨日と同じ場所に悠斗が立っていた。

「おはよう、未来」

柔らかく静かな声に、未来の胸が跳ねた。


「おはよう…悠斗」

声が少し震える。けれど心の奥は、昨日より落ち着いている。恐怖ではなく、自然な緊張。


悠斗は少し微笑み、歩み寄りながら話す。

「昨日は驚かせてごめん。今日は少し話したくて。」


未来はうなずき、耳を傾ける。胸の奥はまだ緊張しているが、恐怖は薄れていた。


「僕は事故で命を落とした。でも、ここにいる理由は特別じゃなく、ただ誰かと話したくて。君と会ったとき、何か不思議な安心感を覚えたんだ」


未来は少し首をかしげた。

「…私と話したかった、ってこと?」


悠斗は穏やかに頷く。

「そう。怖いとかじゃなくて、落ち着く、とでも言うか。」


未来は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。恐怖は消え、戸惑いと期待が交錯する。

「…私も、昨日、同じ気持ちだった…怖くなかった。変に落ち着くっていうか…」


悠斗は少し笑い、距離を縮めるように一歩近づいた。

「もしよければ、今日から少し一緒に行動してもいい?」


未来は驚き、少し言葉を探す。

「え…一緒に…って、どういう意味?」


悠斗は柔らかく答えた。

「君には僕が見える。だから、君と一緒なら、退屈せずに過ごせると思ったんだ」


未来は息をのむ。戸惑いと嬉しさが混ざり合う。

「…わ、わかった。じゃあ…よろしく」


こうして二人の関係は、ぎこちないが確かな第一歩を踏み出した。


その日の大学生活は、不思議なほど未来の心を軽くした。

教室では悠斗の存在は周囲には見えず、未来だけが彼の気配を感じられる。授業中、未来はそっとノートにメモを取りながら、耳元で小さくささやく。

「授業中、静かにしてね」

悠斗は微笑んで頷き、未来の横で静かに座る。


放課後、未来は思い切って家での共同生活を提案した。

「ねえ、悠斗…私の家、少しだけならここで過ごしてもいい?」


悠斗は少し考え、柔らかく答える。

「もちろん。君と過ごせるなら嬉しい」


未来の胸は熱くなる。

――幽霊と生活するなんて普通じゃ考えられない。でも、怖くない。楽しい気がする…


こうして、二人の奇妙で温かい日常が始まった。

台所では未来が夕食を作り、悠斗は見守る。

「これ、塩ちょっと多くない?」

「えっ、幽霊なのに…?」

小さなやり取りが、日常を彩る。


勉強中も、悠斗はそっとノートにアドバイスを書く。

「ここ、計算が少し間違ってるよ」

「ありがとう…幽霊なのに、便利だな」


夜、未来は布団に入り、悠斗の気配を感じながらつぶやいた。

「…不思議だけど、落ち着くな」


悠斗も微笑みながら答えた。

「僕も同じ気持ちだよ、未来」


夢の中でも、二人は陸橋を歩き、話し、笑い合う。

不思議で、でも確かに幸せな時間が、二人の間に流れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る