第14話 照明の中の告白

 楽屋で、有馬とすれ違った。

「璃久、すごくなったな」

「そうね、そのうち、私じゃなくて璃久があなたのお気に入りになるかもね」

 皮肉が混じってしまう自分に、自分で驚いていた

 有馬は何も言わなかった。ただ、少しだけ笑って、すぐに背を向けた。 


本番当日の楽屋は、どこか異様なほど静かだった。

 私の衣装は、深い赤のドレス。過去の罪を背負った姫の象徴。

 舞台のラストでそれが真っ白な布に変わる――その瞬間を観客は、贖罪だと感じるだろう。

「……千景さん」

璃久が、ドアを静かに開けて入ってきた。稽古の時よりも、ずっと張りつめた顔をしている。

「緊張してる?」

「はい。……怖いです。ちゃんと、終わらせられるかどうか」

「大丈夫。あなたならやれるわ。私が保証する」

 そう言って微笑んだとき、璃久はほんの少しだけ安心したように見えた。

幕が上がった。

 照明の中、すべてが劇の一部となった。


=なぜ‥‥なぜ、あなただけが覚えているの‥‥=

 私の台詞に、璃久は息を詰めたように黙り込む。

 観客席は完全な沈黙に包まれていた。

 この劇の核心、二人の記憶の齟齬と、それに潜む“罪”を巡る対話。

 照明は薄青く落ち、舞台全体が水面のような揺らぎを帯びている。

=私は、忘れたんじゃない。忘れた“ふり”をしていたの。そうしなければ、私……壊れていた=

=それでも……私は、あなたの罪を憎めなかった=

 璃久の声は震えていた。いや、役として震えていた

 まばたきもせずに私を見ていた。

 私は、応えるようにわざと台詞を少し遅らせ、呼吸だけで感情を伝える。

 

 ここが勝負どころ。

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