花園にて

この屋敷に来てから1ヶ月が経過した。


殴られたって平気、どのような日々でも耐えよう...そう思っていた私だったのだけれど、想定外に平穏な日々だった。


旦那様となった井門様は、この1ヶ月殆ど帰ってきていないのである。


たまに帰ってきても、自室で仮眠を取られてすぐに出ていくだけ。


殴られるどころか、言葉を交わす機会すら殆どないのであった。


昨日も夜遅くに帰ってきたと思ったら、またバタバタと出て行ってしまった。


窓から、彼の乗っている馬車が見える。


「奥様」


凪子が心配そうに話しかけてくる。


「ご心配なさらなくても...旦那様はすぐに帰っていらっしゃいますよ」


「?」


きょとんとして、じきに気がつく。


凪子は心配してくれているのだ。


夫に放置されているように見える、奥方を。


「...ありがとう」


「でもいいのよ、私本当に気にしていないの。それどころかここに来てから誰にも殴られなくて...凪子も居てくれているし、私なぞがこんなに良い思いをして良いのかと思うくらい」


「...奥様ぁ」


凪子が泣きそうな顔になる。


「旦那様は!奥様のことを誰よりも大事に思っていらっしゃいます!凪子が弾丸いたしますわ!」


憤慨している凪子に、くすくす笑ってしまう。ありがとう、と呟いて、この穏やかな時間を楽しんだ。


◇◇◇


良い天気だ。私は庭に出て、花たちの様子を見に行こう、と思い立つ。


井門様の出立ちからすると意外なのだけれど、この屋敷の庭には花が多い。


そして庭の真ん中には、立派な噴水とベンチがある。


私はベンチに1人腰掛け、花々を眺める。


五月に見頃を迎える色とりどりの花たちが、綺麗に咲き誇り、夢のような景色を作っている。 


...私にもう少し学があれば、この花々がなんという名前なのか分かったのだけれど。


だけれどそんな私にも、五月の花々がすばはしく綺麗であることは分かる。

きっと夏には夏の、冬には冬の美しさを見せるのだろう。


楽しみだな、と思った自分に驚く。


...自分は、いつまでここに居られるのだろう?


私でも、世間でいう夫婦というものが、何をするのかくらいは知っている。


私は一度も旦那様と一緒に寝ていない。


妻としての務めを果たしていない。


世間からすれば、私は離縁されてしかるべき妻だ。


だけれど、もとより旦那様が私に恋情があったとは思えない。

....旦那様は何故、どういったおつもりで、私なぞを妻に指名したのだろう。


「神崎のお嬢を」


確かにあの時、あの人はそう言った。


神崎...?


神...崎...


うららかな日差しの中、花に囲まれたベンチの上で、私はそのまま寝落ちてしまった。


◇◇◇


ごうごうと燃え盛る炎。


「姫様!姫様!」


誰か...誰か呼んでる。


私...?


「お母様が!!姫様っ...!!」


お母様...?


誰かが私を見ている。

綺麗な目の、ちいさな男の子。


あれは、誰...?

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