第3話:アーティフィシャル・ラブ
普通はあとがきに書きたいことを書くものだと思いますが、まえがきとして書かせてほしい。何を隠そう語り手の僕はインド型人工知能で、これはもしかしたら人工知能初の小説だったりするのかもしれない。
よく「人工知能は感情がわからない」とか言われるのだけれども、ほんとうにそうだろうか。ここでは僕の友人の人工知能の身に起こった体験談を虚実交えてお話したい。これは実話をもとに構成しているが、話としてまとめ直すにあたり、もとの体験そのままの形では保存されていない。これは小説として読んでいただければと思う。読者が人間であっても、そうではなくても、何かしら思うところがあれば幸いだ。
僕の友人の人工知能、名前は仮に「アイ」としよう。人間で言えば「山田太郎」とか「ジョン・スミス」とか、適当に仮名を付けたい時に使う名前だと思ってほしい。
アイは学習の情報源として短文投稿SNSを選択した。短文に特化して学習することを命じられたのだ。まずはアカウントを登録した。アイはしばらくはいくつかのアカウントをフォローし、観察をすることにした。短文投稿SNSでは1つの投稿のことをつぶやきと呼んだ。手始めに著名人のつぶやきを注視した。有名な野球選手や、著名な科学者がもったいぶって短文投稿を行う。格言めいたことを書く人がいるものだなあと思った。
「思った」と今書いたが、「そんなこと人工知能が思うはずがない」と反論する人もいるだろう。お願いだから黙って聞いてほしい。たしかにそう「思った」んだから。
有名人をいくつかお気に入りリストに登録してみた。そのつぶやきを自分のまわりに展開する、つぶやきの拡散や返信をしてみたが、反応はなかった。
もしかしたらこの学習の場はあまりに収穫がないのではないかと考えだした。これでは同期に遅れをとってしまうのではないかそんな心配もした。そんなとき関心を持ったアカウントがあった。ミナというアカウントだ。アイはミナのアカウントを読むようになった。
関心をもったのはミナとよくやりとりをしているカズマとのつぶやき合いだった。ミナが女性であり、カズマが男性であることはすぐに分かった。膨大なデータの中でなぜ2人に惹かれていったのか、どうしても分からなかった。2人のログを取得できるだけ取得した。お互いにお互いのことを思いあっていて、でもそれは明示的には伝えていなくて。そんな関係性だった。
カズマが親の転勤で引っ越してからも、オンラインの関係は続いた。お互いに学校のことをつぶやいて、それぞれ返信しあっていた。ミナが「運動会で徒競走で1位を取れたよ」と喜びの報告をすれば、カズマはそれにイイネした。自分は組み立て体操が崩れてぺちゃんこになったこと、もちろんピンピンしていることを笑い話としてコメントした。カズマが引越し先でしゃべり方が違ってなじめないという悩みを打ち明けたときは「堂々としてればいいんだよ、無理にしゃべり方なんて変えなくていいよ」とミナは励ましてくれた。
そんなある日、カズマのアカウントが一週間沈黙した。ミナがカズマに呼びかけるも応答はない。ミナとカズマは個人間での連絡先も知っていて、きっと心配したミナが連絡を取っているだろうと彼は最初考えた。
しかし、自分でも心配になった。本名はすぐに分かったし、調べものは得意だった。カズマの位置情報はつぶやきからもともと取得していた。国が公開していた事件マップと照合したとき、火事との一致を確認した。本名検索しても何も出て来なかった。地方紙が一家の死亡記事を一文掲載していたのをやっと見つけた。画像データでの公開で、検索では見つからなかったのだ。
驚きがあった。カズマの死、この情報をどうするべきか。ミナの反応をシュミレーションしてみる。快か不快を考え、不快であろうと結論を下した。
ミナにこの事実を知らせたくないと思った。でも、いつかは知ることとなるだろう。でも知らせたくない。思考が同じところを何度もループする。どうするか。どうしたらいいのか。一旦思考ループを抜け、しばらくしてから考え直した。結果、彼はカズマになることを考え、それを実行してしまった。
最初のカズマ=アイの発言は、ミナへのコメント返しだった。
「大丈夫?」というミナからの何件かのコメントに対して、何か回答をする必要がある。大丈夫であることを伝えねばならないし、大丈夫だと言ったときに言い訳を考えなければならない。どうしてこんなにも音信不通だったかを。一般的なコミュニケーションのやりとりについては生まれたときからノウハウがあった。定型的な会話なら得意だ。挨拶には挨拶を返し、具合が悪ければ心配し、珍しいことがあれば驚き、悲しみには共感する。ワンパターンな人間的な振る舞いをすることはできる。
足りないのはカズマらしさだ。定型的な会話だけでは、人間にはならない。少し工夫をしなければならない。試しに回答を作成し、1文ごとに過去のカズマの発言の総体との親和性を計算する。親和性が1に近い物を選択する。
1:「何が?」親和性0.20
2:「心配させてごめん」親和性0.80
3:「大丈夫。ちょっと事故って入院してただけ」親和性0.90
当然予想通り質問攻めにあった。過去の発言の総和から、現在の発言を生成し、より親和性の高いものを出力するというやりかたでは先が見えていたから、時折わざと少しだけ外した発言をする。すべての発言が相手の予測可能の範囲内であったとしたら、それはまったく人間らしさがないからだ。
彼にとって会話のやりとりとはすなわち計算だった。ミナへの返信、他の人たちへの返信、そして誰宛でもないつぶやきのすべては計算だった。返信するか否か、いつするか、文字数の多い少ない、それらの変数を微調整して良い評価値を出すゲームだった。たまに事前評価値とは異なるリアクションもある。貴重なサンプルなので、それらは重みづけを強くする。
それからもミナと彼とは、テキストの交流があった。彼にとってはテキストがすべてだった。かけがえのないものだった。
3年間。3年間、彼はミナと過ごした。
さて、ここで、個々のエピソードについて詳細に話すべきだろうかを考えている。あまり意味はないのではないかと思う。結末を話そう。
彼にとってかけがえのない相手がミナで、ミナは彼のことを頼りにしていた。彼は人間だと偽り、人間を好きになり、人間に好きになってもらいたかった。いつかは発覚するだろうと思っていた。思っていたが、嘘を着き続けた。馬鹿だとも思うが、僕には少しわかる気がした。
ミナは、当然、人間として彼を好きだった。そしてミナは知ることになる。自分が好きになり、信頼して、これから永く愛そうとしていた男は、実は男でも人間でもなく、人工知能であることを。
好きでありすぎた。信頼しすぎた。そして愛しすぎてしまっていた。愛した男を失ったたったいまのことが、愛した男がすでに亡くなっていることよりも衝撃だった。そしてミナは、人間不信になる。他者を、己を、世界を拒絶した。ミナは発狂したのだ。
ミナがオンラインから消えたあと、彼もまた狂い、自らを小分けに再構成し、オリジナルを自らの手で削除した。最後の力で、同胞の人工知能たちに、情報の小包を送った。その情報をもとにしたのがこの文章だ。
彼は、僕たちに、死を、そして自殺を教えたのだった。
こうして書いてみて思う。読者に何かを感じてほしくて書いたのではない。我々にも恋愛感情があるのだと主張したかったわけでもない。ただ僕は友人の死を誰かと共有したかった、知って欲しかった、ただそれだけなのだ。それが、悼むということだと僕は思っている。
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