白くて細くて綺麗

茄子と塩

第1話


 カーテンが揺れるたび、先輩の髪がさらりと靡き、俺の胸をくすぐった。ほんのりとしたシャンプーの香りが、耳の奥を熱く染め上げる。


『なにかしら?』


 感情のない、澄んだ瞳が俺を射抜く。先輩の両目を交互に見て、その深さに沈んでいく。

――なんて、綺麗なんだ。だけど、、、


『先輩、教室間違えてますよ』


 先輩が座っている席の後ろで、クラスメイトの女子が呆然と立ち尽くしていた。瞬きもせず、固まったまま動かない。


『あら、そう。失礼したわ』


 先輩はすっと立ち上がり、後ろの女子に軽く会釈をして、優雅に教室を後にした。その姿は、まるで映画に出てくるお姫様のようだった。


 月下 凜。文芸部の部長である。


 高校に入ったら、何か時間を潰せる程度の部活に入ろうと決めていた。

毎日行かなくていい。時間に縛られない。人間関係も希薄。そんなイメージの部活を探していた。

文系の部活でも、吹奏楽、茶道、絵画、漫研など、努力の末に仲間たちと青春を味わえる部活は多い。

それは求めていない。むしろ、避けたい。

バイクの免許を取ること。PCゲームに金をかけること。

やりたいことは他にあった。高校に入ったらバイトもするつもりだった。

だから活動が控えめそうな写真部に、最終的に目星をつけた。


 見学に行き、話を聞いた。活動内容は比較的柔軟だが、月に一度ほど、休日に集まって撮影や勉強会をするらしい。

「ありがとうございました」

きちんと礼をして部室を後にする。

――ちょっと、きついな。


 そう思いながら、鞄を置いてある教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、開いたドアから風が抜けた。髪が揺れ、ふと香る古い静けさ。


図書室の匂いだ。


 部屋を覗き込む。本棚にびっしりと並ぶ本。何重にも重なり、部屋は本棚に占領されている。中央には大きな長テーブルが置かれ、椅子が広めの間隔で並んでいた。

 奥で、ページをめくる音がした。

厚い表紙に、すっと細く、白い指が添えられている。指は流れるようにページをめくり、また同じ場所へ戻る。その動きに、思わず息を止めた。

 時計の音と、ページをめくる軽い音が、鼓膜を撫でる。

 はっと我に返り、視界が一気に広がる。

指の持ち主の姿が目に入った。女子にしては少し短めに切られた髪。それでも風に靡き、さらりとした質感が、触れずとも想像できる。

 薄手のカーテン越しの光が、揺れる髪を柔らかく照らしていた。

深い黒に反射した光が、その艶やかさを際立たせる。


 この指に、この髪。


 不思議と納得がいった。

俺はそっと背を反らし、室名札を見る。

――文芸部。

 中を一瞥し、足音を殺して部屋に入る。


「失礼します。部活見学、いいでしょうか?」


 驚かせないよう、ゆっくりと声をかけたが、指の主はびくりと身体を跳ねさせた。

恐る恐る視線がこちらを向く。湖のように深く澄んだ瞳。少し潤んだその目で俺を確認すると、


『はい、どうぞ』


 無感情な声質だが、優しい。囁くように、小さい。

それでも、この静かな空間では十分だった。


「失礼します。一年の、鯉渕 琢磨です。よろしくお願いします」


 一礼し、入口に近い椅子を引く。先輩を見て、こくりと頷かれたのを確認して腰を下ろした。

ぎぎぎ、と椅子が不釣り合いな音を立てる。

息を呑み、余韻が消えるのを待ってから口を開く。


「あの、部活を探していまして。活動内容を聞かせていただけますか?」


 それが、先輩との出会いだった。

ちゃんと部活内容も説明を聞いたし、質問もした。

だから入部したんだ。


 決して、先輩目的じゃない。

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