第4話「ありのままの美しさ」
早朝のマルシェ。朝露に濡れた野菜たちが、木箱の中で宝石のように輝いている。
真っ赤なトマト、濃い緑のキュウリ、土の香りが残る泥付きのレンコン。
「――はい、カット! 素晴らしいよ、サラちゃん!」
カメラマンの声と共に、張り詰めていた空気が緩む。
パキッ、という小気味良い音。溢れ出す瑞々しい水分と、青臭いけれど爽やかな香り。
「ん〜っ! 美味しい!」
二十五歳。インフルエンサーとして活躍する彼女の肌は、内側から発光するような健康的な艶に満ちている。
「やっぱり、泥から生まれた命の味は格別ね」
サラが泥のついた野菜を愛おしそうに撫でた、その時だった。
「……醜い。なんと醜いのかしら」
野菜の瑞々しさを否定するような、冷たく乾いた声が響いた。
マルシェの賑わいが凍りつく。
人混みを割って現れたのは、中世の貴婦人のようなドレスを纏った女――サプリ帝国幹部、レディ・プリザーバだった。
彼女が優雅に扇子を振ると、並べられていた新鮮な野菜たちが一瞬にしてプラスチックの食品サンプルのようにカチカチに固まってしまった。
「キャアアッ! 私の野菜が!」
「な、なんだお前は!?」
「お黙りなさい」
プリザーバは冷笑を浮かべる。「瑞々しい? 新鮮? 笑わせるわ。それは『腐敗』へのカウントダウンに過ぎないのよ。水分を含んだ有機物など、時が経てばシワだらけになり、悪臭を放つゴミになる」
彼女の背後から、ラップフィルムを全身に巻きつけたような怪人『ラップマミー』が現れ、逃げ惑う人々を真空パックに閉じ込め始めた。
「新鮮さは罪だ! 空気に触れるな! 永遠に変わらないまま保存されろぉぉ!」
「やめて!」
サラが飛び出し、プリザーバの前に立ちはだかった。
「あら、あなたは……菜葉サラね。SNSで見たわ」
プリザーバはサラの顔を品定めするように見つめ、憐れむように言った。
「可哀想に。あなたも今は綺麗だけれど、いずれ老いるわ。肌はたるみ、その輝きは失われる。……『変わる』ことが怖くないの?」
その言葉は、鋭い棘となってサラの古傷を抉った。
老いへの恐怖。変化への恐怖。かつて彼女が「食べない」ことで時間を止めようとした、あの頃の闇。
「私なら、あなたを永遠に美しいまま『
サラの足がすくむ。
永遠の美。それは、かつて彼女が何よりも渇望したものだったからだ。
「そこまでだ! そこの人、離れてろ!」
サラの前に、割って入る影があった。
真紅のスーツのライスレッドと、黄金の鎧のミートイエロー、そして桃色のピンクフルーティだ。
「ああっ、あれは……菜葉サラさん!?」
ピンクが驚きの声を上げる。「あの有名なインフルエンサーの!?」
「へぇ、有名人か! なら尚更、怪我させるわけにはいかねぇな!」
レッドが庇うようにサラの前に立つ。
「おう! べっぴんさんに指一本触れさせるかよ!」
イエローも続き、三人はラップマミーに応戦する。
だが、敵の吐き出す特殊なフィルムは粘着質で、レッドたちの動きを封じ込めていく。
「くそっ、体に張り付いて取れねぇ!」
「息が……苦しいわ!」
「情けないわねぇ」プリザーバが嘲笑う。「泥だらけで這いつくばって……なんと見苦しい」
サラは、呆然とその光景を見ていた。
見ず知らずの自分を守るために、泥にまみれ、無様に足掻く三人の姿。
スマートでもない。綺麗でもない。
――けれど。
(どうして……?)
サラの目には、彼らの姿が「醜い」とは映らなかった。
汗をかき、声を上げ、必死に抵抗するその熱量。それは、静止した永遠の美しさよりも、遥かに鮮烈な「生」の輝きを放っていた。
自分の手の中にある、かじりかけのキュウリを見る。
切り口は、空気に触れて少し変色し始めていた。
だが、サラは知っている。その変化こそが、生きている証なのだと。
「……お断りよ」
サラは顔を上げ、凛とした瞳でプリザーバを睨みつけた。
「変わらない美しさなんて、ただの死体と同じよ!」
「なんですって!?」
プリザーバの顔が歪む。
「野菜はね、泥にまみれて育つの。雨に打たれ、風に吹かれ、傷つくこともある。でも、その傷すらも栄養に変えて、熟していくのよ!」
サラは一歩踏み出した。ハイヒールが泥を踏みしめる。
彼女は、泥だらけで戦うレッドたちを指差して言い放った。
「見てみなさい! あの人たちの、泥にまみれた姿を! 何もしないあなたより、汗をかいて足掻いている彼らの方が、ずっとずっと美しいわ!」
彼女の魂からの叫びが、マルシェの空気を震わせた。
その覚悟に呼応するように、野菜たちの緑のオーラがサラに集まっていく。
「……よく言ったニャ!」
野菜カゴの陰からミャスターが飛び出した。「土の恵みを愛し、自らの
鮮やかな緑色の光と共に、サラの腕に『ゴチソウブレス』が出現する。
「な、なによこれ……?」
「菜葉サラ! そのブレスのツマミを回すニャ! お前のその美学を力に変えろ!」
「……フフ、よくわからないけど、泥仕合には参加させてもらうわ!」
サラは優雅に、しかし力強くツマミを回した。
「オーダー! 五色五味、チェンジ!!」
バァァァンッ!!
弾けるようなフレッシュグリーンの風が巻き起こる。
それは高原の風のように爽やかで、同時に大樹のように力強い。
光の中から現れたのは、スタイリッシュなグリーンのスーツを纏った戦士。すらりと伸びた手足、葉脈を模したラインが走るボディライン。
「大地の恵み! 麗しの
ベジグリーンは、髪をかき上げるような仕草でポーズを決めた。
「美しくない保存なんて、私がクレンジングしてあげる!」
「生意気な小娘が! やっておしまい!」
プリザーバの命令で、ラップマミーが襲いかかる。
「保存シテヤルゥゥ!」
「おあいにくさま、私は常にフレッシュなの!」
グリーンは舞うように攻撃をかわした。その動きはヨガのように柔軟で、無駄がない。
泥だらけの地面を滑るように移動し、強烈なハイキックを叩き込む。
バシィッ!!
「泥が跳ねる? でも、それがいいの!」
戦闘でスーツが汚れることを、彼女は全く厭わない。むしろ、その汚れが彼女をより輝かせている。
グリーンは両手からツタ状のエネルギーを放ち、拘束されている三人たちのラップを引き裂いた。
「あなたたち、動ける?」
「あ、ああ! 助かったぜ!」
リキが目を丸くする。「すげぇ……泥んこなのに、めちゃくちゃ綺麗だ!」
「さあ、仕上げよ! 新鮮なうちにいただいちゃうわ!」
グリーンは空高く跳躍した。背景に、鬱蒼と茂る森と、瑞々しい野菜畑の幻影が広がる。
「栄養満点、ビタミンチャージ!」
右脚に
「必殺! フレッシュ・ハーベスト・キック!!」
流星のような蹴りが、ラップマミーの胸板を貫いた。
真空パックの呪縛が砕け散り、怪人の体から黒い防腐剤の霧が晴れていく。
「アア……ヤッパリ……ナマノママガ……イイ……」
怪人は自然な土の色へと還り、光となって消滅した。
プリザーバはギリリと扇子を握りしめた。
「……フン、泥遊びがお似合いだこと。覚えてらっしゃい!」
捨て台詞を残し、彼女は空間の歪みへと消えていった。
戦いが終わり、変身を解いた四人はマルシェの隅で休憩していた。
サラの手には、農家の人がお礼にくれた、泥付きのままで真っ赤に熟れたトマト。
「……まさか、助けた相手が一緒に戦うことになるなんてな」
リキが感心したように言うと、サラはトマトを服の袖でキュキュッと拭き、そのままガブリとかじりついた。口の端から赤い果汁が滴るが、彼女はそれを拭おうともせず、ニカっと笑った。
「私、今どんな顔してる?」
その顔は、汗と土埃で薄汚れていた。髪も少し乱れている。
けれど。
「最高にいい女だぜ、サラさん」
剛が即答した。
「うん! あの……私、ファンなんです! でも、今のピカピカのサラさんの方がもっと好きです!」
桃子が興奮気味に身を乗り出す。
「へへっ、どんな高級な化粧より、今のほうがずっと美味そうな顔だ!」
リキの独特な褒め言葉に、サラは声を上げて笑った。
「ありがとう。……これが今の、ありのままの私よ」
ミャスターは、そんな人間たちを少し離れた場所から見つめ、小さく鼻を鳴らした。
「甘味、塩味、旨味……そして苦味を知る大人の味か。悪くないバランスだニャ」
四つの色が揃った。
残るはあと一人。
だが、その「青」は、論理と効率を愛する、最も食から遠い場所にいる男だった。
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