第2話 おばあちゃんの占い

「来てくれたんかい、なつき。じゃが、なにか、困っとる顔じゃなあ……心のなかが、ちぃとばかし、重たいみたいじゃ。」

 おばあちゃんはそう言った。なんでそんなことわかるんだろうと不思議だった。

「べつに困ってないよ」とわたしは返事をした。

「ふむふむ。そう言うときは、だいたい困っとるときじゃ。話してみ? なんも言わんでも、ずっとここにおるからなあ。」

 お父さん、お母さんには言えなかったこと。自分でもうまく言葉にできるか分からない、この苦しい気持ち。

 でも、おばあちゃんになら、少しくらい話してもいいかも――そんな気がした。


 タブレットとスマホをもらった翌日、日曜の午後。

 窓から差し込む陽ざしはやわらかく、覗く外には雲ひとつない空が広がっていた。のどかに見えても、目に視えない風が抜けるたび、窓枠が軋むような音を立てた。その音がやけに大きく感じるほど、部屋は静かだった。

 窓越しの光はやわらかいのに、背中を伝う空気は冷たい。もう春なのに、まだ冬を引きずっているみたいだった。


 お店が忙しいからってことで、ひとりでお昼ごはんを食べたわたしは、スマホをぼんやりと眺めていた。

 お父さんもお母さんも、わたしのことより仕事が大事みたいだった。二人とも腫れ物に触れるようにまこっちゃんのことはほとんど話題にしてこない。別に寂しいって言いたいわけじゃないけど、もう少しだけ話を聞いてほしいと思うこともある。でも、うまく言えない。言えたとしても、わたしの気持ちが伝わるとは思えなかった。

 スマホもタブレットも、わたしの機嫌を取るための道具みたいに感じてしまう――そんな自分がいやだった。


 みんなが欲しがってるスマホ。でも、わたしは何に使えばいいのか、いまいち分からなかった。

 友達は、スマホでLINEをしたり、動画を見たり、ゲームをしたりしてるって言ってた。動画っていっても、ファッションとかメイクの入門、キャラクターグッズとか文具のレビュー、ダンスとか人気曲の“歌ってみた”系、好きな芸能人の切り抜き、ゲーム実況とかで、ほんと十人十色。

 沼っちゃうと、いくらでも見てられるからやばいよって、花音ちゃんは笑ってた。

 でも、わたしは動画っていうより、野球の試合を観ちゃうから、スマホってあんまり使わないかも。寝ころびながら観れたら楽そうだけど、メモとってまとめるのが好きだから、ちゃんと観たいって思う。

 ゲームも、野球のだったら興味なくはないけど、やっぱりリアルな野球のほうに目がいっちゃう。

 あとLINE。使い方はネットで調べればきっとわかる。花音ちゃんはスマホを持っていて、去年番号も教えてもらったから友達登録っていうのができるはず。すぐに繋がれる。けど、なぜか、気が進まなかった。


 花音ちゃんとは、小1からずっと同じクラスの幼馴染。でも、6年生で初めてクラスが別々になった。

 うちの学校は1学年に2クラスしかないし、仲のいい子はできるだけ同じクラスになるように配慮されるって噂だけど聞いてた。

 なのに、わたしたちは分けられた。それがすごくショックだった。

 でも、ショックなことはそれだけじゃない。

 はっきり言って、ここ最近のわたしはついてなくて、“悪いこと”がずっと続いてる気がしてた。


 授業でわからないときに限って当てられる。学校帰りには大きな野良犬に追いかけられて、咬まれそうになった。冬休みにはインフルエンザで1週間も寝込んだ。

 そして、大好きなレオネス。去年は開幕から首位だったのに、ケガ人が続出してシーズン後半に失速。最終的には3位で、クライマックスシリーズもあっさり2位のファルコンズに連敗で敗退。

 野球を観るのがつらくなって、負けた日はしばらく平常心でいられなかった。

 ネットの記事では、「レオネスの悲運」とか、「のろわれたシーズン」とか、ドラマチックに書いてあった。でも、わたしだけが気づいてる。のろわれてるのは、チームじゃない。

 きっと世界そのものが、わたしを苦しめようとしてるんだ。


「せっかくの休みじゃ。話し相手がほしいじゃろ。何でも言ってみな。」

「さいきん、ついてないんだ。好きなプロ野球のチームが調子悪いし、花音ちゃんともクラス別れちゃって」

「ふむふむ。なつきは去年から運勢が悪いからのう。来年いっぱいまで今の調子が続くじゃぞ」

 わたしはためいきをついて、最後にするつもりで返事をした。

「じゃあ、どうすればいいのかな?」

 おばあちゃんの返事は、たぶん決まりきった言葉だと思っていた。ネットで何度も調べたことがあって、辿り着く答えは同じだったから。


『運が悪いと思ってるから、運が悪くなる』

『良いことにも気づかないだけ』

『ネガティブな気持ちが運を遠ざける』

『運はみんな平等』


 でも、それって全部きれいごと。

 わたしの現実は、そんなふうに片付けられるほど単純じゃない。それだけは、譲れない。


 5年生の夏に起きた、まこっちゃんの交通事故。

 当時は誰からも詳しいことを教えてもらえなかったけど、ネットで調べて、運転手の不注意だったと知った。

 まこっちゃんは、なんにも悪くなかったんだ。じゃあ、なんでなの?

 わたしと出会ったから?わたしが好きになっちゃったから?・・・わたしのせいだったの?

 答えは出ないまま、自問自答を繰り返す日々が続いた。

 

 意識がふっと遠のいて、プールの底に沈んでいくような息苦しさに襲われた。たまらず頭のなかのまこっちゃんを押さえつける。目をぎゅっとつぶり、歯を食いしばって、心はただ、暗くて深い場所に沈んでいった。

「なつきは大殺界が重なっとるが、もうすぐ抜ける。いまは準備の時期なのじゃ。何をしても結果が出ず、苦しいと感じるのが普通。本当に辛いとは思うが、受け入れるしかないんじゃよ。」

 思いがけない返事に、言葉を失った。大殺界?準備の時期?苦しいのが普通?受け入れる・・・しかない?

「ずっとつらいの?」

「ずっとではない。さっきもいったろう。来年いっぱいまでじゃと。」

 その言葉に、ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった気がした。

「良かった。そのあとは、どうなるの?」

「がんばりが徐々に形となって現れて、新しいなつきに出会えるじゃろう。」


 新しいわたし。そんな都合の良いようなことが、本当にあるの?

 クラスの男子が休み時間にアニメの話をしているのを聞いたことがある。異世界に生まれ変わってチートで一方的に敵を倒すのが面白いんだって。何が面白いのか全然分かんないけど、思い通りにならない毎日に現実逃避しているだけに思えて呆れちゃう。そんな都合のよさが頭をよぎった。


 あの日から続いている胸の苦しみ。まとわりついて離れない、この気持ちの悪さ。

 どこへ行っても付いてきて、消えてくれなかった。

 ネットで何度も答えを探したけど、救いはなかった。かえって、気持ちが沈むだけだった。

 だけど、おばあちゃんの言葉は、機械的な感情のない回答とはちがって温かさが伝わってきた。それが、ほんの少しだけど、このつらさをごまかしてくれていた。

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