第5話 side 新島亜豆李「あの日の真相について」(亜豆李視点)


 陵矢さんと8年ぶりの再会を果たしたわたしは、百合ヶ原女学園の寄宿舎に帰ってくる。


 わたしの部屋があるのは、高等部の成績最上位の生徒のみが入ることを許された白百合館という1人部屋だけの宿舎。

 その宿舎の一番奥にある部屋が、わたしの部屋だ。


 ピンクのファンシーグッズに囲まれた自慢の部屋に入るなり、わたしは緊張が解けたあまり脱力して、嬉しさも相まって膝から崩れ落ちる。


「はぁ……ほ、本当に、あの陵矢さんに会えちゃった……」


 今までずっと、「きっかけ」がなかった。

 陵矢さんに接近するための、きっかけが。


 親が厳格なうちの家庭では、女であるわたしに限って、成人になるまでは他所の家の男とは触れ合わせないという考えを持っていた。

 だから小学校の頃からお嬢様学校へ入れられたし、兄にも友達を家に呼ぶ時は、わたしがいない時だけにするようルールがある。


 そのルールのせいか、兄は基本的に陵矢さんのお家へ遊びに行ってばかりで、陵矢さんを家に呼ぶことはなかったのだ。


 中等部に上がってからは、わたしが学園の寄宿舎に入れられ、それっきり学園と寄宿舎を行き来する毎日。

 一応、放課後はお稽古に行く生徒もいるため、門限までの外出は許されているけれど……わたしは外に出て陵矢さんに話しかける勇気がずっと出なかった。


 でもそれも今日でおしまい。


「"あの日"以来……ずっとこの時を待っていたの。陵矢さん」


 あの日……それは小学2年生の時のこと。

 わたしは家を抜け出して地元の夏祭りへ行った。


 本当は親と一緒に行く約束だったけど、親の仕事が長引いてなかなか帰ってこず、このままだと終わってしまうと思ったわたしは、焦って一人で抜け出してしまったのだ。


 しかしいざ外の世界に出ると、右も左も分からなくて……。

 賑やかなお祭り会場で一人立ち尽くしていると、背後から走って来た人にぶつかって、思いっきり顔から転んで怪我してしまった。


 おでこから流血し、痛くて怖くて、今にも溢れそうな涙。


 もう限界……そう、思ったその時だった。


『キミ大丈夫? 迷子かな? 大人のいる場所に連れて行ってあげるから、ほら立てる?』


 座り込んでしまったわたしを助けてくれたのが、陵矢さんだった。


 その時の陵矢さんはたまたま兄たちとはぐれていたらしく、一人で兄たちを探していた最中だったらしい。


 陵矢さんはすぐに近くの公園で自分のハンカチを濡らして、わたしの傷の手当てをしてくれた。

 わたしは初めて兄以外の同年代の男の人と接するので、警戒心もありずっと何も喋れなかったけど、それでも陵矢さんは、ムスッとしたわたしを色んなお話で元気づけてくれて。


 その後、お祭りで大人たちが集まる詰め所までわたしを送り届けてくれた。

 そして、最後には……。


『そうだ! 顔の傷はこれで隠しなよ。まだ使ってない新品だから。あげるよ』


 顔を隠すためお祭りの屋台にあった狐のお面をくれたのだ。


 どこまでも優しくて、親切で、気配りのできるお兄さん……当時のわたしは、最後に名前を聞いてしまうくらい、一瞬で彼に恋焦がれた。


 今でもそのお面は部屋に飾ってある……あれはわたしの宝物。


「そして今日も……ふふっ」


 もらったハンカチを真空パックに入れると、何度も開いてはその香りを楽しむ。


 これが今の陵矢さんの、香り。

 陵矢さんのハンカチ……はぁ、んっ。


「陵矢さん……んっ、陵矢さん……んっ……」


 晩御飯も食べずに、わたしはそのままベッドの上で朝を迎えるのだった。






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