第39話 欺瞞の脚本
「それで、話とは……」
有馬の言葉は、ドアを叩く音に中断された。
ノックと言うには、乱暴な叩き方だ。古いドアが壊れそうな音を立てる。
“ねえ、いるんでしょ?“
叩いている主が声をあげた。
若い女性の声。
聞き覚えがある。
知ってる声なのに、その人は絶対にいないはずで、誰だか分かったはずなのに頭が拒否してくる。
「千景、そこに入ってろ」
有馬はクローゼットに顔を向ける。
とにかくその通りに、中へと隠れた。
「…………」
隙間から外を覗く。
“やっぱりいたじゃない! 呼んでるんだからとっとと出てきなさいよ”
「…………」
声は……慧のものだった。
なぜ?
疑問が次々と沸いてくる。
“編集に集中していてな”
有馬が答える。
“どうせまた脚本書いてたんでしょうけど……無駄よ。千景に渡すのは私が手直しした奴だけだから”
「…………」
一瞬、隠れていないで、出ていこうかとも思ったが、慧の言葉を聞いて、思いとどまった。
まさか……慧と有馬は通じていた?
“まったく、あいつったらすっかり騙されてるし! 笑える! 誰が共犯だって? 冗談じゃない! 千景のせいで、私の人生設計が狂ったんだから!”
「…………」
そう声高には喋る慧は、いつもの理知的な彼女の表情ではなかった。
口の端を歪めながらの、ひきつったような……甲高い嘲笑。
“有馬! あんたもそう思うでしょ? 姉さんや、千景がいなかったら、今頃は名監督として世界に名を馳せてたはずなのにね。それがこんなオンボロアパートに住んで!”
私は黙ったままの有馬の顔を見た。
慧とは違い、全く表情を変えていない。
“ま、いいわ、今の所、順調に進んでるみたいだしね。いい? あなたが復帰できたのは榊原さんのおかげなんだからね。今度は、ちゃんと指示通りにしないと、またどっか飛ばされるよ。それが嫌なら、黙って私の言う通りにしてよね”
“……分かってる”
「…………」
飛ばされた?
一体どういう‥‥。
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