尾陽雑記帳

どうたぬき

第1話 最凶を神として祀るという選択 ――大元帥明王の話

大元帥明王は、仏教世界において「最強」と呼ばれることの多い存在だ。

だが、その強さは、最初から守護のために使われていたものではない。


来歴をたどると、大元帥明王は、もともとインドにおける最強の武人でありながら、不遇な事故によって命を落とした存在だとされる。

鬼となり、人を殺しまくったとも語られ、暴力と破壊そのものの象徴だった。


もしこの存在が敵のままであったなら、

人はきっと、必死に排除しようとしただろう。


だが、そうはならなかった。


その最凶の存在は、最終的に釈迦の説得を受け、仏教の守護神となる。

かつて最凶だった敵が、護る側に回る。

ここに、大元帥明王という存在の本質がある。


日本でよく知られる大元帥明王の寺院としては、奈良県の秋篠寺、京都の醍醐寺、そして東寺が挙げられる。

いずれも、国家や時代の転換点と深く関わってきた場所だ。


大元帥明王は、もともと毘沙門天の配下として活動していた存在とされる。

ところが、中国、あるいは日本に伝わる過程で「明王」へと格上げされ、国家鎮護を担う存在となった。


仏教では、天部よりも明王を上位に置く思想体系が存在する。

その意味で大元帥明王は、いわば「上司を乗り越えて出世した」存在でもある。


だが、これは単なる序列の話ではない。


制御不能なほど強い力を、

外に追い出すのではなく、

より内側に、より中枢に据え直す。


そのための発想だ。


日本から中国へ渡り、三蔵の位にまで至った霊性。

この明王を拝めば必勝とされ、時代によっては、国の存亡を分ける神仏とも考えられてきた。

日本にその秘法を持ち帰ろうとした人物が、途中で毒殺されたという伝承すら残っている。


それほどまでに危険で、強力で、

扱いを誤れば災厄そのものとなる存在。


それでも人は、大元帥明王を遠ざけなかった。


なぜか。


それは、人が「最凶」を完全に排除することを、本能的に恐れているからだ。


暴力。

破壊。

怒り。

制圧。


それらを否定し、見えない場所に押しやれば、

いつか制御不能な形で噴き出すことを、人は知っている。


だからこそ、人は最凶を身近に置く。

拝むという形で、管理し、見張り、関係を結ぶ。


令和の時代になっても、醍醐寺で大元帥法が修されているという事実は、その象徴だ。

もはや戦争の勝敗を分ける時代ではない。

それでも、この明王は必要とされている。


大元帥明王の人気は、時にゴジラやガメラに憧れる感覚と似ているとも語られる。

圧倒的で、理不尽で、

味方にすれば最強、敵に回せば最悪。


だが、その強さを「どこに置くか」が、常に問われてきた。


外に追い出すのではない。

否定するのでもない。

最も危険なものを、最も神聖な場所に置く。


大元帥明王信仰とは、

人間が自らの内なる最凶性を自覚し、

それを暴走させないための、極めて冷静で現実的な知恵なのかもしれない。


最強であることよりも、

最凶を制御下に置こうとした、その姿勢こそが、

大元帥明王が今も拝まれ続ける理由なのだと思う。

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