第29話 照明の中心で
額や裏でスタッフが話している会話が聞こえてくる。
『……でさ、今日のあれ見た? 藍沢さんの演技』
『あー、見た見た。ちょっとゾクッとした。ていうか……あれ、やばくない?』
『ね、やばいよね。朝比奈さん、めっちゃ良い子だけどさ……ちょっと分が悪いかも』
『ぶっちゃけ藍沢さん、完全に現役だよね』
そんな言葉の幾つかは、彼女の耳にも入っているだろう。
抗って舞台に立つ彼女の姿は痛々しく、それが真っ当な演技を不可能にしていった。
「…………」
私と目が合った朝比奈玲奈は顔をそらす。
悪い事をしてる自覚はある。
それでも私は、そんなちっぽけな自分の良心に従うような心は持っていない。
計画を粛々と実行していくのみ。
数日を経ずして、朝比奈玲奈が、舞台の降板を発表した。
そして代役は……私、藍沢千景になった。
翌朝。劇場前には、いつもより多い報道陣の姿があった。
「藍沢さん、主役交代について一言お願いします!」
「今回の出演は、過去のスキャンダルとの関係は?」
再び、フラッシュ。マイク。レンズ。
私は一歩、白線の内側へ踏み込み、視線を逸らした。
……この感覚は、知っている。
かつて、あの夜、全てを失ったときにも感じた空気。
だけど、今回は違う。
これは、私が自分で選んだ檻。
もう、誰かに閉じ込められるだけの女じゃない。
ふいに、スマホが震えた。
SNSの通知欄には、既にいくつもの記事と憶測が飛び交っている。
《『月下の檻』主演交代騒動》
《舞台裏の女王復帰に賛否「観たい」「あの騒動が再燃?」》
《朝比奈玲奈、涙の降板コメント「自分の未熟さを痛感」》
画面の文字が、胸の奥を冷たく撫でていく。
でも、怯えてはいけない。
これは、戦いだ。
舞台は、もう始まっている。
マスコミの舞台でも、劇場の舞台でも、私は逃げない。
照明を浴びる覚悟を決めたのは、他でもない私自身なのだから。
照明監修から舞台女優に戻った。
それは計画に組み込まれた予定の行動だったけど、それでも、戻ってきた……という感覚は、私を静かに奮い立たせた。
忘れていた高揚感が、体に満ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます