第2話
夜の営業を終え、店じまいをして、自室のベッドの上にいる。
今日は上の空だった。
近ちゃんと別れた後は仕事にならなかった。
自分の枕に顔を埋め、足をじたばたさせる。
近ちゃんと出かける約束をしてしまった。
高校から一緒のわりにこうして出掛けるなんて初めてのことだ。
当時は別に好きでも何でもなかったから、もしも高校のときに一緒に出掛けていたとしてもただの遊びだと思っていただろう。
でも、今はそうではない。
「す、好きな男と出掛ける……デートでいいのか」
自分で言って恥ずかしくなってさらにじたばたさせると、下から大きな声が邪魔をした。
「うるさいぞ。薫。何時だと思ってるんだ」
「あんたがうるせぇよ、親父」
あたしと親父の二人暮らし。
職場も日常もほぼ一緒に過ごしているから、こんなもんだ。
「14時に集まるんだよな。あいつは……デートだなんて思っていないだろうけどな」
あたしはベッドから立ち上がり、クローゼットを開けた。
そこには洋服が所狭しと詰められている。
あたしはファッションには疎いが洋服や化粧は好きだ。
勤務しているときはエプロンと三角巾しかできないが、休みの日には洋服を着て出かけたりするのが好きな、年相応なのだ。
「あいつは、どんなのが好きなんだろうな」
いくつかの洋服を自分の前に掲げ、鏡で確認する。
あまり肉付きが良くないあたしは、時々自分の体が嫌になる。
コンプレックスとまでは考えていないが、発達した曲線美が羨ましくなることもある。
変えられないことは仕方がないとして、本題に戻る。
行先は都心の映画館だ。
オシャレしてあいつの横に並んで歩きたい。
「ぴ、ピンクはあたしには似合わないか……あいつはどんなのが好きなんだ?」
本人に聞けばいいのだろうが、近ちゃん個人のメールアドレスなりメッセージアプリなりを知らないから聞くすべがない。
いつかの配達で固定電話と住所は知っているが、業務上知りえたものを流用するのはいくら近ちゃんとはいえよくないし、仮に近ちゃんが許可しても、今声を聞くと鼓動が早まり、何を話していいか分からなくなってしまう。
「……勝負……下着……あたしの、バカもん。何を言ってるんだ」
自分で言って恥ずかしくなって足をドタバタさせてしまった。
すると、部屋の扉を強めにノックされた。
「薫、うるさいぞ。何をしてるんだ。こんな夜に」
「うっせー、さっさと寝ろや」
「入るぞ」
「な、勝手に入るな」
親父は毎日、一日中うどんを湯がき続けて疲労困憊だから、夜は静かに過ごしたい性分だ。
だから、あたしの騒音に痺れを切らし、とうとうあたしの自室に乗り込んできた。
「なんだこの洋服の量。それに、机の化粧品、全部同じじゃないの? カードの利用限度大丈夫なのかい?」
「心配されなくても、毎月耳揃えて払ってるって。今忙しいんだ、出てけ」
「オシャレして、デートでも行くの?」
「うるせぇ。行ったら悪いのかよ」
「誰と行くんだい?……ああ、うん。OK。行ってらっしゃい」
「なんだよ。何自分で納得してんだよ。うどんの麺じゃなくて親父の頭を氷で締めてやろうか?」
「いや。楽しんできて欲しいだけ。店のことは気にしないで。配膳ロボもいるし、いざとなれば助っ人バイト求人するから。ゆっくりしてきて。なんなら帰ってこなくてもいいから」
「あ? うん。ありがとう……」
勝手に納得する親父は後ろを向き、部屋を出て扉を閉める間際に顔だけ振り向いた。
「優ちゃんによろしく伝えておいて」
「あ? 誰も近ちゃんなんて言ってないだろ!」
20年も一緒に親父と過ごしてきているから、きっとお見通しなのかもしれないが、娘の心情にミリも配慮がないことに腹は立つ。
でも、親父も近ちゃんには頭が上がらないほど感謝しているのだろうし、信頼しているのだろう。
自分で言うのもあれだが、一人娘を預けるにふさわしい人間でないと不安なのだろう。
「さて、寝るか」
散らかした洋服を戻し、寝床に着いた。
「今日はいい日だったなぁ。映画、楽しみだなぁ」
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