第16話 腐ったヤツらには毒がお似合い



「あぁ、あんっ、あ、ああっ! ご主人さま! ああんっ! ご主人さまっ、ああっ! あっ、ああっ! ご主……人、さ……ま……?」


 ボクは目の奥に突然浮かんだ光景を理解して、動きを止めた。


 ミカゲが少し戸惑ってるけど、何も言わずに大しゅきホールドで絡めた足を解いて、待ってくれてる。


 ……何かが燃えてる。火事か?


 どこが……いや。フクロフクロウの視界か。上空からだな。


 魔物使いはテイムした魔物と感覚を共有することができる。


 うっかり痛覚を共有したらとんでもないことになることもあるみたいだけど、こんな感じで遠くにいるフクロフクロウが見たものを共有することもできる。


 フクロフクロウの目的地は……カイラッドさんのお店だ。


 そこが火事になってるってことは、ボクにとっても大事件だ。


「……ミカゲ。すぐにボーダントの町に向かう。キンタを呼んでほしい」

「任せるのじゃ」


 ミカゲから離れたボクが服を着始めると、ボクよりも早くいつもの黒いセクシー水着みたいな服を身につけたミカゲが小屋を飛び出していく。


 あの布面積にもいつの間にか慣れてる自分がちょっと怖い。


 人間が歩くとボーダントの町から3日くらいかかるこの拠点。

 でも、キンタが全力で走れば朝までにはたどり着く。


 途中で戦闘になる可能性もあるから、軍団のうち3つくらいのグループを率いて行くことにする。

 夜の方が……より危険な魔物と接敵する可能性があるし。


 ……まあ、夜の危険な魔物も今はもう敵ではないけど。






「……カイラッドさん」

「……ああ、エニシさんですか」


 弱々しい声。

 ボクを声だけで判断して、視線は煙を上げる自身のお店へと向けたままだ。


 ……この人のこんな姿を見ることになるなんて。


 夜の間に消火はしたものの……お店のほとんどが燃えてしまったようだ。

 燃え残った部分ではたぶん、何もできないだろう。


「……失う時は一瞬。知っていたし、分かってはいましたが……実際にこうなってしまうと、気持ちが追いつきませんね……」


 ボクに話しかけてるけど、まるで自分自身を納得させるかのような語り口。


 ボクはその声を聞いて、拳をぎゅっと握りしめる。

 その拳を……透明化してるミカゲが小さな両手で包み込むように優しく触れる。いつもとは違う、いやらしくない触り方で。


「……これから、どうするんですか?」

「そうですね……ここの整理があるのですぐにとはいきませんが……妻の実家があるフランドールの町に移ろうかと思います。あちらはライゼル伯爵領なので」

「ライゼル伯爵領?」

「ええ。伯爵領なら……セージル子爵にも手出しはできないでしょうから」


 子爵にも手出しはできない……って。

 今回の火事に子爵が関係してるってカイラッドさんは考えてるのか。


「……まさか、オゥ、イエー……」

「それ以上はいけません」


 わずかにカイラッドさんは首を横に振った。


「……どこで誰が聞いてるのか、分からないので」


 悔しさを滲ませる囁き。

 カイラッドさんは……してやられたのかもしれない。


「まあ、エニシさんにずいぶんと稼がせてもらいましたから、あちらに移ったらどうにかして商会を立て直しますよ。資金も少しは持ち出せたので」


 理不尽な世界だとは思ってた。

 ボク自身も嫌な思いはしてきたと思う。


 それでも……。


 ここまで腹が立ったことはなかった。


 絶対に許さない。

 こんなにいい人を苦しめやがって。


「……カイラッドさん」

「……何でしょうか?」


「町を移動する時は、冒険者ギルドに護衛の依頼を出して下さい。指名してくれればボクが格安で引き受けますから。Eランクなので本当に安いんです」


「エニシさん……。ええ、そうさせてもらいます。ありがとう。心から感謝します」


「こちらこそ。護衛依頼を引き受けないとギルドのランクが上げられないので」

「そうでしたか。エニシさんのお役に立てるのなら、ぜひ」


「先に……カイラッドさんとご家族の安全のためにも、ボクの従魔に護衛させます。どうせ移動する時も一緒ですから、少しだけ早く仕事を始めるようなもんですし」


「それは……ええ。大変、ありがたく……」


「キンタ。頼んだ」

「ガウガウーン」


 キンタを中心とする一部隊をカイラッドさんたちにつけておく。


 下手したら、カイラッドさんは命を狙われる可能性もある。

 キンタたちがいればそれは防げるというか……たぶんまともに近づくことすらできないはずだ。


 ボクはキンタたちに護衛を命じて、カイラッドさんから離れる。

 もうカイラッドさんの落ち込む姿は見たくない。


(……ミカゲ)

(分かっておるのじゃ。オゥ、イェー商会を調べればよいのじゃな?)

(子爵の方も頼む。それに……そいつらが犯人だと分かったら、アレを使う)

(……了解したのじゃ)


 マジで。

 絶対に許さん。






 5日後、カイラッドさんはボーダントの町を出発することになった。


 もちろん、護衛はボクとその従魔たちだ。

 ミカゲは透明化していつものポジションからボクの股間をかかとで触ってくる。


 人を乗せる箱馬車がひとつと、荷馬車がふたつ。


 護衛のボクはキンタの上にまたがってる。

 街道では部隊を増やして護衛するつもりだ。襲撃を受ける可能性もある。というかボクがいるせいで魔物の襲撃は起きる可能性が高い。


 魔物以外の襲撃は……どうだろうか。


 ……ひょっとしたら、ボクとカイラッドさんが出会った時の盗賊たちも……そういう関係での襲撃だったのかもしれない。


 オゥ、イエー商会とセージル子爵は、ガチガチにつながってた。

 ミカゲの調査だから間違いないだろう。


 しかも、カイラッドさんの商会を潰したらグリーンウルフの刺繍糸を独占することになっていたらしい。この町では。


 材料もまともに仕入れられないのにどうするつもりだったのか。

 笑える無計画さだ。


 その無計画さにカイラッドさんのお店が焼かれたと思うと……悔しい。


 生き残っていたカイラッドさんへの襲撃はキンタがひと吠えで防いだ。カイラッドさんには襲撃があったことすら気づかれてないと思う。


 キンタにビビって近づけない程度の、弱い暗殺者だった。


 今、無事に生き延びたカイラッドさんは、荷馬車の御者台の上からボクに話しかけてくる。

 御者なんて誰かに任せればいいのに。


「……そういえば、セージル子爵がお亡くなりになったそうです」

「……へぇ。そうなんですね」


 カイラッドさんの言葉をボクは軽く受け流す。


「急死したので……病気か、あるいは毒か……」


 あの子爵はDランクの魔物、ポイズンスパイダーの毒で死んだ。

 ミカゲは子爵を眠らせた後で、キンタ○の裏側をポイズンスパイダーに刺せと命じたらしい。


 そこなら刺し傷があっても確認しないだろうって。

 確かにそうかもしれないけど!?


 絶対嫌がらせ込みだろ!?

 よくやったミカゲ!


「オウエー商会の会頭も、急死したそうです」

「オゥ、イエー商会も、ですか」


 そいつもミカゲがポイズンスパイダーを使って同じところを刺させた。

 子爵も、会頭も、起きていて解毒剤でも飲めばどうにか助かったかもしれないけど、その前に眠らされてるから。


 目覚める前に一晩で毒が体中に回っておしまい。


 急死したけど……毒が刺されたような傷も見つからないし、その前の日の食事なんかも問題ない。

 急病による急死だとしか、考えられない状態。


 科学捜査なんてものもない世界だ。


「ええ。そうなんです。不思議なこともあるものです」

「不思議、ですか?」

「はい。不思議です」


 そこでカイラッドさんが声を小さくする。


「……ところで魔物使いのエニシさんは、毒を持つ魔物のこともお詳しいので?」


 カイラッドさんは気づいてる。

 でも、それ以上は……踏み込ませるわけにはいかない。


「詳しくはないですけど、例えばボクの従魔ならジャイアントビーが毒持ちですね」

「え? これが? そうなのですか?」

「はい。ただ、麻痺毒ですけどね」

「ああ、麻痺毒、ですか……」

「この子たちの戦いは、ジャイアントビーが空中から麻痺毒で牽制して、そこで足元をグリーンウルフが狙うんです。そうして相手の動きを鈍らせて、そこでキンタがガツンと、ね。この連携のことは秘密ですよ?」

「なるほど……麻痺毒で……」


 ポイズンスパイダーは大人の男性が手の指をぐいっと広げたくらいの手の大きさの魔物だ。

 クモとしては大きな方だけど、魔物としては小さい。

 テイムしているけど、表には出していない。今回みたいな時のために。


 だから、目立たないし……毒を使った暗殺に適してる。

 即死毒でもないから、そこが……逆に毒殺とも判別しにくい部分でもある。


 ミカゲが変なところを刺すようにしてるし。

 まず、バレることはない。


 でも、ゴブリンなんかよりもはるかに強いので、普通はテイムできない。

 あくまでも、普通は。


「……新しい町でも、グリーンウルフの毛は納品しますから」

「それは……ありがたいです」

「ええ。あと、これを……」


 ボクはいくつかの装飾品をカイラッドさんに差し出す。

 ナタリー王国の王都で空挺部隊が盗んできたヤツだ。価値はよく分からない。

 この国で換金しても足はつかないだろう。


「……これは?」

「換金して、店を立て直す資金にして下さい」

「そこまでお世話になる訳には!?」

「いいえ、これは投資なんです。ボクのもっとも重要なパートナーですから、カイラッドさんは」

「投資……」


 手渡された装飾品をカイラッドさんはじっと見つめる。


 その心の中で何を思っていたのかは、ボクは知らない。





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