沈まぬ太陽の国を追放されたので、『夜』と『星空』を育てます。~24時間不眠の異世界、闇属性の僕が作る『安眠リゾート』に、聖女がとろけて帰りません~

冬海 凛

第一章・夜の創世記(ジェネシス)

聖女篇

第1話 太陽が沈まぬ国と、念願の追放処分

「――カイト・ユウナギ。貴様のような『下劣な闇』を抱いた者が、我が神聖なる白夜びゃくや帝国に居られると思うな……うぐっ」


 玉座の間。


 天井のステンドグラスから、暴力的なまでの陽光が降り注ぐ中、皇帝が私を見下ろしている。


 皇帝の震える手には、懐から取り出した『覚醒ポーション』。一気に飲み干し、血走った目で僕を射抜いた。


 僕は真紅の絨毯にひたいを擦り付ける。土下座なら、社畜時代から慣れている。


「皇帝、お待ちください! 闇属性の能力開花は、私が望んだものではないのです!」


「知らぬ。貴様を帝国の西、光の届かぬ『常闇とこやみの谷』へ追放する」


「そんな……能力の属性だけで。皇帝! どうか――」


「黙れッ! 見苦しいわ!」


 並み居る貴族たちが、僕をあざ笑う。彼らの目は一様に赤く充血し、濃いクマが刻まれているが、その表情は眠らぬ恍惚感に満ちていた。


 無理もない。


 この国はかつて、伝説の英雄がもたらした、『永劫えいごうの昼』という魔法によって、24時間365日、太陽が沈まないのだから。


 国民は、皇帝同様に〝覚醒ポーション〟をガブ飲みし、眠気を殺して働き続けている。


 光こそ正義。

 労働こそ美徳。

 休息など、万死に値する悪だ。帝国において『不眠』は美学であり、眠りは『光への背信』を意味する。


 そんな狂ったブラック帝国において、光を遮る【闇属性】を覚醒した僕は、国家反逆罪に値した。


 ――結果は、死罪。


 この場で首を落とされないだけ、マシか。


「……分かりました。謹んで、罰をお受けいたします」


 歓声が飛び交う中、皇帝の傍らに立つ『聖女』と『黒鉄の女将軍』だけが、じっと沈黙の視線を送ってきた。


 だが、今の僕にはどうでもいいことだ。


「ふん、絶望に震えておるか。光に見放された惨めな人生を呪うがいい」


 違う。そうじゃない。

 僕は今、必死で口角が吊り上がるのを我慢しているのだ。


(やった……! やったぞおおおおおおッ!!)


 心の中で、盛大なガッツポーズを決める。


 前世は、介護事業所サービス提供責任者。過労死して転生した先が、またも『眠れぬ世界』。


 地獄かと思った。

 転生してから16年、アイマスクを三重にして仮眠をとるだけの日々。


 だが、開き直った。


 この誰も望まない、忌み嫌われる【闇属性】こそが、唯一の希望だと信じて生きてきた。


 島流しの行き先は『常闇とこやみの谷』か。光が届かない不毛の地だ。


 最高じゃないか。そこに行けば、この網膜を突き刺す白い光から解放される。


「直ちに出ていけ! この薄汚い下民が!」


 罵声を背に、僕は足早に玉座の間を後にした。


 できれば、走りたい。今すぐにでも、スキップしたい。


 待っていろ、僕の新天地。

 待っていろ、僕の安眠パラダイス


 ***


 帝都から馬車で揺られること三日。


 国境を越え、峻険な山脈を抜けた先に、その谷はあった。


「着いたぞ。降りろ、大罪人」


 護送兵が谷の入り口で、僕を乱暴に突き飛ばした。彼は全身から滝のような汗を流し、何かに怯えている。


「へっ、せいぜい常闇の中で、安眠をむさぼるんだな!」


 兵士が逃げるように馬車を走らせ、帰っていった。


 残されたのは僕一人。


「……さて。念願のパラダイスとご対面、っと」


 僕はウキウキで振り返り――そして、固まった。


「……………………は?」


 言葉を失った。

 そこにあったのは、闇ではない。暴力的なまでの『光』だ。


 谷の岩肌は鏡のようにギラつき、空から降り注ぐ太陽光を何重にも乱反射させている。


 上からも、下からも、横からも。

 全方位から殺人光線レーザーのような直射日光が襲いかかってきた。


「空気が……痛い!?」


 息を吸うだけで肺が焼ける。汗が一瞬で蒸発し、塩だけが肌にこびりつく。


 気温は優に50度を超えているだろう。


 僕は慌てて目を覆った。直視すれば、数秒で網膜が焼かれる。


「くそっ、何が常闇だよ! 完全にやられた」


 ようやく理解した。


 光量過多で目が潰れて視界が閉ざされるから、『常闇』。

 あるいは、熱中症で死んで永遠の眠りにつくから、『常闇』。


 ただの悪趣味な処刑場じゃないか!


「はぁ、はぁ……ふざけるな……!」


 意識が遠のく。このままでは本当にミイラになって終わりだ。


「……諦めてたまるか」


 僕はギリリと奥歯を噛み締めた。


 社畜をなめるな。炎上案件など、前世で何度も経験済みだ。環境がブラックなら、ホワイトに塗り替えればいい。


 光が強すぎる? 逆だ。

 光が強ければ強いほど、その裏に生まれる『影』もまた、濃くなる。


 僕は立ち上がり、灼熱の光に向けて両手を広げた。


「――【黄昏の庭師トワイライト・ガーデナー】」


 足を踏み鳴らすと、影が爆発的に膨れ上がった。


 世界を白く染め上げる暴力的な光を、漆黒のドームが優しく、絶対的な拒絶をもって弾き返す。


 鏡の岩盤が反射する光線も、50度の熱波も、すべてが遮断された。ドームの内側に、完全なる静寂が訪れる。


「……ふぅ。涼しい」


 外は50度の灼熱地獄。けれど、中はひんやりとした適温。

 やはり、素材(光)が多いぶん、生成される闇の品質も最高級だ。


 休んでいる暇はない。

 帝国から離れられた今こそ、癒しが欲しい。


種蒔きシーディング・『星空』」


 指を鳴らすと、天井に無数の光の粒が灯った。

 プラネタリウムのような優しい光。それは目を刺激せず、むしろ瞼を重くさせる淡い輝き。


「寝具生成。『最高級低反発スライム・ベッド』」


 地面から湧き出した闇の魔力が、長方形に固まる。


 触れてみれば、マシュマロのような柔らかさ。その上に、闇の糸で織った毛布を重ねる。


 準備は整った。


 僕はブーツを脱ぎ、ベッドへと倒れ込んだ。ずぷん、と体が沈み込む。


 全身の力が抜け、骨の髄まで溜まっていた泥のような疲労が、重力に従って溶け出していった。


「はぁぁ……」


 自然と声が漏れた。眩しくない。暑くない。うるさくない。ただ、心地よい闇と、静寂があるだけ。


「……おやすみ、世界」


 誰にともなく呟いて、僕は瞼を閉じた。

 意識が途切れるまで、恐らく十秒もかからなかった。


 ――この時の僕は、まだ知らない。


 この場所が後に、伝説の楽園になることを。

 そして――最初の客が、すぐそこまで迫っていることを。


「……はぁ、嘘でしょ? 処刑場の光が突然、消えた。何で皇帝も私一人をこんな危険な場所に派遣するかな、もぅ!」


 谷の入り口で、ふらふらと歩く人影が一つ。


 帝国の聖女騎士団長、ルミナ・ソレイユ。


 目の下のクマはどす黒く、美しい金髪はバサバサ。幽霊のようにふらつく足取りは、剣を持っているのが奇跡なほどだ。


 彼女は砂漠でオアシスを見つけた遭難者のように、血走った目でこちらの闇を睨みつけていた。


「……罪人のくせに。カイトは、あそこで何をしてるの?」

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