その日、世界に魔法が溢れた

ミドリヤマ

第1話 魔女の家


「ガラ様、ガラ様、どうか、開けて下さい」


トントン、トン…騎士の鎧に身を包んだ、青髪の少女が、扉を叩いている。

ガラ…と、魔女の名を呼び、古びた、木の扉を叩いている。


「ふむ、入り給え」


また、扉の向こうから、声が返ってきた。

若い、だが暗い…声である。


そして…ガチャリ、と扉は開いた。

開いたのは、黒髪の魔女である。

氷のような瞳をしており、年のほどは、二十半ばであろう。


「やぁ、メイヴンか」


そう、魔女は言いつつ


「王国の騎士様が、私に何の用だね?」


少女を、メイヴンを睨んだ。

魔女には、既に分かっていたのだろう。なんの為に、少女が…己の弟子が訪れたかを。


予想通り。

スッ…と、そして、少女は、剣を、魔女へと向ける。


「魔法の祖よ…貴方を、殺しに参りました」


微笑み、青髪を靡かせつつ、少女は、鋭い、その切っ先を、魔女へと向けた。


「今まで…この、南北王国の戦争で散って行った…部下達の仇を」


言いつつ、剣を、光らせる。

『炎』の魔法。それは、少女が、魔女から教わった奥義である。


すると、魔女ガラは、それを黙って見つつ、制止して


「ふむ、私を殺すのは構わんが、折角来てくれたんだ、お茶でもしようじゃないか」


実力はともかく、立場は、一介の騎士如きよりも、魔法を簡易化し、広めた…夜明けの魔女の方が上である。

恐らく、少女は…メイヴンは、真面目なのだろう。顔に青筋を立てつつも、言われた通りに剣を収めると、魔女の言葉に従い、奥へと入ってゆく。

(どうせ、何時でも殺せる)

との慢心がない訳では、無かった。


________


「私は、ただ、魔法を研究したかっただけさ」


コポコポ…と、お茶を注ぎつつ、遠い目をしながら、魔女は言った。


「…」


「私はね、私が編み出し、広めた…言わば、民草の為の魔法が、軍事に転用されるとは…それ程、人間が狡猾で進化の速い生き物だとは、思わなかったんだ」


弁明の様に喋りつつ、ぱたぱた、と、部屋中を走り回りつつ、茶菓子まで用意し始める。


「メイヴンお嬢ちゃんや、クッキーは、まだ好きかね」


「…はい」


良かった。言いつつ、コトン…と、そして虚空から数枚の、粉菓子を生み出し、器に乗せる。


「ワープの魔法」


「本来ならば複雑な魔法陣が必要なのだが…どうだね、君達人間にも扱いやすいよう、距離を減らし、発動時間を短縮させた」


それに、少女は


「ワープには、苦しめられました」


「どれだけ弓矢を放ち、敵を負傷させたとて、すぐに後方へと送られてしまう」


そして、後方陣地にて、『治療の魔法』により、傷を癒した兵士が、再びワープにより、前線へと復帰するのだ。


「そうかい、それは、大変な戦だったね」


まるで、他人事のように、魔女は紅茶を啜る。リンゴの香りがする。メイヴンが、好きな茶葉であった。


「一体…どの口がッ」


誰のせいで、あんなにも、多くの人が死んだ思っている。

そう、少女は…王国の、騎士は、叫びたい気持ちになる。


「…私は、南北王国の"戦争自体"には、さほど興味は無かった」


すると、魔女は、思い出すかのように


「だけど、結果は、知りたかったんだ…この戦争の最中で、人間達の扱う魔法は、どう進化するのだろう…我ら魔術師の魔法体系と、どのような違いが出るのか」


同じような攻撃手段になるのか、それとも、戦争自体が大きく変わるのか。

戦争を、一個の巨大な実験場と捉え、結果、何が産まれるか。実験場に価値があるわけでは無い。魔女が知りたかったのは、最後の、結末のみである。


「そして…」


「ああ、そして…思った以上の、魔法の進歩が見られた」


「人間達は、己の魔力の寡さを自覚し、攻撃手段として魔法を使う事を止め、移動や…医療での使用に限った」


黒髪の魔女は、頰を赤らめる


「素晴らしい、なんと…君達は、私が思った以上の物語を、見せてくれた」


争いの中で、天才も産まれた。

夜明けの魔女、ガラが広めた、ただの『傷口を塞ぐ魔法』から…『血を産み出す魔法』や『肉を繋げる魔法』へと様々に分解し、果てには、四肢の再生までも可能としたのだ。


「私達の様な、生まれながらにして魔法を扱える、言わば魔族には、思いつかなかった方法だよ」


続けて、魔女は、少女の赤い瞳を、じっ…と、見つめながら


「どうだね」


「君は戦争を憎み、それを拡大させた原因の私を恨んではいるが、人々の暮らしが良くなったのは、事実だろう?」


「ならば私は、人類へ最も貢献した魔族として、尊敬されるべきじゃないかな」


だが、青髪の少女は怒り、柄に手を当てつつ


「それは、違うッ」


「なにが、違うのかな」


「…ッ」


一瞬、言葉に詰まったものの


「確かに、人々の暮らしは良くなった…だが、此度の南北戦争にて敗れた、我ら北方王国の惨状を、貴方は…ガラ先生は、その目で見ていないッ」


故に、そのような事が言えるのだ。

そう、少女は叫ぶ。


「負けた…か、だが、平和が訪れたじゃないか」


「あんなモノ、平和とは言わない」


南北戦争にて敗れた北側に課せられたのは、戦争時の魔法の使用禁止に加え、国内の輸出資源の八割を占めていた、資源地の割譲。更には多額の賠償金など、殆ど、国が崩壊したに等しい。


「貴方は、勝手な人だ、不義だ」


「勝てる…そう、貴方が陛下に吹き込んだせいで、戦は始まったのに…なのにッ」


「そうとも、勝てるはずだった…ただ、南側に、天才が産まれてしまった、ソレだけのこと」


南側の天才。それは、『四肢再生の魔法』を開発した、王宮付きの騎士を指している。


魔女は、表情を変えず、茶を啜っている。

遂に、少女は耐えかね、ガタンッ…と机を叩くと


「ガラ様、王都に来られよ、その目で、貴方の魔法のせいで…引き起こされた戦争の末路を、見届けられよ」


それが、責任というものだ。

そう、少女は叫ぶと、魔女の首根っこを掴み、家から引き摺り出す。

ガチャンッ、と茶器は、割れた。


「なんと…横暴なッ」


魔女は呻いたが、抵抗出来ず、無理矢理…ドチャリ…と、家の外のぬかるんだ地面に落とされ、服を汚す。


「では、王都までワープを」


少女は、今度は魔女の腕を、強引に掴みつつ、また、ワープを使った。

魔女が広め、人間に渡した、魔術の奥義を。

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