握手 〜人と関わって弱くなる剣聖と、守られる友情を拒んだ配信者の物語〜
いふる〜と
第1話 最強コミュ障、美少女配信者を助ける
『ギシャァァァ!!!!』
三つ首の獣。全長五メートルはあろう番犬が、大口を開けて飛びかかってくる。
その速度は、車など比べものにならない。
だが、構わない。一切身動ぎせず、揺らぐことなく、ただ流れるように。左手で鞘を持ち、右手で柄に手をかける。
そして、閃光。
「―――――〈弧月〉」
カキン。
鞘から抜き放たれた時に鳴る金属音。
それが、この薄暗い洞窟に響き渡る。
次の瞬間、番犬の首は―――三つ全てが根元から切断されていた。
番犬は、切られたことに気付かない。断たれた首が胴体の上に乗りっぱなしになり、遅れて胴体が崩れ落ちる。
「……もう、夕方じゃん。」
それを成したのは、ただ一人の少女。
刃に一切の血がついていない刀を、鞘へと収めて立ち去る。
光を吸収する黒曜石のような瞳。
肩に掛かる程度で整えられた黒髪
髪を鮮やかなに彩った簪。
少女の名は、織乃結月。
戦うことしか知らず、戦うことでしか己の価値を見出だせなかった探索者だ。
◆◇◆◇◆◇
グランド・ストリーマー時代。
今から約15年前、魔力技術の進化によってダンジョン内でも電子機器が使えるようになった。その影響で、カメラを持ち込み、命がけの死闘をエンタメとして配信する『ダンジョン配信』が死ぬほど流行したのだ。
モラルとか、道徳とか、色々問題はある。実際に配信者が死ぬこともあるし、人によっては見るだけで卒倒モノだ。
それでも人気を博しているのは、やはり人々がダンジョンに焦がれているからだろう。
力が無かったり、家族がいたり、様々な理由でダンジョンに行けない人々は、娯楽として楽しむのだ。
『新宿ダンジョン#156:下層攻略するよ!
⚠グロ描写アリ! 水瀬ヒヨ』
仄かに明るい鍾乳洞。
天井から地面に向けて伸びる水晶が光を灯し、幻想的な空間を成している。
ポツポツと、水が垂れる。
しかし、それは『彼女』の耳には届かない。
鮮やかなピンクの髪に、アイドルのような可愛い顔と、服の上からでもわかる胸部。
道端で会えば、誰もが振り返るような美少女。
彼女の顔は、血と涙でグシャグシャだった。
否。ヒヨの腹には穴が空き、血がぼたぼたと流れている。
「やばい、かも…っ!!」
飛んでくる矢を杖剣の刃部分で弾きし、足元からの炎柱を飛んで回避する。
叫びながら突貫するミノタウロス、その頭部に杖剣を突き刺す。
「〈ファイア〉…!!」
少女が名前を唱えると、牛頭の巨人の頭部が激しく燃え上がり、全身を魔石へと変える。
だが、それでも人数差は圧倒的。前を見れば、まだ50匹以上の下層モンスターがこちらを見つめていた。
何より不味いのは、その最奥にいる化け物。
何処までも青く、そして冷たい印象を受ける牛頭の巨人。見たこともないような希少種が、こちらが消耗するのを見ていた。
:マジで逃げてくれよヒヨちゃん!!
:ムリだぞ囲まれてんだから!?
:推しの死亡配信とか見たくねえよ…
そんな少女を映すドローンカメラは、コメントをやや感情の籠もった機械音声で読み上げていた。それだけで、リスナーの心配が伝わってくる。
それに、同接数も何時もより遥かに多い。普段から2万人は見に来ているが、いまや5万人を突破している。
(はは…あたし、ほんとにここで死んじゃうかも…)
少女―――水瀬ヒヨこと、水瀬日耀はダンジョンが好きだった。家が金持ちで、容姿は良くて、勉強も運動も何でもできた。
でも、つまらなかったのだ。誰もが自分を羨んで、褒め称えて、誰も『水瀬ヒヨ』を見てくれなかった。全部出来るから、知ってるから、退屈だった。
だからこそ、未知のモノであるダンジョンに憧れたのだ。一筋縄ではいかないからこそ、自分が成長するのを感じられて楽しかった。
それも、今日で終わり。
分かってるんだ、この数には勝てないと。
いや、あの『青い牛』には勝てないと。
「…それ、でも…っ!!」
ヒヨは立ち上がる。
自分は配信者であり、探索者だ。
だったら、最期まで足掻くのが仕事。最期まで命を賭して戦って、『冒険』するのだ。
激痛に身を苛まれて尚、彼女は駆ける。
「逃げたく、ないっ…!!」
炎を纏った矢を避け、横薙ぎの剣を弾く。
攻撃を避け、捌き、退避。
しかし、ふとした瞬間、背後から放たれた岩の弾丸がヒヨの後頭部にヒビを入れる。
勝てるわけがない。逃げたほうがいい。
誰もがそう言うだろう。いや、彼女自身も分かっているのだ、勝てないことくらい。
(………逃げたら、どうなるの?)
きっと、今からでも、本気で逃げ出せば生きて帰れる。病院に行って、両親の金で治療して、『はい、気をつけてね』と送り出される。
(………嫌だ)
それは、それだけは。
絶対に嫌だ。
そんなの、自分が嫌う『お金持ちの子』そのものだ。
逃げたら、なってしまう。自分が、一番嫌いなものに。
ヒヨは、フラフラのまま立ち上がる。たとえどれだけの血を出そうと、涙を流そうと。
逃げてしまえば、終わるから。
「ッ!!」
既に魔力は限界に近い。出血と相まって体はフラフラするし、意識だってそろそろ持たない。
だが、道は出来た。まだ大量に残ってるモンスターは一箇所にかき集め、あの青い牛への導火線が出来た。
既に、読み上げる音声は聞こえない。増えていく同接だけが、ヒヨの人気とこれまでの活動を表している。
だから、ヒヨは止まらない。誇れる自分であるために、生き残る為に、最後の攻撃を叩きつけてやる。
『ブモオオオ!!!!』
静観していた青い牛―――ブルーミノタウロスが雄たけびを上げ、右手の大剣を振り上げ、隆起した筋肉で地面を蹴り抜く。
まさに豪速。巨体に見合わぬ、いや。巨体特有の超スピードはヒヨを軽く凌駕し、彼女を叩き切らんと振り下ろされる。
だが、ヒヨは…
覚悟を決めた、探索者である。
「うぐぅっ…っ!!!!」
あえて身体を前に押し出し、僅かに右へ揺らめく。それは、最小限の回避行動。完全な無傷は無理と判断した上の、苦肉の策。
落下する大剣、凄まじい衝撃。
ヒヨの視界から、己の左腕が消え、繋がっていた感覚が途切れる。
それでも、前へ。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」
右手のみで突き出した杖剣が、ブルーミノタウロスの腹部を穿つ。貫通こそしないものの、腹筋を貫く。
「〈ファイア〉ッ!!!!」
炎と爆発が引き起こされ、青牛が悲鳴をあげる。
(死ねッ…!!いや、殺すッ…!!ここで、私が倒す…!!)
膝が震える。
涙がこぼれる。
だけど、身体は止まってくれなかった。
しかし、相手は下層最強の希少種。
フロアボスすら上回る、イレギュラーの産物。
『ブモオオオ!!!!』
腹を貫かれ、内臓を焼かれたブルーミノタウロスは瀕死になりながらも、雄たけびを上げる。決して、浅い傷ではない。
(あぁ…なんで、どうして…!!)
だが、ブルーミノタウロスを殺しきり、ヒヨが生き延びるには、ほんの少し至らない一撃であった。
ブルーミノタウロスが大剣を振り上げる。希少種の有り余る魔力をふんだんに込め、一撃で粉微塵にするつもりで振り下ろされる。
リスナーも、自分も、世界も。
誰もが、水瀬ヒヨの死を確信した。
ソロで下層に潜り、成果を出し続けた稀代の人気配信者が、その命を散らせようとしていた。
――――彼女が、来るまでは。
カキン。
「…………え???」
瞳を瞑り、涙を流したヒヨ。しかし、彼女の身体が両断されることはなく、乾いた金属音だけが響き渡る。
疑問の声と共に、ヒヨは視界を宿す。
ブルーミノタウロスには、両腕がなかった。
『ブモオオオ!!!!???』
「………うるさいなぁ。」
そして、たった一人の少女。黒髪に和服、妖艶な簪を施した、人形のような少女。
少女の視線が、ヒヨへ向かう。その時、少女は目に見えて狼狽えた。
「っ…」
少女は狼狽え、助けるか迷う。その様子は、まるで困り果てた子供のようで。
その答えは、行動で示される。
彼女の左手が、鞘に掛けられる。
彼女の右手が、柄に掛けられる。
次の瞬間、世界が切り離された。
「―――――〈空断〉」
下段から、切り上げられる様に放たれる剣撃。
それは、この場の誰も目にとめることの叶わない一閃。
再び轟く、乾いた金属音。
10メートル以上離れていたブルーミノタウロス。その股間から頭部にかけてが、一刀のもとに両断された。
(なんで、助けたんだろ…)
結月は、自分がしたことを理解できなかった。
わかるのは、なぜか『期待』してしまっている自分の胸。
彼女の瞳が、好意も敵意もなく、自分を見つめていたことだけだ。
「…………え?」
そして、ヒヨが再度上げてしまう疑問の声。
腰が抜けてへたり込むヒヨを横目に、彼女は恐るべき速さで鞘に刀を仕舞い、今度はひとまとめになっているモンスターの群れを見つめる。
彼女の視線が、殺意が剥き出しになる。
それだけでモンスターたちは怯み、一歩たりとも動けなくなる。
次の瞬間、わずかに少女が動く。
刀が、納められる。
群れはもう、一匹として立っていなかった。
神業。
その言葉でしか、表せれない程美しい剣技。
(誰、なんだ…この人は、いったい…)
ヒヨは、この日初めて、恐怖を抱いた。
得体のしれない、圧倒的な強さを持つ女。
顔から表情は読み取れず、刀にはあれだけのモンスターを殺したのに血の1滴も着いていない。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「っ…!っ…!!」
「ポーション、あります…」
心配そうな声で、緑色の液体が入った瓶を懐から取り出す黒髪の少女。
至って普通の仕草、なのに目が離せない。
近い。
息がかかるほどに、少し顔を傾ければ、唇が重なるほどに。
(本当に誰だ、この人は…?わからない…)
そこで、ヒヨは気づいた。
分からないのだ。
得体が知れなくて、信じられないほど強くて、異常に距離感が近い、この少女が。
そして、ヒヨは未知のモノに、自分より強きモノに憧れ、狂おしいほどの愛を抱く生き物。
『天才』と周りから褒め称えられ、自分は才能があると思ってきた。そんな自分が、全く敵わなかったモンスターを、目の前の少女は一刀で斬り伏せてしまった。
(ダンジョンが好きだった。金持ちの子じゃなくて、私が私でいられたから。ダンジョンは未知ばっかりで、恐ろしかったから、好きだった。)
なら、この女は?
まさに未知、まさに最強。ヒヨにとって、『ソレ』は胸を焦がすのに過分すぎるほど、鮮烈な姿。
ヒヨの視線が、彼女に吸い寄せられる。
(……あ、この人は、ダンジョンよりも…)
この目の前の女は、自分が長年焦がれ続けたダンジョンよりも尚、『分からない』。
分からないから、離れられない。この感情の名前を、ヒヨは知っている。
ヒヨは、未知に焦がれ恋する乙女。故に、恋心に従いヒヨは少女の肩を掴んだ。
息が、上手くできない。
唇が、慌ただしく揺れる。
それでも、言葉を紡いだ。
「側に、いてください…!!」
結月は、その言葉を処理しきれなかった。
(………なんで、私を?)
昔から、人よりできなかった。誰よりも浮いたし、人と話すのが怖かった。
そんな結月にとっての友達とは、『命を預け合い、一生を共にして、助け合う存在』だ。
それは、一般的な恋人や夫婦と違うのだろうか?
ーーーーーーいや、何も違わない。
故に、プロポーズとも受け取れるヒヨの言葉に、結月はこう返す。
「友達に、なろっか。」
結月は、小さく呟く。
ヒヨは、間髪入れずに聞き返す。
「友達になったら、ずっと側にいてくれますか?」
一般的に生きてきた、普通の女の子なら、ノーと応える質問。
だが、織乃結月は違う。彼女にとっての友達は、世間一般の夫婦である。
故に、薄い笑みを浮かべて、答えた。
「…ずっと、一緒にいる。」
その言葉が、どんな意味を持つのか。
結月自身は、まだわからなかった。
でも、ただ一つ。
この少女が、自分から離れていく想像だけは。
なぜか、できなかった。
「っ!じゃあ、アタシたち、友達だね!」
かたや、重すぎる友情を持つ最強の探索者。
かたや、未知に焦がれ、最強の隣を目指して恋する配信者。
甘くて重くて、湿度の高すぎる友情百合が幕を開けた。
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