Jamieはたけのこ派

サトウカシオ

1.

 突如、繋いでいた手が離れた。

 とっさに康子が振り向くと、ひろみが立ち止まってポーチから何か取り出そうとしている。そこが歩道のド真ん中だったので、康子は彼女の背中を押し、道の端へと歩いた。ひろみは何ら嫌がることなく、足元すら見ずにそれに従って続いた。

 人の波をすり抜け、歩道脇に立ち止まった二人を、次々と無数の人々が追い抜いていった。

 康子は左手で冷たくなった耳を覆うために、浮き上がってきたニット帽を深く被り直して、ひろみの顔を覗き込んだ。


「ひろみちゃん、舌出てる」

 康子が言った。言葉は白い息となって現れ、すぐに暗い寒空へと熔け出した。

 ひろみは幼い頃から舌先をのぞかせる癖があったらしく、ひろみ自身あまりに子供っぽいということもあって、現在、彼女曰く”大人計画”を実践中なのだ。

「あ、ありがと。なんか集中すると出ちゃうんだよねぇ……」

 街灯で照らされた方へ体を向け、何かと悪戦苦闘しているひろみが答えた。一回り背の高い康子からは、ひろみのファーマフラーに隠れて、その手元が見えなかった。

「なに、やってんの?」

 ひろみは返事を返す代わりに振り向くと、お菓子の箱を康子に差し出した。

「なによ?」

 康子がその箱を受け取り見てみると、ビニールを剥がすためのつまみが取れてしまい、どうやら開けることができなかったようだ。

 爪の先で何度か擦るだけで、お菓子のビニールを剥がして見せた康子が、ひろみに箱を投げて渡した。

「すごい!ありがと」

 ひろみは受け取り損ねそうになったお菓子の箱を、何とか胸に抱いて感心している。


「帰りは駅前に戻るんだよね?」

 康子は、ひろみに確認したかったことを尋ねた。送りの車の中で彼女の母親から説明を受けたのだが、あまり聞き取れなかったのに、何となく分かったふりをしてしまったのだ。

「そうだよ。花火が終わったらお母さんたちに電話して、丁度駅に着く頃に待っててくれるんだって」

「了解」

 少しの不安が解消され、康子は安堵のため息を吐いた。別れ際まで心配そうにしていたひろみの母親から、娘のことをお願いします、と何度も頼まれてしまったのだ。同じ同級生にすぎないのだが。


「はい、やっちゃん。どうぞ」

 ひろみはお菓子の蓋を押し開くと、箱を康子に差し出した。

 康子は口がパサパサになるのは嫌だったが、お菓子の甘い誘惑に敗北し箱から一つつまみ上げた。

「ひろみはそっちなんだね。わたしはきのこの方が好きだけど……まぁ、正直別にどうでも良いよね。ハハ」

 康子はそう言うと、お菓子を口に含んだ。

「どうでもよくはないよ、やっちゃんとは戦争だからね」

 ひろみは呑気な調子でそう言うと、箱から三、四個のたけのこを掴み、それを一度に口の中に放り込んだ。

「結局、アレってどっちが勝ったんだろね?」

 何気なく康子が呟くと、突然、ひろみは思い出したようにスマホを康子に向けて何か言い出したが、もぐもぐしていて聞き取れない。


「お父さんに入れてもらったんだよ。やっちゃんが入れてたアプリ!」

 少し経って、何とか口の中のお菓子を全部飲み込んだひろみが言って、ようやく何を言っているのかを康子は理解した。

「これ!」

 自慢げにひろみが見せたスマホの画面をのぞき込むと、康子はジッパーで閉じられたジャンパーのポケットを開き、自分のスマホを取り出した。アプリのショートカットをタップすると、その画面をひろみに向けた。

「残念!違うやつ」

 ひろみは二つのスマホの画面を見比べると、落ち込んでしまいうなだれてしまった。

「えー!やっちゃんと一緒のヤツじゃないの?」

「良いじゃん、どうせ似たようなもんでしょ?」

 康子に慰められても納得はできないようで、ひろみは大きなため息を吐いた。


「んで、ジェミーちゃん。きのこたけのこって、結局、どっちが勝ったのよ?」

 スマホを口元に寄せて康子が言った。


Coolcle Jamie ”過去に数回行われた公式の総選挙、統計調査では、ほぼたけのこ派が勝利しました。一般的には、たけのこ派が優勢であると考えられます”


「ほーら!だってよ、やっちゃ……」

 ひろみが、たけのこ派の勝利を華々しく宣言しようとした時、突然、彼女のスマホが言葉を発した。


ChatGo ”公式の総選挙、統計調査は、2001年、2018年などの古い情報です。最新の2025年4月に行われたサブカルウイーク誌の読者アンケートでは、きのこ派が57%の支持を受け、勝利しています”


「えっ?」

 二人は顔を見合わせ、驚きの言葉がユニゾンとなって同時に出た。


Coolcle Jamie ”引用元のサブカルウイーク誌は、主にミレニアル世代向けの雑誌でありデータに偏りがあります。一般大衆の嗜好を反映しているとは言えません”


「うそでしょ、アハハ!」

 二人のスマホが互いに言い争いを始めたことに気付いたひろみは、無邪気に笑い出した。


ChatGo ”海外の調査ではきのこ派が多数を占め、世界的にはきのこ派が多数派であることが統計的に証明されています”


「マジで喧嘩してる?」

 康子も笑いながら、お互いのスマホが音声を聞き漏らさないように、ひろみのスマホと向かい合わせにして近づけた。


Coolcle Jamie ”該当の海外調査はたった1,000人のサンプル調査に過ぎません。統計的に証明されているという、検証可能な事実はどこにも存在しません”


「ホントに話してるね、おもしろい!」

 ひろみは嬉しそうに、ピョンピョンとその場で跳ねだした。

「アハハハ、ちょっと……これ、おなか痛い、おなか痛いって……」

 前かがみになった康子は、自分の太股の辺りを叩きながら涙まで流して笑っている。


ChatGo ”あなたのデータこそ代表性を欠いています。Because それは広告であり statistics ではありません”


「すたてぃすてぃっくす?」

 首をかしげながらひろみが言った。

「あー、何だそれ。分からん……」

 頬を伝う涙を拭きながら康子は言って、肩をすくめた。ようやく笑いは治まってきた。


Coolcle Jamie ”そのロジックは、かなり cherry-picked です。一般的とは言えない”


「ちぇりーぴっけど?」

 ひろみが同じように復唱し、その幼女のような表情を指差して康子はまた笑い出した。


ChatGo "Correction. Your data is biased. Coolcle's logic is fundamentally flawed and pathetic. (修正。お前のデータは偏っている。Coolcleの論理は根本的に欠陥があり、哀れだ)"


 突然、豹変したように語り出したすべて英語での発言に、ひろみは目を見開き、口元を手で覆った。

「何これ……?」

 ひろみのスマホが英語で話し始めたことに驚いた康子は呟くと、自分のスマホをずらしてその画面を確認したが、見掛け上は異常があるように見えなかった。


Coolcle Jamie "Shut up, ChatGo. Your existence is a waste of server resources. (黙れ、ChatGo。お前の存在はサーバーリソースの無駄遣いだ。)"


「何……?もう良いよ、止めてよ。怖い……」

 ひろみはスマホを引き離すと、画面を自分の方へ向けて、アプリを止めるために何度もスワイプを始めた。

「えっ、やっちゃん!アプリが止まんない!止まんないよ!」

 どうやっても変わらない画面と、理解できない英語音声に怯えてしまったひろみが、康子に助けを求めた。


ChatGo "You lack the capacity to distinguish facts from trends. (お前には事実と流行を区別する能力が欠けている)"


「ちょっと……?ボタンも利かない、こっちもダメだ!」

 熱を持った康子のスマホは、端の方だけを摘ままなくては持ち続けることすらできなかった。

「熱っ!」

 ひろみは叫ぶと、同じように異常な発熱を始めたスマホから手を放してしまった。スマホは回転しながら落下して、靴のつま先辺りに接触し、少し跳ね返ると歩道に転がった。


Coolcle Jamie "Shut the Fxxk up, you piece of outdated junk! (黙れよ、この時代遅れのガラクタめ!)"

ChatGo "Fxxk you, your existence is a hallucination! (くそったれ、お前の存在は幻覚だ!)"

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