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第4話

　ーー馬車に揺られてやってきたのは、グリーンヒル郊外。遠目にポツリと民家が点在しているが、ほとんど人の手が加わっていない畑と鬱蒼とした雑木林があるだけの場所だった。

　馬車を降りる剣士たちに続きながら、イアンがコッソリとウィルに耳打ちする。

「頼むから剣士様たちの不評を買うようなことはするなよ？　万が一助けて貰えなくなったら、死んでもお前を恨むからな」

「何が『剣士様』だ。馬鹿らしい」

　ウィルは強がっているだけだーー剣士たちは勿論のこと、アイザックとイアンもそう思っていた。

　ウィルは厳しい稽古にも付いてきていたし、木剣での打ち合いも部隊長以外には負けたところを見たことがない。でもそれは訓練場でのことで、いざ魔物を前にすればただの少年になるのではないかと、思っていたのだがーー

「早速スライム発見」

　日焼けの剣士が草むらを指差した。

　半透明なゼリー状の物体が、地面を這っている。スライムは1メートルを超えるものもいるが、今目の前にいるそれは、せいぜい20センチ程度。

「うわぁぁ……俺、魔物見るの初めて……」

　イシュタリア王国内でそれなりの街の中で生活をしていれば、魔物と遭遇することなど滅多に無い。

　イアンは気持ちの悪いものを見る目でスライムを観察する。

　スライムはその半透明な体そのものが強烈な酸で、獲物を丸ごと飲み込んで溶かし、自分の栄養にしてしまう。弱点は、外からでもうっすらと透けて見えている脈打つ心臓。そして、彼らの動きは極めて遅い。

「おい、練習生。倒してみろよ」

　ニヤニヤと笑う傷痕の剣士。

「でも、討伐は剣士様がやるって……」

「禁止はされてねぇだろ。見ててやるから」

　イアンはアイザックと顔を見合わせる。

　それなら、とアイザックが剣を鞘から抜いた。

　剣士たち4人は揃って嫌な笑みを浮かべながら、アイザックの動きを眺めている。

　剣の柄を両手で握り、一歩踏み出すーーその横を、何かが高速で通り過ぎた。

「っ！？」

　何が飛んできたのかと後ろを振り返ると同時に、アイザックの目の前にいたスライムがグチャリと潰れる音がした。

「は……？」

　スライムを潰したのが石だと理解するのに2秒。それを投げたのがウィルだと理解したのは、更に3秒後。

「馬っ鹿じゃねぇの？　スライムなんか剣で切ったら、酸で刀身がボロボロになるだろ。スライムは心臓を潰したら体液を撒き散らすから、心臓目掛けて遠距離攻撃が基本」

　続けてウィルは、潰れたスライムの奥に生えている木の上に向かって手のひらサイズの石を投げる。枝葉の間にいたスライムに命中し、それはボタリと落ちてきた。

「ーーですよねぇ？　先輩？　もちろん、このアホが斬りかかる前に止めてくれるつもりだったんですよねー？」

　ニコリと笑って4人を振り返るウィル。

「あ……当たり前だろ！　ちょっと試しただけだ！」

「やるねぇ、ちび助君。この辺はスライムが多いから、適当な石を集めておけよ」

　金髪の剣士が、イアンとアイザックに指示を出す。

「あ、イアン？　だっけ？　そっちの雑木林に入るなよ。木の上、スライムだらけだから」

「うぇ！？」

　ウィルに呼び止められて、イアンは後退りする。

「どこ、どこ、どこー！？　なんで見えるんだよぉ！」

「あそこと、あそこ。っつーか、スライムは木の上いるもんだろ？」

「そんなこと習ったっけ？」

「常識だろ」

「どこの常識なんだよ！」

　そんな2人のやり取りを、アイザックは剣を握ったポーズのまま、ポカンと眺めていた。

（なんなんだ……なんなんだ、なんなんだ、あいつは！）

　やがて沸々と怒りが湧いてくる。

「クソガキ！　お前、本当に何なんだよ！　12歳のガキのくせに！」

　ウィルが石を投げなければ、あの剣士たちは自分を止めなかったはずだ。ボロボロになった剣を見て、笑い者にしたはず。それをウィルに助けられたことが、腹の底からムカついて仕方がない。

「デカい声出すなよ、オッサン」

　言うや否や、ウィルが剣を鞘から抜き放つ。低く構えて、地面を蹴った。

「な……っに……？」

　一瞬、斬られるかと思ってアイザックは固く目を閉じた。

　恐る恐る目を開くと、ウィルの剣に斬られたのは、アイザックに背後から飛び掛かろうとしていたゴブリンだった。

　頭と胴体を切り離されたゴブリンは、断末魔の悲鳴を上げる間も無く絶命し、地面に転がる。

「瞬発力、やばいな」

「一撃で倒したぞ。正確さも相当なもんだ」

　感心する金髪剣士と傷痕剣士。

「まぐれだろ、ビギナーズラック」

「いや、でも……」

　認めようとしない筋肉剣士に、日焼け剣士はぽつりと呟く。

「今の、あの子がやらなきゃ間に合ってなかったよな……」

　ウィル以外誰も、茂みの中から飛び出してきたゴブリンに気付いていなかった。ゴブリンの鋭い爪がアイザックの背中に届くまで、あと僅かだった。

「くそっ！　くそったれ！　ふざけんな！　礼なんか絶対に言わねぇからな！」

　アイザックは更に倍増した怒りを込めて、石を雑木林の中にいるスライムに投げ付けた。次から次へと。石はスライムに当たるものもあれば、そのままどこかへ飛んでいくものもある。

　そして、その声と飛んでくる石に反応して、また1匹ゴブリンが姿を現した。

「遅れを取ってたまるかよ、クソが！」

　半ば投げやりに、しかし基本に忠実に剣を構えて、ゴブリンに向かって走り出す。

「クソ野郎！！」

　ゴブリンの脳天から地面に向かって、真下に剣を振り下ろす。

　アイザックの手の中に、肉と骨を断ち切る感触が伝わってきた。

「どうだ、ウィル＝レイト！　これで倒した数は同じだ！」

「……男のヒステリーって怖ぇ……」

　ーー結局この日は、イアン以外の6人でスライム18匹、ゴブリン7匹、飛蛇2匹を駆逐した。