第11話:砂上の楼閣

 空を埋め尽くす巨大なホログラム広告が、バグを起こしたテレビ画面のように激しく明滅していた。


 ネオ・トウキョウの街角。昨日まで誇らしげに自分の「ランク」を周囲に自慢していた覚醒者たちが、今はスマホの画面を必死に擦りながら、現実に震えている。


「消えた……。俺の、俺のAランクが消えちまった……!」

「嘘だろ。これじゃ、俺がどれだけ強いか証明できないじゃないか!」


 システムの崩壊。

 国家異能管理機構が作り上げた「序列」という名の幻想が、物理的な衝撃波と共に吹き飛んだ。

 数値によって自分の価値を規定されていた連中にとって、それは魂を抜き取られるに等しい。


 パニックは一瞬で暴動へと変わった。

 不安を掻き消そうとするかのように、覚醒者たちは自暴自棄な異能を放ち、街の街灯やショーケースを破壊し始める。


 その混乱の震源地――機構本部の巨大なビルは、すべてのゲートを分厚い防壁で閉鎖し、沈黙を守っていた。

 内部の人間たちは自分たちの保身とシステム復旧に躍起になり、外で見捨てられた市民たちの悲鳴を完全に黙殺している。


「……滑稽だな。数字を失っただけで、ただの獣に戻るとは」


 廃工場の屋上から、俺は、赤く染まっていく街を見下ろしていた。

 

「光石くん! こんなところで傍観している場合じゃないわ!」


 背後から、切羽詰まった声が響く。氷室冴子だ。

 彼女の横には、鉄柱を握りしめた神城鋼も立っている。


「街が地獄になっているわ。本部の人間は引きこもって出てこない。このままじゃ、暴徒化した人たちが自分たちで自分たちを滅ぼしてしまう。お願い、貴方の力を貸して」


「断る。俺には関係のない話だ。むしろ俺の価値を勝手に決めたこのゴミのような社会が、バラバラに壊れる様を特等席で眺めていたいだけだ」


 俺の冷徹な言葉に、冴子が息を呑む。

 

「……なら、見物料を払いな。小僧」


 神城が、低く笑いながら一歩前に出た。


「あのビルの前には、今この瞬間も絶望した連中が集まっている。あそこが落ちれば、本当の終わりだ。壊れた社会の後始末をしたいなら、一番汚い場所を見るのが筋だろうが」


「……後始末、か。悪くない響きだ」


 俺は立ち上がり、肩を回した。

 俺は冴子に促されるまま、崩壊しつつある街の中央へと足を踏み入れた。


 ◇


 機構本部前の広場。

 そこは、数千人の覚醒者が渦巻く、暴力のるつぼと化していた。


「開けろ! 俺たちのランクを元に戻せ!」

「嘘つきの機構を叩き潰せ!」


 叫び声と共に、炎や氷、雷撃が四方八方から飛び交う。

 冴子は魔力伝導剣を振るい、非殺傷の衝撃波で暴徒を押し止めるが、その表情には焦りが滲んでいる。


 神城も素手で戦車のようなパワーを振るい、迫りくる異能の奔流をねじ伏せているが、数があまりに多すぎる。


 俺は、二人の少し後ろで立ち止まっていた。

 俺に向かっても、数えきれないほどの異能の攻撃が飛んでくる。

 

 ドォォォォォンッ!


 炎が俺の背中を焼き、氷の礫が肩を貫く。

 だが、俺は一歩も動かない。

 白銀の光が絶え間なく溢れ出し、傷口は開いた瞬間に塞がっていく。

 

「あいつ、なんだ……!? 攻撃が効いてねえぞ!」

「無視だ、無視しろ! あんなバケモノに関わってる暇はない!」


 暴徒たちは俺を不気味がり、次第に距離を置き始めた。

 だが、冴子と神城の体力は限界に近づいている。

 絶望的な包囲網が狭まり、数千人の異能が一点に集中しようとした、その時だった。


 ズゥゥゥゥゥゥゥン……!


 広場全体を揺らす、地響きのような行軍音が響き渡った。

 暴徒たちの怒号が止まり、全員が街の入り口の方角を振り返る。

 

 そこには、一糸乱れぬ隊列を組んだ、漆黒の戦闘服の集団がいた。

 その数、およそ三千。


 彼らの胸元には、本部の連中が使っているようなデジタルのランク表示はない。

 その代わりに、鈍い光を放つ真鍮製のプレートが、物理的な鋲で直接、装備に打ち付けられていた。

 

 プレートに刻まれているのは「ランク」。

 彼らはシステムに依存せず、自らの体に序列を刻んでいた。



 ◇



『国家異能管理機構・西日本支部だ。これより、全暴徒を鎮圧する』


 先頭に立つ男が拡声器を通し短く告げると同時に、黒い集団が動いた。

 彼らの連携は、本部の甘いエリートたちとは比較にならないほど残酷で、正確だった。

 

 迷いのない異能の放射。

 一切の情けを排した近接格闘。

 

 数分前まで広場を支配していた数千人の暴徒たちが、瞬く間に地面に転がされていく。

 冴子が安堵の溜息を漏らし、剣を下ろそうとした。


「助かった……。本部の通信が途絶えていたから、応援なんて来ないと思っていたけれど」


「……待て、冴子。様子がおかしいぞ」


 神城が鋭い声で制した。

 

 暴徒を鎮圧した西日本支部の部隊は、そのまま救護活動に入ることはなかった。

 彼らは一列に整列し、背を向けていた機構本部の巨大な正門へと向き直ったのだ。

 

『西日本支部より、本部の無能どもへ告ぐ』


 隊長の男が、拡声異能を使って宣告する。


「貴様らはシステムの維持に失敗し、ネオ・トウキョウ混乱に陥れた。よって、これより本部の機能を我々が接収する。管理能力のない組織に、この街を預かる資格はない」


「な……!? 何てことを言うの! 今はそんな内紛をしている場合じゃ――」


 冴子の叫びは、重厚な魔力の高まりによってかき消された。

 

 西日本支部の数千人が、一斉に右手を正門へ向けた。

 物理的なランクプレートが共鳴し、空気が激しく震動する。

 

「一斉射、用意。――放てッ!」


 ドォォォォォォォォォォォンッ!!!


 凄まじい閃光。

 難攻不落を誇った機構本部の分厚い特殊合金の門が、数千人分の異能が集中した一撃によって、紙細工のように内側へと爆飛した。

 火炎と煙が吹き荒れ、鉄の雨が広場に降り注ぐ。


 俺は、爆風に髪をなびかせながら、その光景を眺めていた。

 

 デジタルな数字を失って震える本部と、物理的なプレートで新たな序列を押し付けようとする西日本支部。


「……面白い。二つのブラック企業が、一つの椅子を奪い合っているわけか」


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