第7話

 翌日は、打ち上げで酒を飲んでいたほとんどの男たちが、ベッドの中で2日酔いで潰れていた。


 酒を飲まなかった者たちは明日の試験に向けて最後の追い込みをしたり、ゆっくりと休息を取って過ごす。


 ウィルも今日1日は何もしないと決め、昼過ぎに目覚めてからは、ダラダラと時間を持て余していた。


「あれ? おっちゃん、まだ寝てんの?」


 遅い昼食を食べて部屋へ戻ってきたウィルは、カストがまだベッドから出てきていないことに驚く。


 彼は昨夜酒を飲んでいないはずだし、普段から訓練が休みの日も決まった時間に起きるタイプだったので、こんな時間まで寝ているのは珍しい。


「あぁ……ちょっと頭が痛くて……気を抜きすぎたんだな」


 ゆっくりと体を起こしたカストの顔色は冴えない。


「誰か呼んできた方がいい?」


「いいや、やめてくれ。大丈夫だから」


 万が一明日の試験は受けられないとでも言われたら、全てが水の泡になってしまう。


「熱もないし、本当にただ、頭が痛いだけなんだ」


 血管が脈打つ度にズキズキと痛む。痛みは頭の中を常に移動していて、ひと所に留まらない。まるで頭の中を虫が齧りながら這っているようなーー


「大丈夫ならいいけど……」


「悪いけど、なるべく静かに寝かせておいてくれないか。明日の為に、体調を戻さないといけないからね」


 そう言って頭まで布団を被り、カストはきつく目を閉じた。


 早く治さなければ。

 試験をクリアして、剣士にならなければーー


 痛みを紛れさせるように、繰り返し心の中で唱える。

 娘の為に、元妻の為に、剣士になって少しでも豊かな暮らしをさせてあげたい。その為なら、これくらいの痛みーー耐えなければ。


⭐︎


 入隊試験当日を迎えた。

 試験会場は剣士隊の訓練場。練習生たちは揃って会場へ向かう為、宿舎の前に集まっていた。


「ウィル。カストさんはどうしたんだ?」


 イアンがウィルに尋ねた。

 カストだけがまだ、来ていない。


「昨日から頭が痛いんだってよ。何度も声を掛けたんだけど、すげぇ剣幕で『静かにしろ!』って怒鳴ってきやがったから、もう放ってきた」


「仕方ねぇな……俺が引き摺ってでも連れて行くから、お前らは先に行ってろ」


 と、アイザックが宿舎の中に引き返して行く。


「どうする? もう少し待つか?」


「アイザックもああ言っていたし、俺たちは先に行こうぜ」


 バラバラと、練習生たちは移動を始める。

 ウィルとイアンも顔を見合わせ、そして試験会場に向かって歩き始めた。



 あぁ、頭が痛い。

 結局一睡もできなかった。

 どうしよう。

 試験は今日なのに、こんなにも頭が痛くて、試験に受かるだろうか。

 それにしても身体がだるい……寝ていないからか?

 どうしよう。こんなにも重い身体で動けるだろうか。

 あぁあ……それにしても喉が渇いたな。なんだろう、喉の奥が焼けるように熱くてカラカラだ。

 ……そうか。昨日から水も飲んでいなかった。

 あぁ、頭が痛い。

 頭が痛い。

 あぁああぁぁぁ! うるさいなぁ! 誰だ、頭が痛いから静かにしろと言っただろう!?

 俺は! 頭が! 痛いんだ! それに喉が渇いたんだよ!!

 水をくれよ、ミズ、ミズ、ミズ……


 ア ア ア タ マ ガ イ゛ タ゛ イ゛


⭐︎


「アイザックとカストはまだ来ないか……」


 時計の針が、試験開始時刻を指した。

 訓練場に整然と並べられた机と椅子に着席する、今期の受験者たち。

 部隊長は鎮痛な面持ちで2つの空席を見遣り、筆記試験開始を言い渡した。


(何やってんだよ、あの馬鹿ども)


 姿を現さなかった2人に対し、ウィルは内心で毒付いた。

 あれだけこの試験に賭けていたくせに。自信満々に連れて来ると言ったくせに。2人とも来ないなんて、どうかしている。


(……くそっ!)


 ウィルが今出来ることは、目の前の筆記試験の問題を解くことだけ。


 もしかしたら、何かやむを得ない事象が起きているのかもしれない。それだったら、後から2人は試験を受けられるかもしれないと、出来るだけ楽観的に考えることにした。


(っ! マジかよ……)


 問題を目でなぞりながら、思わずウィルの口元に小さな笑みが浮かんだ。


 この国の歴史。グリーンヒル専属剣士隊について。一般教養ーー筆記試験対策にと、繰り返しカストが教えてくれたことばかりだ。


(おっちゃんが教えてくれたこと、そのまんまじゃねぇか)


 ペンを走らせながら、ウィルは再度カストとアイザックのことを考えた。

あの2人と一緒に入隊できるなら、剣士になるのも悪くはない。

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