第33話 隙間のない芝居

 それから慧の演出への介入が目に見えて増えてきた。

 最初は、ほんの些細なことだった。

 立ち位置の変更。

 視線を送る角度。

 セリフの抑揚。

「ちょっとだけでいいの。最後の伏線になるから」

「その表情、今は出しすぎない方がいい」

「この台詞は強く言わずに、相手に言わせるように演じてみて」

 一つ一つは理にかなっているし、明確な拒否理由もなかった。

 だから、私は従った。

 だけど、気づいたときには、私は台本通りに動いているだけの存在になっていた。

いつのまにか、私の『間』や『呼吸』が消えていた。

 観客の気配を読む余地もない。

 慧の指示通りに進む芝居は、完璧に組み立てられた歯車のように、感情や観客を排除して  進んでいく。

有馬はその事に口を挟まない。

「……慧、ちょっといい?」

稽古の休憩中に声をかけると、彼女は笑顔で振り返った。

「なにか?」

「最近……ちょっと演じにくいっていうか。息のする隙間がないの。私の癖、全部調整されてるような気がして……」

 慎重に言葉を選びながら、私は口にした。

「ごめんなさい。でも、“癖”って、悪い意味でもあるでしょう?」

「それは……そうだけど」

「今の芝居は、“千景さん”を守るために、計算して調整してるの。あくまで、あなたが一番美しく見えるように」

 彼女の声はやさしい。そのやさしさが、逆に怖かった。

 いつの間にか私は、“演じさせられている”のかもしれない。

 舞台の上に立つ自由と誇りは、知らないうちに奪われていた。



 何かがおかしい……そう思い始めたのは、本番が目前に迫った日の事だった。

 慧は、有馬航生に復讐する為に私と共闘している……そのはずだ。

 けど、それだけではない何かを感じる。

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