プロローグ いちのさん!

宝飾店アルバートは宝石等を扱う高級店にも関わらず、セジンさんのお店よりずっと深い路地の先に立っている。僕でさえ、地図がないと行けないほどだ。

「うわ・・・ここか。アドラさんのお店は。」

遠目から様子を見ていたが、正面に立って、顔がさらに引きつってしまう。

煤汚れた看板に、やる気とレーゼ結晶の切れた照明。分厚そうな金属でできた扉。。。

 ーこれは、僕のような小心者は絶対に関わってはいけない類の店だ。やっぱり犯罪臭が。。。


宝石店アルバートの店主「アドラ」さんとは、確かに僕が9歳の頃、一度だけ顔を合わせているけど。

アドラさんの風貌を思い出す。

骨ばった体躯と真っ黒なローブ。背丈も高く、やばさ全開の禿頭の男性で、さらに両手には怪しく光る指輪の宝具をいくつもはめていた。・・・5年も前の記憶だが、衝撃すぎて簡単に思い返せる・・・

その当時は知らなかったけど、基準を超える宝具をこの世界で身につけるのは、犯罪行為で捕まってしまう。そもそも、宝具は国が厳重に管理してるし。

・・・なぜ彼があんな武装をして捕まっていないのか、考えるだけで身が震えてくる。

 

そして。

この鞄の重さ、規制されているであろうディエル鉱石。

・・・うん。まじやばい。僕は、深く考えることを放棄した。


店前の車庫に荷車を丁寧に、より丁寧に固定すると、ため息をひとつ、大きく吐いた。

 帰ったら、お気に入りの喫茶店に寄ってパフェを食べよう。絶対に!・・・甘いものを食べて、このストレスから救ってもらおう。

吐いた息を吸い込み直し、今込められる力で扉を押せば、トロトロと隙間が広がっていく。

「にゃん?」

そして間も無く隙間から、一匹の黒猫が飛び出してきた。

黄色い瞳がこちらをじっと見定める。首輪はどうやらしてないが、このこは・・・飼い猫?

「その顔は・・・アルトか。さっさと入れ。」

「!?」

まだ、猫一匹分の隙間しか扉を開けていないんですが!

 ・・・どこからか、アドラさんは僕を見ているらしい。

「お邪魔しますぅ」

僕はもう一度、トロトロと扉を押し出した。


ーーーーーー

「装備型」の「宝具」の中で最も有名なのは、「ステータスリング」だろう。

フィンさん夫妻や、エファさんが指にはめている「身体機能向上」や「レーゼ操作」を可能にしてくれる「宝具」であり、向上してくれる能力は、大きく分けて

1レーゼ操作

2身体能力

の2つである。

ーーーーーー


初めて入るアドラさんのお店は、本当に恐ろしい。

まず、相変わらずの照明はやる気なく、いくつもレーゼが切れている。

その薄暗い店内を占拠する商品らしき宝石類は、未加工のままに並べられ、盗難を微塵も恐れてない。

極め付けは、剥製の魔性生物(?)が何匹も、こちらに牙を剥いて完全に僕を威嚇している。

1歩踏み出せば、応えるようギィっと床が音を出す。

勇気をふみしめ、一歩踏みだす。『ギィっ』

「・・・」

僕は、ギィギィ言わせながら店を歩く。この沈黙が居た堪れない。

カウンターに辿り着き、俯いていた顔を恐る恐る上げて・・・アドラさんの口、鼻、目、、、ひっ。

 

反射で再び俯いてしまう。やっぱめっちゃ怖いよ!この人!!

表情を見れたのは一瞬だった。


「ラセッカから話は聞いているが・・・何を買いにきた?」

「ディエル鉱石を30gです・・・お願いちます。」

 ー噛んだ。

「ったく、危険は懲り懲りだってのに。。。500GG(ゴールドギーク)だ」

「500GG!?」

ーえ?この鞄の中身、全部ゴールドギークなの?しかも500枚!?


ーーーー

「・・・震えてないでさっさと金を出せ。」

「はっ!はひ!!」

ーーーー


・・・・・・


・・・床をギィギィ鳴らして外へ出る。

僕の心も泣いていた。アドラさんから渡された大きな木箱はずっしり重く、物理的にも重かった。

 ・・・ねえ?30gって何だっけ?

「にゃあ?」

足元で爛々と目を輝かせていた黒猫が、コテっと首を傾けた。


・・・・・・


僕は今、「ちょう危険な物」を運んでいる。

絶対30g以上入っているこの木箱だが、もちろん中身は怖くて見れない。

ディエル鉱石がどういう条件で爆発するのか知らないし、そもそも僕は小心者だ。

右手に木箱をだきかかえ、左手で荷車を掴んで道をトボトボ進む。

ます、盗まれたらやばい。

次に、ぶつかってもきっとやばい。

そして、衛兵に見つかるのはもっと、いや刑務所行きです。


・・・そうだ、人通りの少ない道を行こう。障害の少ない道を通ろう!遠回りだけど仕方ない。

 

不安と緊張と、こんな依頼を頼んだラセッカさんへのショックが沁みてきて、ジクジクと涙が込み上げてくる。涙で前が見えないよ。ははっ。


「おらおら、どうした少年?涙拭けよ。辛いことでもあったんか?」

そんな僕に向かってかけられた、染み入るような優しい言葉に、崩壊寸前my涙腺は、いとも容易く崩れ去り。

「うぅ、、、すみまぜん。ありがとうごじゃいます。」

「おいおい、泣くな泣くな。ったく、しょうがねえな。人間は。」

カサゴソと小さな音がして、僕の目に布が押し当てられる。

・・・!!なんて優しい人なんだ!!

「・・・うわ、鼻水。」

「ああっ、すみませんそれは自分で拭きまずぅ」

「ほら、ちょっとその箱かしてみ。」

「ずみまぜん。・・・・・っあ。」


「・・・ありゃ??

クエスト依頼しようと思ってたのに!ラッキー!これなら、間に合う!イーアに叱られないですむぞ!!」

先ほどまであんなに警戒していた木箱を、他人にあっさり渡してしまい、慌てて僕は目をこじ開けた。するとそこには、ハンカチと500GGのやばい木箱を空中に浮かせた「おそらく精霊様」が、それらと同様にふわふわ浮いてる。

そして、すっと近づき、空いた両手で僕の肩をバンバン叩いた。

「助かったぜ少年!あはははは〜。あ、これ、もちろん私にくれるよな!」


僕の目の前に現れた「おそらく精霊様」は、不思議な服装の女性のような姿だが・・・全身がわずかに発光してるし、ふわふわ浮いているので、超常の存在であることは明らかだ。

 ・・・というか、精霊様にばったり出会うなんて。初めての出会いが今日でなければ、もっと感動できただろうけど。・・って!まずい!


「せ、あ、だ、だめです。精霊様!

それは、500GGする危険な・・・そう!ヤバいブツなんです。返しt・・・はっ!僕を衛兵に突き出さないでください!?」

「・・・は?これが500GG?そんなにする訳ねえだろ?

ただのめちゃうまアップルパイだ。Aランク品質は間違いないな!じゅるっ。うまそう!」

肩をむにゅむにゅ掴まれる。


ーえ?アップルパイ!?

 アドラさんが僕にそんな・・・アップルパイ?それはないですよ。イメージ的にも。


「まさかお前、これが何かも知らないで泣いてたのか?ったく、ほら。」

危険物を扱っているとは思えないほど煩雑に、精霊様が木箱を開いた。

そして、そこには本当に、こんがりと焼けた艶やかに光るアップルパイが収まっていた。

「ほ、ほんとだ・・・」

「だろ?これ、もらってくけどいいよな?早くしないと盗み食いしたのがバレちまうんだよ!」

「で、でも。そのアップルパイ、爆発するかも、です。」

「・・・ディエル鉱石はここに入ってねえよ。あ、そうだ。少年、欲しいものあったりするか?」

精霊様があからさまに話を逸らして、僕を捲し立ててくる。

・・・ああこれはもう、絶対返してくれないんだろうなぁ。

 ー僕は強い心が欲しいです・・・あ、でもピピアちゃんの触覚もほし・・・

 

「!!それならちょうどいい!可哀想な少年に私からの報酬だ!!」

逃避気味に何を言うか考えてたら、あっさり心を読まれてしまった。


ばっと精霊様が僕の肩から手を離し、後ろにポーンとバク宙をする。

そして、右手を構えて言葉を紡いだ。

「汝が求むは真理か虚構かっ!以下省略!!」

「しょうりゃk・っまぶしっ!?」

右手から放たれた七色の光が勢いよく僕の右の耳たぶに収束していく。

『バチンッ』

ーっ、いった!?


「あ、特別にお前の意思じゃ外せないようにしてやったぞ!じゃあとは頑張れよ!じゅわっち!」

呆然とする僕とは対照的に、笑顔あふれる精霊様が、アップルパイを引っ提げて、空の彼方へ消えていく。

僕はしばらく、呆然と壮大な空を見上げていたが・・・状況の不味さを、脳が少しずつ鮮明にしやがる。

痛む耳たぶをこっそり触れば、

 ーうぅ。やっぱり何か付いてるよ!!

 

ゴツゴツとした感触で、それがどんな形かわからないけど、多分、「宝具」なんだろうな・・・

僕は直接見たことないが、精霊クエストの報酬は、眩い光と共に現れるらしいし。

状況的に間違いない。

・・・さっき出会った、精霊様がフランクすぎて、全く実感、湧いてこないけど。


薄暗い静かな道をトボトボ進めば、ほぼ空になった荷車と鞄がガタガタと揺れて、僕の心を抉り続ける。


・・・ええっと、500GGのディエル鉱石がアップルパイで。

アップルパイが耳たぶの宝具で。

ディエル鉱石云々について聞かなきゃだけど・・・アドラさんの店には、怖いから戻りたくないわけで。

そして、基準を超える性能の宝具を装備するのは犯罪で。

・・・外れないってまじですか?ははっ。

 

僕は、死んだような笑顔を浮かべた。

せめてもこの宝具が、規制基準値以下の性能であることを心から願う。弱い宝具を望まなきゃいけないなんて、現実は本当に容赦ない。

 ーってあれ?僕って精霊様に、心の強さを望んだっけ?


心を強くする宝具。僕はその言葉に思い当たる噂を知っていた。

宝具「エブリデイ・ファイン」。

それは、かの有名なネヴィス王国のハンター「mode-demo-E」のリーダーが、肌身離さずつけているほど、強力なことで有名である。

今まで、類似する機能を持つ宝具は発見されていないと聞いていたのだが・・・


「ドラゴンの口の中から気合いだけで生還した。」

「巨大ゴーレムを目力だけで行動不能にした。」

「理想郷を咆哮1つで消し飛ばした。」

など、聞くところによれば、その力は信じられないほどに、強力らしい。

もしあの時冷静だったなら、僕は精霊様に間違いなく「ステータスリング」を願っただろうが、これはもしかして、怪我の功名と言えるのではないだろうか?

「エブリデイ・ファイン」より性能が弱くても心が強ければ・・・お使いを断れるなら、こんなことにならなかったはずだし。

  

わずかな高揚を感じ取り僕はもう一度、宝具に触れた。

不思議なことだが、この宝具の使い方は、自然と脳が理解している。

「・・・とりあえず戻れるか?アドラさんのお店に。そして、僕は謝れるのか?アドラさんの・・美味しいアップルパイが、精霊様に奪われましたって。」

裏路地に佇み、自問する。

自力では無理だが、この宝具を使えばもしかして。わずかな希望とヤケクソに、思わず笑みがこぼれ出る。これは賭けに出るしかない。


そうと決まれば。僕は荷車を反転させて引き返す。

 ーこの宝具の力がどれくらい持続するかわからないから・・・アドラさんの店前で起動してみよう。


しかし、辺りを見れば薄暗く、吹き抜ける風も湿っぽい。

途中、人通りを避けたり、涙ぐんでいたせいで、気付けば僕は、治安の悪い区画を歩いていた。

・・・そしてそれは、お決まりのように現れた。

「ニヤニヤ兄ちゃん、こんな所を一人で歩いてちゃあ危ないヨォ??」『ぐへへっ』


僕の諦念の笑みが深くなる。

あの、この人たちナイフ持っているんですが?

ガラの悪い男たちに囲まれて、もはやストレスでフラフラだ。


「なかなかいい荷車持ってんじゃねえかヨォ。もちろん、ここに置いてくヨォなぁ?」

ドスの聞いた大声で、ぎょろっとした瞳の男が、鋭いナイフをキラキラさせる。

「うぅ、すみません。こ、これ大切なものなのでそういうわけには。。。」

「ほう?いい度胸してんなぁ兄ちゃん。結局渡すんだ。痛い思いはしたくないだろヨォ?」

これ見よがしに再びナイフをキラキラさせる。辺りを見れば取り巻きたちも、ナイフをキラキラさている。薄暗い路地がパーティー会場みたいになってきた。


ーいやいや、待て待て、流されるな僕よ。

 荷車を失しなうのは論外だ。これは、僕とフィン夫妻の大切な絆だ。

 

その時ナイフの反射光が、僕の耳たぶを偶然照らした。

「おぉ?。なんだそのピアス、いい輝きしてるじゃねえかヨォ。せっかくだ!それも、いただこうかヨォ?」

男はニヤリと笑い、ぺろっとナイフに舌を這わせた。

ーくぅ。ナイフぺろぺろだと?ここまで忠実な脅しを遂行されては・・・僕には、もはや、なす術がない。

 ・・・もういい。他力に任せよう。どうせ「これ」を使えば派手な事態に巻き込まれるんだ。これ以上、ドキドキしたくない。


僕は諦念の笑みを解除して、耳たぶの「宝具」を起動した。

「おおお!!頼む!僕の心を強くしてくれ!!」

八つ当たりのように叫んだ僕の思いは、苛烈な閃光を振り撒いて、薄暗かった路地を一気に白く染め上げていく。


「なんだ!?この光はヨォ?!」「ニャア!!」

「え?え!?なに!?うわ、まぶしっ」


そして、放たれた光は、次第にひとつに収束していき・・・


「な!?兄ちゃんが、消えちまったヨォ!?」「ニャニャッ!?」


秋風が薄暗い路地を突き抜けた。まるで、アルトの残滓を吹き消すように。

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