第3話 雑魚寝の夜

時計の針が十二時を回ったころ、祖母が部屋の障子を静かに閉めた。


「もう遅いし、今日は泊まってきなさい」


 それが、決定だった。


 蚊帳は、善之の部屋に昔からある大きな白いものだった。夏になると天井から吊られ、昼間は少し邪魔で、夜になると妙に心細い。四人は布団を寄せ、善之は縁側側に追いやられた。


「狭いね」

「こういうの、久しぶり」

「……懐かしい匂いがする」


 小雪がそっと蚊帳の布に触れ、直子は無言で枕を抱え直す。珠緒はすでに笑いをこらえている顔だった。


 電灯を消すと、蚊帳の中は月明かりだけになった。白い布越しに、庭の影が揺れる。


「なあ」

 善之が言いかけた瞬間だった。


 ――ごん。


 最初の一撃は、直子だった。猫のようにしなやかな動きで、善之の肩に枕が当たる。


「ちょっ、何するねん!」


「始まったね」

 珠緒が楽しそうに言い、次の瞬間、彼女の枕が小雪に飛んだ。


「きゃっ……!」


 小雪は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑って枕を持ち上げる。その動きは、どこか風のように軽かった。


「……反撃します」


 蚊帳の中は一気に戦場になった。枕が飛び、布団がずれ、笑い声が弾む。恵子は最初、少し離れて見ていたが、直子の枕が彼女の膝に当たった瞬間、静かに立ち上がった。


「……やるのね」


 その一撃は正確で重かった。善之の視界が一瞬、真っ白になる。


「痛っ!?」

「恵子さん強すぎ!」


 笑いながら転がる善之をよそに、四人は蚊帳の中を縦横無尽に動く。白い布が揺れ、月明かりが歪む。その影は、ほんの一瞬だけ、人ではない何かの輪郭を描いた気がした。


 だが、誰もそれを口にしなかった。


 やがて息が切れ、枕は床に落ち、笑い声だけが残る。


「……楽しかった」

 小雪がそう言うと、直子は小さく頷いた。


「また、やろ」


 善之は仰向けになり、蚊帳の天井を見上げながら思った。

 この夜が、ただの思い出で終わらないことを、どこかで予感しながら。


 外では、山の闇が静かに息をしていた。

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