第二部 第2話 治っているのに、戻らない

 治療所は、人で溢れていた。  薬草の匂い、魔法陣の淡い光、抑えた呻き声。


「次。容態は?」


 落ち着いた声が響く。その声に、セレスが小さく息をのんだ。


「……エルナ?」


 治療台の傍に立つ女性が顔を上げる。


「……セレス?」


 一瞬の沈黙。


「久しぶりね。こんな町で会うなんて」


「それは、こっちの台詞よ」


 二人の間に、懐かしさよりも先に、距離を測るような空気が流れる。


 エルナの手つきは迷いがなかった。魔法陣を展開し、患者の魔力を丁寧に整えていく。その所作には、長年積み上げた経験がにじんでいる。


「……回復はしている」


 だが、少年は目を開けても、ぼんやりと天井を見つめたままだった。


「立てるか?」


 声をかけても、力なく首を振る。


 数値も反応も、確かに正常だ。それでも――戻っていない。


 そのとき、ゆうは鍋を取り出していた。


「……少し、飲ませてもいいですか」


 湯気の立つスープを口にした瞬間、少年の肩がわずかに緩んだ。


「……あったかい」


 それは劇的な回復ではない。だが確かに“拒まれていない”反応だった。


 エルナは、その様子を黙って見つめていた。治療所と、拒絶される魔法


 治療所は人で溢れていた。薬草の匂い、重なり合う足音、魔法陣の淡い光。落ち着く暇もない空間だった。


「次。容態は?」


 張りのある声が室内に響く。


 その声に、セレスが小さく息をのんだ。


「……エルナ?」


 治療台の傍に立つ女性が顔を上げる。


「……セレス?」


 一瞬の沈黙。


「久しぶりね。こんな町で会うなんて」


「それは、こっちの台詞よ」


 短い言葉の応酬。その奥には、積もった時間と、簡単には埋まらない距離が感じられた。


 エルナはすぐに視線を患者へ戻す。迷いのない手つきで魔法陣を展開し、少年の魔力を丁寧に整えていく。その動きには無駄がない。


 ――確かに、優秀だ。


 だが。


 回復魔法は正しく作用しているはずなのに、少年の表情は晴れない。魔力が、身体の奥で弾かれている。


「……拒絶?」


 エルナの呟きに、ゆうは小さく反応した。


「もしかして、ずっと何も食べてないとか……あります?」


 場の空気が、一瞬止まる。


「最低限の栄養は与えています」


 エルナの声は冷静だった。


「でも、“受け取る余裕”がないのかもしれません」


 ゆうの言葉は、断定ではなかった。ただの提案だった。


 この治療所に、新しい違和感が、静かに残った。

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