第2話 師匠、見栄を張る

「ロイドはどこ?」

「はい!ロイドです!」


 ルミナスの呼びかけを聞き、ロイドは急いで孤児院の正門へと向かった。そして、彼女の姿を見てギョッとする。


「だ、大丈夫ですか、ルミナスさん?」


 ルミナスの姿はひどいものだった。

 うつろな瞳。ボサボサな髪。目の下のくまは、マーカーで塗ったようにはっきりと現れていた。


 限定解除オーバーリミットの開発を始めてから一週間。寝る間も惜しんで研究を続けた結果、美しい容姿が台無しになっていた。彼女にとってはプライドを守ることの方が大事だったのだ。


「すいません。大変なお願いをしてしまって」

「は?別に大変じゃなかったけど?」

「でも、お姿が……」

「これはたまたま最近忙しかったから。限定解除オーバーリミットを開……調べるくらい、余裕だから」


 ルミナスはここでも見栄を張る。プライドを守るために。


(そうか。すごいな、ルミナスさん)


 ロイドは騙された。無理もない。彼は思い込みが激しい人間なのだ。自分の転生した世界が『アルカナX』の世界であると、信じて疑わない程度には。


 そしてロイドは思案する。ルミナスは自分が今まで出会った人の中で、最も優れた魔法使いだ。ならば、彼女に魔法を教われば、もっと強くなれるのではないか。


 ロイドは決断した。


「……ルミナスさん。もしよかったら、僕を弟子にしていただけませんか?」

「は?」


 ルミナスは本気で困惑した。こいつは何を言っているんだ、と。


 しかし、ロイドは食い下がる。


「強くなりたいんです。忙しい時は、僕への指導は片手間でもいいので。それこそ、限定解除オーバーリミットを調べた時みたいに」

「は?」

「え?」

「……いや、そうだよ。限定解除オーバーリミットの調査は、確かに本業の片手間だったけど」

「お願いします!強くなりたいんです!」


 ロイドは勢いよく頭を下げた。これでもかと、言葉に気持ちを込めて。


 ルミナスは目をつぶって考えをめぐらせた。


(正直、今やっているボランティアは退屈だ。それに、こいつロイドには才能がそこそこある。できない奴を教えるよりは、できそうな奴を教える方がマシか?)

 

 目を開くと、目の前にはまっすぐな眼差しを向けるロイドがいた。ルミナスのことを必要とする、純粋な瞳。


(こんな風に思われたの、いつぶりだっけ……)


 気持ちを整理するように、ルミナスはゆっくりと息を吐いた。決意はもう固まっていた。


「わかった。引き受けてやるよ」

 

 ロイドは一瞬ポカンと口を開け、すぐに口元を緩めた。交渉成立。師匠ができたという事実が彼の心を満たす。


「あ、ありがとうございます!」

「まあ、私も忙しいからな。あまり構えないかもしれないけど」


 嘘である。ルミナスは暇だ。学園を退学し、職にもありついていない。


「それは大丈夫です!ああ、本当に、ありがとうございます!」

「いいってことよ」


 さわやかな風がルミナスの長髪を撫でる。彼女はそっと髪に手をあて、過去を思い返した。かつての天才だった自分。学園で敗北し、惨めな視線を向けられた自分。そして、再び人から必要とされるようになった自分。


(今日から再スタート、だな)


 ルミナスは回想をやめ、目の前の弟子ロイドへと視線を向けた。よほどうれしいのか、いまだにニコニコと笑顔を浮かべている。


「へえー。そんなにうれしいのか」

「はい!聞いてみたいこと、たくさんあるんです!」


 ロイドの言葉を聞いたとたん、ルミナスの体が固まった。記憶がフラッシュバックする。限定解除オーバーリミットについて聞かれてからの、散々な日々。


(もしかしてこいつ、あんな無茶苦茶な質問を大量にするつもりか……⁉)


 実験、失敗、実験、失敗、実験、失敗、徹夜、徹夜、徹夜。

 開発の成功でハイになって忘れていた苦痛が、一度に彼女の脳内を駆け巡った。


「師匠、大丈夫ですか?青ざめていますけど……」

「ハ、ハ、ハ……。このくらい余裕、だ……」


 ルミナスのストレスは限界を突破し、彼女は気絶した。


「し、ししょーっ!!」


 ロイドの弟子入り後の初めての仕事。それは、師匠ルミナスの介抱だった。






 ◇◆◇◆◇






 ロイドが弟子入りしてからすぐに、ルミナスとの特訓は始まった。


「遅い!目で見る前に準備しておけ!」

「はい!」


 人気のない河川敷で閃光が点滅し、炸裂音が鳴り響く。魔法と魔法のぶつかり合い。苛烈で、どこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。


 ルミナスがロイドに課したトレーニングは単純なものだった。1日1時間の実践訓練と、魔力操作等の自主練のみ。


 彼女が訓練内容をこのようにした理由。それは、基礎能力を高めるのに重点を置くべきだと考えたからである。

 

 体力、精神力、魔力量、魔力操作、魔方陣展開速度、魔法発動速度、その他もろもろ。いずれの基礎的な能力も成長するのには地道な努力が必要とされていた。


 基礎が十分でないうちからハードな実践訓練を積むべきではない。成長期に差し掛かったばかりのロイドには、毎日の大半を土台固めに費やす方が良い。ルミナスはそう判断した。


 だが、逆に短い実践訓練の時間において、ルミナスは容赦をしなかった。


「限定――」

「遅い!」


 魔力の弾丸がロイドに衝突する。息が詰まるほどの衝撃。ボウリングのピンのようにふっ飛ばされ、大地に叩きつけられる。


「悠長に魔法を用意するな!先手を打て!相手に考える隙を与えるな!」


 ロイドに向けた言葉。同時に、過去に敗北を喫した自分への言葉。魔法の発動速度が勝敗に大きく影響することを、ルミナスはかつて身をもって味わったのだ。


 厳しい言葉を浴びせるルミナスを見据えながら、ロイドは歯を食いしばって立ち上がる。痛い、苦しい、逃げ出したい。しかし、それらの感情を理性で押さえつけて食らいつく。


(ロイドはゲームで、近衛騎士に就任していたんだ。俺がサボったせいでロイドのシナリオを歪めるのは、絶対に嫌だ!)


 これが彼の大きなモチベーションだった。ロイドに転生したからには、できる限りロイドを遂行する。責任感と強迫観念。それらが彼を、過酷な訓練へと立ち向かわせていた。


 しかし、彼は重大な思い違いをしている。


 この世界は彼が思っているゲーム(アルカナX)の世界ではない。ゆえに、ロイドは『アルカナX』に登場するロイドほどの才能はないのだ。つまり、彼にとって近衛騎士になるという目標は分不相応なものである。彼は無自覚に茨の道を歩んでいた。


 しかし――。


「もう一戦、お願いします」


 ロイドは勘違いに気づかない。ゆえに求め続ける。理想のロイドたることを。


 濃密な1時間が過ぎる。ロイドは何度も打ちのめされ、地面に叩きつけられた。それでも彼は、一戦ごとに何かを得ようともがき続けた。


 そしてその姿勢は、ルミナスの心に影響を及ぼした。


(人間って、こんなに努力できるものなのか……)


 拳を強く握りしめる。自分にないものを掴むかのように。


(もしかしたら、あたしも……)


 夕焼けが2人を照らす。ボロボロで傷だらけのロイドと、汗1つかいてないルミナス。対称的な2人が、同じように橙色を浴びていた。


「ありがとうございました!」

「ああ。……ロイド」

「はい。なんでしょうか?」

「……よくがんばっているな」

「……はい!これからも、よろしくお願いします!」


 何者としても描かれなかった少年、ロイド。努力を怠り堕落した天才として描かれた少女、ルミナス。モブと中ボス。原作で一切の関わりがなかった2人。


 彼らの新たな関係は、シナリオの亀裂を広げながら、誰も知らない道へと続く。


「だけど、なんでそんなに努力できるんだ?」

「それは……。がんばるべきだと思っているんです。それに、魔王の復活にも備えておきたいから」

「……魔王?」

「あ、えっと、孤児院に預けられる前に聞いた話なんですけど。……もしかして、何か知ってますか?」

「……当然」

「すごい!」

「ハハハっ、まあな!」


(魔王って何だよ……!)


 ルミナスはまたしても見栄を張った。


 ロイドの師匠である限り、彼女の心労は続く。もっとも、自業自得だが。

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