21歳、画廊にて

 



  ☓  ☓  ☓




「月島先輩、個展のチケット送ってくださりありがとうございます」


「こちらこそ。突然誘ったのにきてくれてありがとう。卒業式ぶりだね」




 ショッピングモールの最上階。画廊の出入り口に立っていた月島先輩は私と志麻先輩を見て、律儀に頭を下げた。



「待った。チケットなんて俺は送られてないんだけど」



 志麻先輩は月島先輩に抗議しつつ、上着のポケットから自腹で買ったらしいチケットを取り出した。入れ替わりで月島先輩が、志麻先輩の上着のポケットに手をつっこむ。



「あれ、志麻って煙草吸ってないの? きれてたから、ついでに一本もらおうと思ってたのに」


「吸ってねえよ。それよりチケット、俺自腹で買ったんですけど」


「高校時代何度も協力してあげたんだから、千三百円ぐらい出してよ。それに僕は泥棒に奢る気ないんで」


「泥棒なんてした覚えねえけど、俺」


「された覚えがあるの、僕には」



 さぁ、どうぞ見てってよ。月島先輩が画廊の中を指差す。私と志麻先輩はチケットを受付けに見せて、中に入った。



 先月からスタートしている月島先輩の絵画個展は大盛況のようで、地元のニュースだけでなく、全国ニュースや雑誌にもとりあげられていた。



 月島先輩は高校在学中から圧倒的に絵が上手で、今は美大在籍中でありながら既に一人で個展を開けるほどの実力を持つ。共同や参加という形をとらず、たった一人で個展を開いて大盛況にまで持っていける月島先輩は“天才”と呼んで間違いなかった。


 まぁ、彼は油紙に火がつくような勢いで毎日絵を描いてたから努力も凄まじいんだろうけど。




 個展最終日のせいか人の姿は多いのに、水をうったように中は静まりかえっていた。無人の惑星にぽつんと佇む宇宙飛行士になった気分になる。



 月島先輩の絵にはそういう、すごい絵を生み出す人特有の、生き物を静かにさせるパワーがあった。



「俺は最後から順番に絵を見てく」



 ひねくれものの志麻先輩は去っていき、月島先輩は受付の側で佇んでいる。私は最初から順番に絵を見ていくことにして、三人別行動になった。



 月島先輩は水彩、パステル、油絵の具のどれかで風景、人物、抽象、さまざま描く。



 とくに青い世界を描くのが得意で、先輩が作る青は『月島ブルー』と世間で呼ばれている。だから画廊の中は一面、海の中みたいに青かった。



 一枚一枚ゆっくり鑑賞していると、逆回りの志麻先輩とはちあわせた。志麻先輩は、長い尾をひく彗星の絵の前で、祈るように両手をあわせていた。



 キャプションを見る。

 絵の名前は、『ルピナス彗星』。




「なにしてるんですか、志麻先輩」


「彗星に感謝してる。彗星ってのは、流れ星の母親なんだ」



 志麻先輩は、絵を拝んだままささやいた。




「彗星は通り道に塵や粒を放っておくことがあって、流れ星にはそれらが含まれてることがある。昔、流れ星を探して願いごと唱えまくってたからさ。こういうときに感謝しとかないと。お子様方には、昔たいへんお世話になりましたって」


「それなら私もしたほうがいいかな」



 私もそっと両手をあわせる。




「志麻先輩、今彼女いるんですか」


「いないよ」


「好きな子は?」


「知ってるのに聞いてくるなよ」



 私は手をおろして、志麻先輩を通り過ぎた。



 振り向くと、志麻先輩は両目を瞑ってまだ両手を合わせている。感謝を述べてるというより、新しい願い事をしてるみたい。




 その姿は、情けないほど必死に見えた。




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