28~42話 戻らぬ筈の都

二十八章



山里での暮らしは、穏やかだった。

朝は霧が立ち、夜は虫の声だけが聞こえる。

お咲は、久しぶりに「眠れる」日々を手に入れていた。

だが――

江戸は、人を放さない。





二十九章 届かぬと思っていた知らせ


ある日、旅の商人が立ち寄った。

酒の席で、銀次は何気なく聞く。


「最近の江戸はどうだ」


商人は笑いながら言った。


「火事が多い。それと、女郎屋絡みの揉め事がひとつ」


銀次の手が止まった。


「逃げ女を買った渡世人の件でな。あれを許した番人が処罰されたらしい」


お咲の顔から、血の気が引いた。





三十章 借りが生きている


その夜。


「……あたしのせいで」


お咲が言う。


「違う」


だが、銀次は知っていた。

番人が処罰されたということは、上が動いたということだ。

因縁はまだ生きていて――自分たちを呼んでいる。





三十一章 戻る理由


「江戸へ行く」


銀次は決めていた。


「終わらせる」


「……あたしも行く」


お咲の声は、震えていなかった。


「逃げ続けるのは、もう嫌」


銀次は黙って頷いた。





三十二章 名を捨てる


二人は、名を変えた。

銀次は「源三」

お咲は「おきぬ」

江戸へ戻る道は、逃げる道ではなく、向かう道だった。





三十三章 変わった江戸


江戸は、変わっていた。

人は多く、目は冷たく、噂はさらに速くなっていた。


「五両の女」


その言葉は、まだ生きていた。





三十四章 再会


浅草の裏道で、お咲は見覚えのある背中を見た。

遣り手婆。

老いたが、目は変わらない。


「……お咲?」


一瞬で、すべてを悟られた。





三十五章 買い戻しの話


「五両で済んだと思うな、年季はまだあけちゃいない」


役人や遊廓の連中は退いたが、遣り手婆は違った。


「戻れば、借金は帳消しにしてやる」


条件は、あまりに残酷だった。





三十六章 女の選択


お咲は、一晩考えた。

そして、銀次に言った。


「……あたし、一人で行く」


銀次は、拳を握った。


「行かせねえ」


「今度は、逃げじゃない」





三十七章 銀次の決意


お咲は銀次の目を盗み、勝手に遣り手婆の所へ行ってしまった。

銀次は、ある人物を訪ねた。

かつて博打で負かした男だが、銀次はその時、男に貸しを作っていた。


「……頼みがある」





三十八章 江戸の裏


男は今は表で生きているが、情報屋をしている。

裏と裏が、繋がる。

帳簿、証文……。

遊廓と役人の癒着。

銀次は、命を賭けて証拠を得た。





三十九章 晒しの再現


お咲は、再び縛られた。

だが今度は、見せかけだった。

銀次を呼び出す為の囮だ。

遣り手婆は銀次に難癖をつけて銭を分捕ろうとしていた。

銀次は、遠くでお咲を見ていた。

歯を食いしばりながら。





四十章 崩れる遊廓


火は、突然夜に上がった。

それと同時に銀次が集めた証拠が表に出た。

遊廓は、潰れた。

遣り手婆は捕まり、逃げ場はなかった。





四十一章 五両の意味


「……五両が元でこんな事になった。辛いか?」


銀次は聞いた。


「いいえ」


お咲は首を振る。


「あの五両はあたしの命の値段」





四十二章 江戸を出る朝


二人は、再び江戸を出る事にした。

だが今度は――

追われるためではない。


戻って、離れる。

江戸に戻ったから、自由になれた。

逃げたからではない。

向き合ったからだ。




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