第9.5話「遠き日の晩餐、あるいは古き不協和音」

その夜、『まんぷく弁当』のちゃぶ台には、色とりどりの具材が並んでいた。

酢飯の甘酸っぱい香り。パリッとした海苔の香ばしさ。

今日はリキの提案で「手巻き寿司パーティー」が開かれていた。

​「へへっ、好きなもん巻いて食ってくれよな!」

リキが威勢よく言うと、五人はそれぞれの手で海苔を構えた。

​「効率的ですね。個々の嗜好に合わせて栄養素をカスタマイズできる」

活は、マグロの赤身とカイワレ大根を幾何学的な配置で並べ、完璧な円筒形に巻き上げた。

「おう! 俺はカルビと玉子の『肉巻き寿司』だ!」

剛は豪快に具を詰め込みすぎて、海苔が悲鳴を上げている。

「剛ったら美しくないわね。……私はアボカドとサーモンで、彩り重視よ」

サラは指先を汚さないよう、優雅に手巻き寿司を完成させる。

「私は……あ、シーチキンとコーン、美味しいです!」

桃子は子供のような組み合わせで頬を緩ませた。

​ 賑やかな食卓。

その中心で、猫用の小皿に盛られた刺身をつまんでいたミャスターに、ふとリキが尋ねた。

​「なあ、ミャスター。ふと思ったんだけどよ」

リキが海苔をぱりっと噛み切りながら言う。

「俺たち以外にも……『ゴチソウジャー』っていたのか? その、昔とかによ」

​ リキの素朴な疑問に、四人の箸が止まった。

ミャスターは咀嚼そしゃくを止め、ゆっくりと飲み込むと、遠い目をして天井を見上げた。

​「……いたニャ。それこそ、星の数ほどな」


 ミャスターの語り口は、いつになく厳かだった。  かつての全盛期、数え切れないほどの戦士たちがいたこと。そして、人々の信仰心が薄れるにつれ、彼らが消えていったことを語る。


「……じゃあ、もう他には誰もいないの?」  桃子が不安そうに尋ねる。


 ミャスターは、少しの間、言い淀んだ。  箸を持ったまま固まるリキたちの顔を見渡し、深く息を吐く。


「……いや。完全に『ゼロ』になったわけではないニャ」 「えっ!?」  五人が身を乗り出す。「生き残りがいるのか!?」


「……『生き残り』と言うよりは、『はぐれ者』と言うべきかニャ」


 ミャスターは髭をひくりと動かし、苦々しさと、ほんの少しの懐かしさが混じった顔をした。


「一人は、『黄金の暴食』。栄養バランスも、食事マナーも、仙界のルールさえもクソ食らえ。ただ己の『食いたい』という欲望のみで動く、制御不能のジャンクな荒くれ者」


「うへぇ……。話聞かなそうだな」  剛が顔をしかめる。


「そしてもう一人は、『白銀の潔癖』。食を神聖視するあまり、少しでも作法を乱す者を許さない。正しさを他人に強要し、自らも完璧であろうとする、融通の利かないお嬢様」


「……耳が痛いですね。私と似たタイプでしょうか」  活が眼鏡を直すと、ミャスターは首を振った。


「お前は『効率』だが、奴は『信仰』だ。もっとタチが悪いニャ」


 ミャスターは空になった皿を見つめた。


「あいつらは、かつて最強の力を持ちながら、その極端すぎる『味』ゆえに、五味の調和チームから外れた連中だニャ。……今はどこで何をしてるやら」


「ジャンクな暴食と、潔癖な信仰か……」  サラが呆れたように紅茶を啜る。「随分と極端ね。絶対に混ざり合わなそうだわ」


「ああ。あいつらは、お前たちのように『協力』して『幕の内弁当』を作るようなタマじゃない。……それぞれが強烈すぎて、他の味を殺しかねない劇薬だニャ」


 ミャスターは、それ以上の詳細を語るのを避けるように、再び大トロに口をつけた。  だが、その瞳には憂いの色が混じっていた。


 かつて彼らにも、守るべき食卓があったはずだ。  それを失い、あるいは捨てて、彼らは今、何を糧に生きているのか。


「ま、今は気にするなニャ! あいつらが敵になるか味方になるかは、運次第だ。今は目の前の手巻き寿司を、残さず食うことだけ考えるのニャ!」

「……そうだな! 今は俺たちで、できることをやるだけだ!」  リキが努めて明るく振る舞い、新しい海苔を手に取った。


​ だが、活だけは、ミャスターの言葉の端々に含まれる「警戒心」を見逃してはいなかった。

(……過去の遺産レガシーシステム、ですか。もし接触した場合、エラーの原因にならなければいいのですが)

​ 和やかな食事の裏で、まだ見ぬ「強烈な味」の予感が、静かに漂い始めていた。

​(第10話へ続く)


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