第2話 ハラスメント、ダメ絶対!

 私は今、白を基調とした荘厳な扉の前に立っている。

 それは何故か…この扉の先にいる男神に呼び出しを受けたのだ。

 既に何の用かは検討がついている…いつもの長い説教だ。

 私は面倒に思いながらも念のため襟を正し、扉をノックする。


 「入るが良い」


 低いが良く通る聴き慣れた声が室内から聞こえる。


 「失礼いたします」


 私は部屋の主の許可を得て中に入り、一礼して男神の前に進む。

 男神は目を通していた書類から視線だけを私に向けた。


 「はぁ〜っ…ま〜たお主はやらかしおって…」


 椅子に腰掛けたロマンスグレーの見慣れた男神が、眉間を指でつまみ、深く長いため息をついて困った表情で見つめてくる。


 「はて?何のことか判りかねます」


 私の言葉を聞いた男神は椅子にもたれ掛かり、天を仰ぐように脱力し、またもや深く長いため息を吐く。


 「はぁ〜っ…」


 「ため息ばかりついていては幸せが逃げますよ?」


 「…お主はいったい誰の所為で儂がため息をついていると思っておるのだ?」


 「さあ?」


 男神はこめかみに青筋を立てジロリと睨むと、しばらくの沈黙の後、私の顔目掛けて書類の束を投げ付けた。

 正直面倒臭さいが、私は散らばった書類を拾いあげ目を通す。


 「お主、また召喚者を危険な場所に叩き落としたそうだな!!これで何度目だ!?」


 私が書類に目を通していると、男神が怒鳴る。

 この男神はカルシウム不足だろうか?


 「不届にも女神である私の高貴なSiri…もといお尻に手を伸ばしてきたので仕方なくですが何か問題が?」


 「だからといって召喚したてのLv1でゴブリンの巣のど真ん中は無いであろう!?」


 「召喚者はステータスとスキルが召喚先の世界の住人より優れているのですから問題無いでしょう…それとも、その世界を管理している神は、呼び出した召喚者にゴブリンにすら勝てない程度の能力しか与えなかったということでしょうか?」


 「そうではない!モラルの問題だと言っているのだ!」


 激昂した男神がさらに怒鳴り、飛礫のように唾が飛んでくる。

 私は持っていた書類でそれを防ぎ、男神を一瞥した。


 ーーくそ汚ねぇなマジで…。


 「では貴方様は、性的なイタズラの危機に瀕していた私に対し、ハラスメント行為を甘んじて受けよ…と、そうおっしゃるのですね?」


 「あ、いや…別にそういう意味では…」


 「ではどういった意味でしょう?マナーもエチケットもない相手に対し私にはモラルを求める…これは立派なハラスメント行為では?

 まさか、この神界において数多の神々の頂点に君臨する貴方様がハラスメント行為なんてまさか!まさかそんなことありませんわよね!?」


 「う、うむ…と、当然ではないか!神々の模範たるべき儂がそのようなことをするはずが無いではないか!」


 男神は目を泳がせながら必死に捲し立てるが、私は脂汗の浮かぶ額を手で拭う男神の滑稽な姿を見て吹き出しそうになるのを堪えるため、手で口元を隠す。


 「コホン…そうですわよね!安心いたしました…私、まさかと思い心配してしまいましたわ!オホホホホ…」


 「こ…こやつめハハハ!神々の頂点たる儂を疑うとは酷いではな…違う、そうじゃない!そうではないぞ!!毎度毎度お主は微妙に良心を抉る屁理屈や言い逃ればかりしおって!そう易々とその手に引っ掛かるほど儂は耄碌しとらんわ!!」


 「チッ…」


 「あーっ!舌打ちした!お主今絶対に舌打ちしたよね!?」


 「チッ…うるせえな…反省してま〜す」


 「っ…!-----!!」


 舌打ちが気に障ったのか、こちらを指差し涙目で喚き出した男神に嫌悪感を抱いてしまい、私はあからさまに太々しい態度で心にもない謝罪をする。國母リスペクトだ。

 私の態度を目にした男神の怒りは頂点に達し、声にならない奇声を発しながら地団駄を踏み始めた。


ーー本当に面倒臭さいジジイだ。


 正直、いい加減くたばらないかと本気で思っているが、腐っても最高神だからそう簡単にはいかないのが悩みどころである。


 「お主という奴は…お主という奴はーっ!!この儂を愚弄してただで済むと思うでないぞ!?」


 「あらあら、パワハラですか?神界に労基署が無くて良かったですね(笑)」


 「ふぁっ!?い、いやこれは違っ…」


 人間達の住む物質界では昨今コンプラ、ハラスメント、ジェンダー等々数多くの問題が取り沙汰されているが、神界ではそれより数千年…いや、数万年以上前から改善に向け取り組んでいる。

 そして、それを提唱し率先して推し進めてきたのがこの男神本人であるため、それをネタにすれば勝ち確だ。

 

 「こ、これはパワハラなどではなく…そ、そうだ!お主が職務を全うせず言い訳をするから仕方なくだな!」


 「では、処分しますか?私は別にかまいませんが」


 「そ、それは…出来ぬ…お主に抜けられては業務に支障がでてしまう…」


 男神は処分という言葉に表情を曇らせ、俯いた…申し訳なさそうな、悔しそうな、どこか哀しげにも見える表情だ。


 「安全に運べるのは私だけなのですから当然のことです。

 私が転送機エレベーターの提案者だからというのもありますが、当時の地位とほぼ全てと言っても過言ではない程の能力を犠牲にしたからこそ得られた力なのですから」

 

 私は小さなため息を吐き、俯く男神から目を逸らす。

 今の私には、転送機エレベーター以外には不老長寿とほぼ不死であることしか残されていない。

 昔は私もいくつかの世界を運営していたのだが、ある事をきっかけに離れていた。

 だが、それとほぼ同時期に諸々の問題があり、今の業務に就いたのだ。

 

 「あの時のお主には下心があり、儂はそれを見抜けなかったとはいえ、お主には本当に申し訳なく思っておる…。

 お主は昔から人間が好きであったのに、今はお主を記憶出来る人間は一人もおらぬ。

 そうなる事を予想出来なかったこと、お主一人に背負わせてしまったことを不甲斐なく思っておる…」

 

 男神は弱々しく私を見つめ、申し訳なさそうに頭を下げた。


 「あの、申し訳なさそうな空気出してるところに悪いのですが…貴方様はいったい何を言ってるんです?私は確かに人間は好きですが、生み出す文化とかが好きなのであってそこまで執心はしてませんよ?そもそも世界の運営が面倒だったのと、能力喪失と比べて特権の方が魅力的だったからこそ今の業務を引き受けたんですけど…」


 「なっ!?お、お主という奴はっ…!!」

 

 「いや、貴方様が勝手に私の心情とか決め付けていただけですし、文句を言われる筋合いは無いですねぇ」


 やれやれと両手をあげて首を振ると、男神は顔を真っ赤にし口をパクパクとしだした…まるで餌を食べている金魚のようだ。


 「さて、そろそろ終業時間ですので私は帰りますね。

 今日は楽しみにしている週刊誌の発売日なので、立ち読みをするという何よりも大事な用がありますから失礼いたします」


 私は一礼し、踵を返して素早く扉まで向かい男神を振り返り手を振る。

 

 「待たんか!まだ話は終わって…いや、本屋の売り上げにならんからちゃんと買わんか!!」


 「節約は大事ですよ父様?あと、たまには定時で帰らないと母様からまたグチグチ言われますよ?ではまた明日お会いしましょう!」


 「ここで父様と呼ぶでない!こら!待たんかっ…!」


 扉を閉めた後も父である男神の怒鳴り声が聞こえてくるが、そんなもの私には関係ない。

 せっかく能力と引き換えに手に入れた特権なのだし、好きなだけ堪能しなければ損というものだ。


 「では皆様、お先に失礼しまーす」


 自分のロッカーから荷物を回収し、まだ作業を続けている同僚の神々に挨拶をする。

 明日の朝また上司である父に呼び出されそうではあるが、明日のことは明日考えれば良いやと深く考えず、本屋で立ち読みを堪能した後帰路についた。

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