第6話 閉廷

 裁判は終わった。完全な無罪判決。

 弁護士が勝ち取れる最高の勝利と言えるだろう。

 しかし、待機室で裁判後の後処理を待っているサンクリフトとフジノの間に会話や喜びの声は無かった。深く沈み込んで何かを考えているフジノに声をかけられずにただ無為な時間ばかりを過ごしていた。

 この裁判はなんだったのだろうかという疲労感が強い。


 そんな中コンコンと、硬いノック音が部屋に響き、サンクリフトは軽くフジノを伺ってから「どうぞ」と声をかけた。

「無罪おめでとうございますフジノさん、サンクリフトさん」

 そんな少し嫌みにも聞こえる挨拶とともに入ってきたのはロライト検事正とそのあとに続くバークロー検事だった。

「今回の裁判、検察側としてはこれ以上の審理を求めるつもりはありません。その上で無罪判決だったということで宇宙連盟からの賠償金がフジノさんには支払われます。口座受取か現金受取かは選択可能ですが金額によっては現金受取だと時間が必要になりますのでご留意を。では簡素に算出根拠の説明をさせていただきます」

 簡潔な前置きと共に細かい字の記載された書類が机の上に置かれた。

 これ以上の審理を求めるつもりは無い……つまり検察側には上告をするつもりがないということである。理由が気になったが、弁護士としては願ったり叶ったりな話だったからこれ以上なにか追求する気も起きなかった。

「フジノさん。あなたの権利ですよ。一緒に確認しましょう」

「………」

 サンクリフトが紙をフジノの前に置くと、フジノはのろのろとそれを手に取った。

 バークローの口から今までの拘束期間や拘束理由による精神負荷、種族寿命における割合によって合理的に求められた金額であると説明されたそれは、物価の安い星であればフジノ一人ぐらいなら問題なく一生を過ごせそうな金額である。それが賠償金として十分かどうかはサンクリフトが判断できることじゃなかった。

「これ以上の金額が欲しい場合は宇宙連盟への追加賠償請求も行えます。弁護士ともよく相談して決定してください」

 バークローによるまとまった説明にフジノは頭を上げた。

「これで終わりなんですか?」

 曖昧な質問を二体の検察官に投げかける。

「終わりとは?」

「え、いや……その……」

 フジノも何を求めているのか明言できるものではなかったのだろう。口ごもってまた深い思案の海に潜りかける。

「あなたは謝罪を求めているのでしょうか?」

 バークロー検事が重ねて尋ねた。

 確かに、検察は呪術行為による危害という無理のある罪状で起訴し、彼女は名誉毀損されている。検察からの謝罪を求めたくなる場合もあるだろう。しかし、この新米な検事の些細な疑問には隣から「何故?」と冷たい簡素な声が投げかけられた。

「バークロー検事。フジノさんが無罪となったのは今の科学では呪術と加害に因果関係が認められなかったに過ぎません。実際フジノさん自身は加害を行うつもりで呪術行為を行い、呪術行為の加害性を説明せずに原生住民に説明を行いました。これが業務過失だと彼女も認識していたはずです」


 変温生物に対する罵倒語の中に『冷血』と呼びかけるものがある。こんな形容は差別感情的かも知れないが、その時のロライト検事の口ぶりは『冷血』だとしか言いようがないほどに冷たかった。

「もしも今回の裁判において呪術行為が中途半端に終わり一体でもフキオンの生き残りがいただけでも、今回の裁判は全く方向性が変わっていたかも知れないのに、あなたにその全ての裁判での謝罪ができるのかしら?」


「は、」


 意味を理解してその言葉に異論を唱えようとサンクリフトが声を張り上げようとした瞬間に、ロライト検事正は四本ある手のうち二本を打ち付けてパンと鳴らした。

「当然、こんなもしもの話に価値はありません。我々は今ある証拠と証言でするべき仕事をしただけと考えています。少なくとも今回の事例において我々の間に謝罪の言葉は必要無いはずです。もしもどうしてもあなたがしたいならフジノさんに謝罪を述べてもらっても構いませんが、あくまでそれはあなた個人の謝罪としてください」

 バークロー検事の簡易呼吸器の中が白く曇り視線が揺れる。可哀想な姿に同情の気持ちが募った。共感性は地球人の特徴の一つだ。しかし今は余計だった。

「ロライト検事正。部下を叱るなら関係ない場所でやっていただきたい。裁判の結果についての言及は失礼ですよ」

「失礼。もしもあなたの依頼人が本当に謝罪を求めているとしても検事からそれを尋ねるべきでは無かったものだから」

 正しすぎる言葉で謝りもせずに話をまとめたロライト検事正の八つ目をフジノは見上げた。

「さっきの話……」

「どれかしら」

「もしも……フキオンが生き残っていたら私は有罪だったんでしょうか?」

 再度。サンクリフトが止める暇も無く、冷血な検事はその質問に回答した。

「一般的に遺族感情がある場合求刑は重くなりがちなのは間違いないわね。それが裁判の結果にまで影響があるかは私の判断の範囲ではないわ」

「……」

 フジノがその言葉にまた深く俯く。

「ロライト検事正」

「サンクリフト弁護士も理解しているでしょう。一つの種がまるごと滅亡する事例……この過去に類を見ない事例では、ただ一人も生き残りがいない方が罰が軽くなる可能性すらある」

 当然だが通常は一人より二人、二人より三人に危害を与えた方が罪が重い。

しかし、今回の事例では二億も死んでしまい、既にその種族の遺族感情を語れる人が一人もいない。それは被告にとって有利になる話だった。遺族感情というものに向き合う必要なく、事実関係だけで係争ができる。

 有利……思考の端っこのほうにあったその認識に自分が嫌になりそうだった。

「だから裁判があります。」

 ロライト検事は静かにそう呟いた。

「ご理解くださいフジノさん。全ての事柄には判断するための時間とプロセスが必要です。あなたはプロセスによって罰を与える必要は無いと判断されました。」


「最後に、拘置所の荷物については郵送でも直接受け取りでも構いませんが、一ヶ月以内にどうするか拘置所に連絡してください、一ヶ月過ぎると廃棄処分になります」

 事務的な通達を終えた検事たちは来たときと同じように唐突に去った。バークロー検事が一礼だけして扉が閉まる。

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