第11話

 ウィルは引かれるがまま、リズに付いて歩く。


「趣味が悪いにもほどがあるわ。あれが第1部隊長だなんて、信じられないよね」


 グラウンドを横切り、資材倉庫の陰にあるベンチまで連れて行く。ここなら人目につかない。

 ウィルを座らせて、その隣にリズも座った。


「頑張ったね」


「……っ」


 リズの手がウィルの頭に触れると、今まで堪えていたものが一気に溢れ出した。

 涙が次から次にこぼれ落ち、嗚咽が漏れる。

 リズは何も言わず、ただウィルの頭を撫で続けた。


 ーーどれくらい泣いていたのか、ウィルにはわからない。思う存分泣くだけ泣いたら、急に頭がスッキリとした。そして、突如として恥ずかしさが込み上げてきた。


「あの……ごめんなさい。えと、俺、すげぇカッコ悪い……」


「私はリズ。よろしくね、ウィル」


 ふわりと笑った顔がとても綺麗で、心無しかウィルの顔が赤くなる。

 そう言えばこの女、刀を持っていたはず。しかし今ここに、それは無い。カストの胸に刺したままだったのだろうか。


「リズ……さん。まさか剣士じゃないっすよね?」


 気恥ずかしさから、自然と敬語になるウィル。


「そのまさか、だけど」


「嘘だろ……」


 ふと、カストに聞いた話を思い出した。


「18歳くらいの美人女剣士……」


 強烈に覚えているその特徴。


「……守護剣士?」


 リズは自分の左手の甲をウィルに見せた。そこには青色の紋様が刻まれている。それが一瞬白く光ったかと思えば次の瞬間、リズの手に一振りの刀が姿を現した。

 ウィルが見た、カストを貫いた刀である。


「これが守護剣? 刀?」


「私の守護剣はね。村雨っていうの。持ってみる?」


「いいんですか?」


 少し笑ってリズは刀をウィルに手渡した。

 が。


「無理無理無理無理!」


 とてもじゃないが、持っていられないほど重い。ウィルが両手で持ち上げても、地面に落ちた刀を拾い上げることが出来ない。


「守護剣て、所持者以外は重くて持つことも出来ないの。不思議よね」


 ひょいと片手で刀を拾うと、また手の甲の紋章を光らせて刀を消した。


「便利ですね、それ。重い剣を持ち歩く必要がなくて」


「まぁね。でも頼りすぎると筋力が落ちちゃうから、気をつけているのよ。ウィルも守護剣、欲しい?」


「そりゃ、まぁ。でも……」


 正直、今は剣士になりたいとは思えない。

 アイザックもいない。カストもいない。それにまた、誰かを失うかもしれないと思うと、気持ちが鉛のように沈む。


「ーーどこまで行くおつもりですか」


「ここよ、ここ。そこのベンチ」


 話し声が近付いてきた。

 リズは立ち上がり、その声の主が現れると、頭を下げて1歩横に退いた。

 ーーグリーンヒル専属剣士隊の元帥。そして彼を案内してきたのは、キリーである。


「もう一度確認しますが……正気ですかな?」


「失礼ね。正気じゃないように見える?」


「キリー? あー……えーっと?」


 さすがのウィルでも、元帥相手にタメ口をきく気にはなれない。しかしキリーには全く気にする様子はなかった。


「ウィル=レイト、だったな?」


「は、はい……」


 元帥はため息をつく。

 気が進まない。酷く気が進まない。しかし元帥には、この決定を覆すことなどできないのだ。


「守護剣がお前を所持者に選んだ」


「はい……?」


「……やっぱり、やめませんか? 12歳ですよ? まだ子供ではありませんか」


やはり気が進まなくて、元帥はキリーに縋るように言う。


「5年経てば17歳よ。問題ないわ」


 キッパリと言い放つキリーを見て、ウィルはあの日の違和感を思い出した。

 初めてキリーに会った時に感じた違和感。その正体が今わかった。

 彼女には影が無い。地面のどこを探しても、そこにあるはずの影が見当たらないのだ。


「ウィル。これからよろしくね」


 キリーが右手を差し出した。反射的にウィルも右手を差し出し、その指先が触れようとしたその瞬間、キリーの体が白く光り、そして消えた。


「ど、どこに……?」


「ウィル」


 リズが自分の手の甲の紋様を見せる。ウィルは自分の手の甲に視線を落とした。

 リズと同じ紋様が、そこにはあった。


 ーー史上最年少。12歳の守護剣士の誕生である。

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