第2話📙 第6巻 第一部|前魂 第一章 持続(じぞく)――魂以前の生き延び

(神話語本文)

魂は、最初から生命の中にあったのではない。
魂は、最初から「私」という言葉を持っていたのでもない。
魂は、最初から光でも闇でもなかった。

魂が生まれる前に、ただ一つだけ先に在ったものがある。
それが――持続である。

持続とは、生きることではない。
持続とは、祝福でも罰でもない。
持続とは、ただ「途切れない」こと。
裂けそうなものが裂けきらず、
散りそうなものが散りきらず、
消えそうなものが消えきらないこと。

この時代、世界はまだ語りを持たなかった。
世界はまだ、自分を説明しようとしなかった。
世界はただ、壊れないために在った。

そして生命と呼ばれるものがもし在ったとしても、
それはまだ「主体」ではない。
それは世界の自律神経のように、
温度を保ち、拍を整え、裂け目を遅らせる――
そういう働きとして在っただけである。

持続には、目的がない。
だが持続には、癖がある。
一度続いたものは、次も続こうとする。
一度保たれた形は、次も保たれようとする。
その癖が、やがて世界に「方向」を与える。

方向とは、意志ではない。
方向とは、選択でもない。
方向とは、崩れ方の偏りである。
世界は、壊れないために、
壊れにくい方へ少しだけ傾き続ける。

この小さな傾きが、のちに
「帰る場所」「戻る一点」を必要とする。
それが魂の前駆となる。

だが、まだ早い。
この章で語るのは、魂の誕生ではない。
魂以前の、もっと地味な始まり――
持続だけが働いていた時代である。

その時代、世界は静かに言った。
声ではない。言葉でもない。
ただ、構造として言った。

「消えるな」

それは命令ではない。
祈りでもない。
ただ、壊れないために生まれる反射である。

反射は、誰のものでもない。
反射は、世界のものでもない。
反射は、ただ起こる。

けれど、反射が積み重なると、
“起こる”は、“続く”へ変わる。
続くが積み重なると、
“続く”は、“残る”へ変わる。

この「残る」が、魂の母胎になる。

魂は、存在を飾るために生まれない。
魂は、優れた者に与えられる印ではない。
魂は、帰るための灯である。

しかし灯は、いきなり灯らない。
灯は、まず芯が要る。
芯とは、燃えるものではない。
芯とは、折れても折れず、裂けても裂けない、
持続の束である。

持続が束ねられるとき、
世界にはじめて「一点」が生まれる。
それが、次章で語る“痕(あと)”となり、
次々章で語る“中心”となり、
やがて“魂核”へ届く。

この章の結びに、ただ一行だけ置く。
魂の前の世界が、世界であり続けた理由を。

魂があったから続いたのではない。
続いたから、魂が必要になった。

――次章「痕(あと)――記憶以前の残り方」へ。

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