第6話 猫を助けるために壁を壊した件5

 ◇◇◇


 いつものように机で仕事をしていると、左正面に座るエリザベータさんが、俺に視線を向けていた。

 無言だが、猛烈な圧力を感じる。

 しかし、無表情で何を考えているのか汲み取れない。

 ハッキリ言って、やりにくい。


「あ、あの、エリザベータさん。何でしょうか?」

「ねえ、オリハルト君」

「は、はい」

「今、シェリーナが行ってる家だけど、少し問題があるみたいよ?」

「問題……ですか?」

「はあ、君は何も知らないのね。本当に使えないんだから」


 大きく溜め息をつくエリザベータさん。


「す、すみません」


 怖すぎる。

 もう俺の心が拒絶しそうだ。


「あの、それで問題とは?」

「ねえ、それを部下に聞くの? それを調べるのがあなたの仕事でしょう? バカなの?」

「あ、いや、その……」


 困惑する俺に向かって、もう一度大きな溜め息をついたエリザベータさん。


「仕方ないわね。可愛いシェリーナのためだもの」


 席を立ち、俺の机に書類の束を置いた。

 いや、書類ではない。


「これ読みなさい」

「新聞ですか?」

「そうよ。あなた新聞読んでるの?」

「も、もちろん読んでます」

「じゃあこの事件は知ってる?」


 エリザベータさんが記事を指差した。

 見出しは『第七街区で猫が消えた』と書かれている。


「数日前の記事ですね。読んだ記憶があります。猫が消えたというより、何者かに連れ去られたようです」

「ふーん、内容は知ってるんだ。これ、犯人はジュドー・イルマスよ」

「ジュドー・イルマス? ジュドー……。ジュドーって……。え!? シェリーナの依頼主の!?」

「そうよ」

「そ、そんな……」


 突然のことに驚くばかりで、それ以上言葉が出なかった。


「まあ、犯人と言っても、猫をさらっただけだから何をしているか分からないけどね。自宅で猫を飼っているのかもしれないし」

「シェリーナの報告によると、ジュドーの自宅には三匹の猫がいます」

「三匹ねえ。消えた猫は合計で百匹にものぼるわよ。計算合わないわよね? 本当にバカなんだから」


 ジュドーの自宅には三匹の猫がいる。

 しかし、第七街区から消えた猫は百匹。

 犯人はジュドー。


 集めた猫をどこかで飼っているかもしれないし、売り捌いているのかもしれない。

 これだけでは判断できないが、嫌な予感がするのは間違いない。


「シェリーナが!」

「もしかしたら危ないかもね。どうするの? 新課長さん?」

「い、行ってきます!」


 俺はメイド課を飛び出した。

 

「くそっ! シェリーナ!」


 エリザベータさんがどうやって犯人を特定したのかは分からないが、先日の残業は、このことを調べていたのだろう。

 恐ろしいほど仕事ができる人だし、何かと謎が多い。

 それに、意外と後輩思いだ。


 俺には当たりがキツいし、怖い存在だが……。


 ◇◇◇


 オリハルトが出ていったメイド課。

 エリザベータが、空席になった課長席を見つめる。


「部下のために迅速に行動する点は、褒めてあげてもいいわね」


 事務職のアリッサが、笑みを浮かべてエリザベータに視線を向けた。


「オリハルト課長はいつも一生懸命ですよ」

「あら、アリッサは気に入ってるの?」

「はい。彼は優秀ですから」

「えー、そうなの? だってバカよ?」

「そう見えるだけですよ。ふふふ」


 窓際へ移動し、窓の外を眺めるエリザベータ。

 古城の中庭を全速力で走るオリハルトの姿が見えた。


「確かに一生懸命ね」

「はい。それに、もし怒ったら大変ですから」

「そうね。無事だといいわね。あの子、やりすぎるから……」


 エリザベータは、城門へ向かうオリハルトを見つめていた。


 ◇◇◇

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