第3話ー騎士のキス


(さて、そろそろ降りて部屋に籠ろうかしら)


目的は達成した。もうここには用はない――のだが、

(帰りもここを通るのよね···)


あわよくばもう一目見たい。と、ぐずぐずしていたら、2·3歳の子たちと侍従が集まり、蹴鞠で遊び始めてしまった。ロワナは完全に降りるタイミングを失った。







❋❋❋❋❋


ロワナがぐずぐずしていた頃、シオンは乳母に手を引かれ、行き交う人々に挨拶をしていた。

そうは言っても5歳だ。ただ乳母に付いて歩いているだけ。


(お姉様、カッコよかったな。どうやったらあんなに綺麗に登れるんだろう。今度教えてもらわなくては)


「第二王子殿下にご挨拶いたします」


落ち着いた挨拶に、顔を向けると、シオンは驚いた。大人だと思っていたからだ。相手は子供だった。


「ヴァルグレイス公爵家の3男、ノクティスと申します」


物腰は柔らかいが、目が冷ややかだ。シオンはとっさに乳母の後ろに隠れた。

「あ、こんにちは。僕はシオンです」

たどたどしい自らの挨拶に、顔が紅くなる。


(おいくつだろうか?アリアナお姉様と同じくらい?)

礼儀の授業を頑張ろうと心に誓う。


「皇女殿下は見かけませんが、来ていらっしゃらないのですか?」

「え?アリアナお姉様ならあちらに」

アリアナが座っているテーブルを見る。


「第二皇女殿下です」


シオンはびくりとした。ロワナがいる場所は秘密だ。教えるわけにはいかない。


シオンはチラリと林の方を見て、ぼそぼそと言った。

「ロ、ロワナ姉さまは知りません」


「そうですか。では私はこれで」

ノクティスが礼をして去ったので、シオンはホッと胸を撫で下ろす。

ただ、下を向いていたので、林の方にノクティスも視線を向けたのを気付かなった。







❋❋❋❋❋


ようやく子供たちが去った。

ロワナは下を見て少し後悔した。子供達にも見つからないように、また移動していたのだ。


(少し上に登りすぎたわ)

慎重に足場を選び降りていく。

降りることに気を遣い過ぎて、人影が近くに来るまで気付かなかった。人の気配に驚いて足を踏み外してしまい、すぐに体勢を整えたものの、冷や汗が流れた。


(この枝は細すぎるわ)


咄嗟に掴んだ細い枝は、ロワナの体重に耐えられそうにない。だが少しでも動けば、下にいる人物に気付かれるだろう。



「―――姫?」


呼ばれるはずのない言葉に、ロワナは固まった。

――瞬間、枝がバキリと折れた。


落下の恐怖にギュッと目を閉じた。衝突の衝撃を覚悟したが、落ちた先に痛みはなかった。


(――人を下敷きにしてしまった!?)


咄嗟に上半身を起こすと、目の前に見開かれた赤銅色の瞳があった。

しっかりと腕でロワナを受けとめたものの、さすがにノクティスも尻もちをついていた。


助けてくれたのがノクティスであることと、落ちる前の呼び方に混乱しながらもロワナは謝った。

「ご、ごめんなさい!大丈夫?ノ···いえ、えっと」


回帰したこの人生ではまだ初対面のはずだ。名前を呼ぶ訳にはいかない。


ノクティスは慌てるロワナを見て、ふわりと微笑った。

「私は大丈夫です。鍛えてますので」


ロワナを立たせ砂ぼこりを払うと、ノクティスは胸に手を当てた。


「ノクティス・ヴァルグレイスです。ロワナ皇女殿下」


赤銅色の瞳がキラリと光った。先ほど木の上で見かけたように、まなざしが冷えていない。


しばし見惚れてしまったロワナは慌てて言った。

「助けてくださり感謝します。公子」

舌足らずの自分には、ノクティスの名前を言えないのはわかっている。

ノクティスは納得いかないように眉を顰めた。


「なにか···?」


にやりと口元に笑みを浮かべ、ノクティスは跪いた。


「―――姫、もうノクスと呼んでくださらないのですか?」

そして驚くロワナの手をとり、手の甲にキスをした。―――騎士のように。


「ノクス、貴方···」


「ロワナ様!」

エリシャが駆け寄ってくる。

「どちらにいらしたのですか!探したのですよ」


エリシャは汚れたドレスの裾と、ノクティスを交互に見ると不審そうな顔をした。

「こちらの方は?」

 

「ヴァルグレイス家のノクティス様よ。私が転んだのを助けて下さったの」


エリシャはすぐに態度を改めた。

「まぁ!失礼致しました。ロワナ様を助けていただき、感謝致します」


「公子様のお召し物も汚してしまったのですね。お二人とも、城内にお入りください」

ロワナの下敷きになったノクティスの服も泥だらけである。

ロワナとノクティスはおとなしくエリシャに従った。




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