第五話 学習指導本格始動! 怠けたら昭和的な体罰もあるわよ

この日の放課後。優祐、朋哉、哲秀の帰宅部三人組は体育の授業中に打ち合わせた通り解散後すぐ、午後三時四〇分頃には学校を出て徒歩で最寄りの阪急電鉄駅へやって来た。

切符を買い改札を抜けホームへ上がり、ほどなくしてやって来た阪急宝塚線急行に乗り込んで、揺られること約12分。終点の梅田駅で降りた三人は人ごみを掻き分け改札口を出て、お目当てのアニメグッズ専門店へ立ち寄った。

 発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。

 彼らと同い年くらいの子達が他にも大勢いた。

「あっ! これ、M○Sで今放送中のやつだ。ブルーレイのCM流してる」

 優祐は店内設置の小型テレビに目を留めた。

「おれ、このアニメのブルーレイめっちゃ集めたい。でも三話収録で八〇〇〇とかじゃ手が出んわー」

「ボク達高校生にとっては高過ぎるよね」

「同意。おれ、このフィグマもめっちゃ欲しい。けど四五〇〇円もするんか。やっぱ高いなぁ。これまで買ったら今月分の小遣いすっからかんや」

朋哉は商品の箱を手に取り、全方向からじっくり観察し始める。

「買おう!」

 約五秒後、魅力にあっさり負け、購入することに決めた。

「寺浦君、清水の舞台から飛び降りましたねぇ。ボクも欲しいグッズがあるのだよん。あのクリアファイル」

「おれも他にもあるぜ」

「朋哉、哲秀。衝動買いは程ほどにした方がいいぞ」

 優祐が爽やか笑顔で助言すると、

「ゆうすけんち、こういうグッズ類、リアル従姉が買い集めてくれてるからいいよなぁ」

「ボクもあんな感じのリアルお姉さんなら欲しいですよん」

 羨ましがられてしまう。

「まあ確かに従姉ちゃんのおかげで俺はアニメグッズ購入費ほとんど使わずに済んでるけど。俺が欲しかったこの下敷きも買ってくれてたし」

 美少女四コマ漫画原作アニメのキャラ集合下敷きを手に取り、優祐は苦笑い。

そんな様子を優祐のお部屋から、

「ユウスケくんったら、あんなテンプレートでmass production typeのアニメ美少女キャラに鼻の下伸ばしちゃって」

「アニメやVtuberの美少女はプロのキャラクターデザイナーさんの造形。わたくし達をデザインしてくれた聡実ちゃんは所詮アマチュアだから、容姿で劣っちゃうのは仕方ないわ。だからわたくし達は内面で魅力を出さなきゃね」

 モニカと州湖良はちょっぴり嫉妬心を抱きつつモニター越しに眺めていたのだった。


夕方六時ちょっと過ぎ。

「ただいまー」

「おかえり優祐、お部屋はもっときれいにしなさいね」

「分かってるって母さん」

 優祐は途中、伸英のおウチに寄りノートと今日配布されたプリント類と、近所のスーパーに寄り道して買った抹茶シュークリームといちご大福を届けて自宅に帰って来た。

手洗い、うがいを済ませて二階に上がり、

いない、よな? 今朝は姿を見かけなかったし。

恐る恐る自室の扉を開くと、

「Welcome home! ユウスケくん」

「おかえりーっ、ユウスケトン」

「おかえりなさいませ、優祐さん」

「おかえり、優祐お兄ちゃん」

「おかえりなさい、優祐君」

 教材キャラ達がみんな揃って爽やかな表情で出迎えてくれた。

「……夢じゃ、無かったのか。昨日の、出来事は……」

 優祐は顔を強張らせる。

「だから現実だって。ユウスケトン、もう認めちゃいなよ。アタシ達はキャラデザのサトミトコンドリアの空想と現実の二面性を持っているのだ。光が波と粒子の二面性を持ってるのと同じようにね」

 化能蒸が肩をポンポンッと叩いてくる。

「わっ、分かった。認めるよ、もう」

 優祐はついに観念してしまった。その方が精神的に楽だと感じたからだ。

「あのう、ユウスケくん、三次元の世界にも素敵なガールフレンドがいるんだね。What‘s her name?」

 モニカが問い詰めて来た。

「あっ、あの子は伸英ちゃんっていうんだけど……ていうか、なんで知ってるの?」

 優祐は当然のように驚く。伸英のことはこの五人に一度も話したことはないからだ。

「これで、ユウスケくんのハイスクールライフをウォッチングしてたんだよ」

 モニカはテレビ画面を指し示す。優祐の通う学校校舎の映像が映し出されていた。

「何これ?」

 優祐はケーブルの方にも目を向けた。

「このケーブルは、地球上のどの地点からでもライブ映像を映し出すことが出来る聡実ちゃんの空想アイテムよ」

 州湖良はどや顔で得意げに説明する。

「従姉ちゃんの空想アイテムまで物質化出来るって、どういう原理で、こんなことが?」

 優祐はかなり驚いている様子だった。教材キャラ達がテキストの中から最初に飛び出て来た時と同じくらいに。

「それが、わたくしにもよく分からないの。聡実ちゃんの強い空想力と妄想力が成しえた奇跡としか言いようがないわ」

 州湖良は照れ笑いする。

「……これ、非常にやばくないか? 盗撮だろ」

「優祐さんもそう思いますよね?」

 葉月は同意を求めてくる。

「そっ、そりゃそうだろ」

「ユウスケトン、これでノブエステルって子のおウチ内部も見られるぜ」

化能蒸はそう伝えるとリモコンボタンを操作し、映像を切り替えた。

「こっ、これは――」 

 優祐は思わず顔を画面に近づけた。伸英のお部屋の一角の映像が映し出されたのだ。

 ピンク色のカーテンで、水色のカーペット。窓際に観葉植物。学習机の周りにはケーキ、ドーナッツ、アイスクリーム、いちご、みかん、バナナなんかを模ったスイーツ&フルーツアクセサリーやオルゴール、着せ替え人形。ゴマフアザラシ、モモンガ、コアラなどの動物やゆるキャラの可愛らしいぬいぐるみなんかがたくさん飾られてある、じつに女の子らしいお部屋だった。何度か伸英のお部屋を訪れたことのある優祐には特に目新しくは映らなかったが、こんな視点で観察したのはもちろん初めてのことだ。

「ユウスケトン、好きな女の子がおウチでどんな風にして過ごしてるか知りたいでしょ?」

 化能蒸はにやっと微笑む。

「ダメダメダメ!」

 優祐は冷静に判断する。

「あっ、ノブエちゃんっていう子、今からurinationかfecesするみたいだよ」

 モニカは画面を食い入るように見つめる。 

「どわあああああああっ、ダッ、ダメダメダメッ。法律的に」

「ユウスケくん、見たくないの? 高校生くらいの男の子って、こういうのにすごく興味があるかと」

「ない、ない、ない、なーっい!」

 優祐は慌ててテレビの電源を切った。また映像が切り替わり、トイレで下着を脱ぎ下ろしている伸英の姿が映し出されていたのだ。伸英の穿いていた水玉模様のショーツを、優祐はほんの一瞬見てしまった。

「あーん、もっとウォッチングしたかったのにぃ」

「アタシもーっ。腎臓で血液からろ過され、膀胱に溜められた老廃物が排泄される重要な人体現象だもん」

 モニカと化能蒸はふくれっ面で駄々をこねる。

「これは、プライバシーの侵害だよ」

「ごめんね優祐君、つい〝知る権利〟の方に意識を片寄せ過ぎちゃって。これからは必要最低限の生活面だけを見るようにするね」

 優祐に困惑顔で注意され、州湖良は申し訳なさそうに謝る。

「いやぁ、全く見なくていいんだけど」

 優祐は対応に困ってしまう。

「スコラちゃんが、ユウスケくんのことを知る権利があるって言ってたから、ユウスケくんのお部屋、勝手にinvestigateさせてもらったよ。面白いコミックやラノベ、けっこう持ってるね。ワタシもコミックやラノベ大好きだよ」

「ユウスケトンって、三次元のヒトのメスの裸が載ってるエッチな本は一冊も持ってないんだな。ベッドの下も綿密に調べたんだけど、収納ケースが置いてあって、中に服とアニソンCDと、ゲノムならぬゲームが入ってただけだし。男子中高生必須のアレする時に使うビジュアルは二次元の女の子のみってわけだな」

「ユウスケくんはサトミちゃんと同じくwholesome boyだね。いい子いい子」

 化能蒸とモニカは機嫌良さそうに話しかけてくる。

「あのう、あんまり俺の部屋、荒らさないでね」

 優祐は悲しげな表情で注意しておく。

「優祐お兄ちゃん、このテレビ、テレビ番組は見れなかったよ。どのチャンネルに変えても受信出来ませんって出た。これじゃあド○えもんもクレ○ンしんちゃんもちび○る子ちゃんもサ○エさんも妖怪○ッチも見れないよう」

 理密図は優祐の袖をぐいぐい引っ張りながら不満そうに伝えた。

「そりゃあ放送用のアンテナ繋いでないからね。このテレビはDVD・ブルーレイ視聴とテレビゲーム専用なんだ。繋ぐのは大学合格してからって母さんと約束してる。従姉ちゃんの部屋のは繋がってるよ」

 優祐は素の表情で伝える。

「それじゃ優祐お兄ちゃん、聡実お姉ちゃんのお部屋みたいにさせてもらえるように、お勉強ますます頑張らなきゃいけないね」

「うっ、うん」

 理密図ににっこり笑顔上目遣いで言われ、優祐はちょっぴり照れくさがる。

 まあ、テレビ番組見れない現状でも特に不満はないんだけど……リビングで見ても母さん特に何も言わないし。

「ユウスケトン、ノブエステル今からお風呂に入るみたいだぜ」

 化能蒸は優祐が他の事に意識が移っていたのをいいことにまたテレビをつけ、伸英のおウチ内部を観察していた。

「うわっ、こらこらっ、ダメだろ」

 今度は伸英が脱衣場で服を脱いでいる様子が映し出されていた。伸英のブラジャー姿を一瞬見てしまった優祐は慌てて主電源を消し、化能蒸の頭をパシンッと叩く。

「いたたたっ、ひどいよユウスケトン」

 化能蒸が頭を押さえながらそう言ったその時、

「優祐ぇー、ご飯よぉー。今日利川先生、職員会議で遅くなるからいらないって。聡実ちゃんも七時半頃になるって」

 一階から母の叫ぶ声が聞こえてくる。

「分かったーっ。すぐ行くよ」

 優祐は大声で返事をしたのち、

「伸英ちゃんがお風呂入ってるとこ、絶対覗いちゃダメだよ」

 モニカの方を向いてこう念を押し、部屋から出ていった。

「男の子からそんなこと注意されるって、strange feelingだよね」

 モニカはにこっと微笑む。

「これはチャーンス! ノブエステルの入浴シーン、思う存分覗くぞーっ」

 化能蒸は嬉しそうに叫んでテレビをつけ、伸英のおウチの浴室を映し出した。

 ちょうど伸英が風呂イスに腰掛け、長い髪の毛をシャンプーでこすっている最中だった。

「おう、ノブエステルはシャンプーハットを使ってるのかぁ。シャンプーハットの材質はEVA樹脂、シャンプーは弱酸性のものかな? 下の毛もけっこうもっさり生えてるじゃん。陽樹林から陰樹林への遷移段階だな。ユウスケトンはまだ草原から低木林だったぜ。アタシは裸地だけどな」

「伸英お姉ちゃん、おっぱい大きいね。体積量りたぁーい」

「ナイスバディだね、ノブエちゃん」

「羨ましいわぁ~」

 理密図とモニカと州湖良も画面に食い入る。伸英は自分の体をバスタオルで隠すことなく全裸姿だったのだ。

「皆さん、鬼の居ぬ間に洗濯はダメですよ」

 葉月は困惑顔で注意した。

「まあいいじゃんハヅキアズマ」

「出た! 日本のことわざ。ちなみに英語では、When the cat‘s away,the mice will play.だよ。でもユウスケくんは鬼って感じが全くしないよ」

「そうだな。ユウスケトン、怒っても怖く無さそうだし」

「優祐君は、草食系男子っぽいわね」

「あたし、優祐お兄ちゃんの優しそうなところが大好きぃーっ!」

 葉月以外の四人は伸英の入浴シーンを眺めながら、楽しそうに会話を弾ませる。

「皆さん、止めた方がいいですよ」

 葉月は再度注意するも、

「大丈夫だってハヅキアズマ。ハヅキアズマもいっしょに見ようぜ」

「葉月ちゃん、同性なのだからよろしいでしょ。ヒンドゥー教徒のガンジス川での沐浴に通じるものもあるし」 

「今ちょうどボディーをゴシゴシrubbingしてるいいところなのに。このあとは湯船に浸かってくつろぐという日本ならではのシーンが楽しめるんだよ」

「葉月お姉ちゃん、眺めてると伸英お姉ちゃんといっしょにお風呂入ってる気分になれるよ」

 四人はこう言い訳して尚も画面に集中する。

「ねえ、皆さん……今すぐ、そういうをこなことはやめなさい!」

 葉月は眉をへの字に曲げて、古語も交えて少し強めに言った。

 すると次の瞬間、

「ごっ、ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい葉月お姉ちゃん」

「ひいいいいいいい、すっ、すまねえハヅキアズマ」

「申し訳ありませんでした、葉月ちゃん」

「アッ、アイムベリーソーリー。I‘m very afraid of you.Your face was much more fearful than a portrait of Beethoven.It equals namahage.」

 四人はびくびく震えながら慌てて謝った。化能蒸はとっさにテレビの電源を消す。理密図は泣き出してしまった。葉月の顔が今しがた、般若面に急変化したのだ。しかも元の顔の大きさの五倍くらいまでふくれ上がっていた。葉月の顔はそれから瞬く間に何事も無かったかのように元の可愛らしいお顔へと戻った。

「わらわは、怒りがある程度上昇すると、こんな風になっちゃう設定になってるんです。きっと国語の学習内容に《能と狂言》があるせいだよぅ。優祐さんには絶対こんな醜い姿見られたくないです。穴があったら入りたいよぅ」

 葉月はとても照れくさそうに、顔を真っ赤に火照らせながら呟いた。

「「「「…………」」」」

 葉月の恐ろしい風貌を見てしまった四人は、すっかり反省したようである。

それから四〇分ほどのち、

「覗かなかった?」

夕食を取り、風呂にも入り終えた優祐が再び自室へ戻って来た。

「あの、優祐さん。この人達、みんなで伸英さんのお風呂、覗いてましたよ」

 葉月は困惑顔で、四人を指し示しながら告げ口する。

「やっぱり……」

 優祐はムスッとなった。

「ユウスケトン、すまんね。もう金輪際やらねえから。たとえウラン238の半減期くらい長い時間が経とうとも」

「アイムベリーソーリー、ユウスケくん。ノブエちゃんが湯船に浸かるシーン、どうしても見たくって」

「優祐君、もう二度とやらないから。わたくし、次こういうことしたら大石内蔵助のように切腹するか、ソクラテスのように毒杯を仰ぐわ」

「優祐お兄ちゃん、ごめんなさーい」

 四人は優祐の方を向いて深々と頭を下げた。

「優祐さん、ご覧の通り皆さんは大いに反省しているので、許してあげて下さい」

 葉月は優祐の目を見つめながら頼み込む。

「まっ、まあ、いいけど。今後は、絶対やらないでね」

優祐はこう忠告して学習机の前に立った。

「そういえば、つい十分くらい前、聡実ちゃんが帰って来てこのお部屋に来て何かゴソゴソしてたわよ。わたくし達は直前に隠れて無事姿を見られずに済んだわ。よく見えなかったけど本棚からマンガを何冊か持って行ったような」

州湖良からの伝言に、

「従姉ちゃんに俺の部屋勝手に物色されて、マンガとか持っていかれるのはいつものことだよ。なるべくやめて欲しいと思ってるけど」

 優祐はやや呆れ顔で反応し、学習机に貼られた時間割表を眺めながら明日行われる授業の教科書・副教材、ノートを通学鞄に詰めていく。

整え終えてほどなく、優祐のスマホの着信音が鳴り響いた。今放送中の深夜アニメのED主題歌だった。電話がかかって来たのだ。

「伸英ちゃんからか」

 番号を確認すると優祐はこう呟いてベッドに腰掛け、通話アイコンをタップする。

「もしもし」

『あっ、優祐くん。ノートとプリントと、シュークリームといちご大福も届けてくれてありがとう。すごく嬉しかったよ♪』

「どういたしまして。体は、大丈夫?」

『うん、おウチ帰った後いっぱい休んだからもう平気。すっかり元気になったよ。あのね、優祐くん、すごく言い辛いんだけど……全部同じ色で書かれてるから、どこが要点なのか分かりにくいよ。字も、読みにくくて』

「ごめん、伸英ちゃん。俺の、書き方、良くなかったね」

 優祐は電話越しにぺこぺこ謝る。

『いいの、いいの。優祐くんが、一生懸命取ってくれたことが良く分かるから。気にしないでね』

 伸英は慰めてくれた。

「本当に、ごめんね。あっ、あと、連絡だけど、時間割変更で、明日も家庭科があるよ。六時限目に。帰りのホームルームで担任が言ってた」

『あの、そのことは家庭科の授業でも連絡してたよ。中間で抜けた分の埋め合わせって』

「えっ! そうなの?」

『優祐くん、聞いてなかったの?』

「うっ、うん。考え事してて」

『優祐くん、授業中は集中して先生のお話聞かなきゃダメだよ。テストに出る大事なポイントもお話ししてくれるからね』

「分かった。次からは気をつけるよ。じゃっ、じゃあ俺、そろそろ切るね」

『あっ、待って優祐くん』

「なっ、何?」

 優祐はぴくっと反応した。

『あの……今度の土曜、明後日だけど、いっしょにショッピングに行こう』

「えええっ!」

 伸英の突然の発言に、優祐はどきっとした。

『あの、今日の、お礼がしたくて……』

「あっ、そっ、そう。それじゃ、いっ、いいけど」

デートの誘いなんじゃないのか? これ。

 優祐はやや躊躇う気持ちがありながらも、一応引き受けた。

『ありがとう。それじゃ、また明日ね、優祐くん』

「うっ、うん」

こうして優祐は電話を切った。

「ユウスケくん、今のが、ガールフレンドのノブエちゃんですね? How long have you been dating with her?」

「うわっ!!」

 優祐はかなり驚く。すぐ横にモニカがいたからだ。現在完了進行形で質問もして来た。

「ガールフレンドじゃなくて、おっ、幼馴染だ」

「幼馴染、つまりChildhood friendなんですか! Wow! ハヅキちゃんの予想通りだね。ねえ、ユウスケくん、ワタシはノブエと知り合って十二年になります。を英語で言ってみて。ヒント、現在完了形を使うの。中学生の頃にも習った単元でしょ?」

「えっと……アッ、アイハブ、ビーン、ノウン、ノブエ、トウェルヴ、イヤー」

「ノーノー、ダメだよ。You are wrong.I have been known Nobue for twelve years.よ。リピートアフタミー」

「アッ、アイハブビーンノウンノブエ、フォアトウェルヴイヤーズ」

「Good!」

 優祐が棒読み英語で言ってみると、モニカは指でOKサインをとった。

「あっ、どっ、どうも」

「あのぅ、幼馴染ということは、You have ever taken a bath with her,haven‘t you? いっしょにお風呂に入ったこともありますよね?」

 モニカは付加疑問文を用いてさらに質問してくる。

「ないよ」

 優祐は俯き加減で言う。

「怪しい」

 モニカは顔をぐぐっと近づけてくる。

「あっ、あのさ、州湖良ちゃん。昨日、地図帳から民族衣装を取り出してたけど、他の教材からも、写真や図に載ってるやつを取り出せるの?」

 優祐は無視して州湖良の方に話しかけた。

「もちろん出来るわよ。ちょっと教科書借りるね」

 そう自信たっぷりに言うと州湖良は、化学基礎の教科書カラー口絵を開いて手を突っ込んだ。そして中から、金の延べ元素記号Auを取り出した。

「うわっ、スコランゲルハンス島すげえ。本物だ」

「州湖良お姉ちゃんすごーい!」

「スコラちゃん、マジシャンみたーい」

 化能蒸、理密図、モニカはパチパチ大きく拍手する。

「あれ? でも中の写真はそのままだ」

 優祐は不思議そうにその教科書を見つめる。

「わたくしが取り出したものは、コピーされたものだからよ。何度でも複製出来るの。続いて英語の教科書から、登場人物のボブ君を取り出してみせましょう」

州湖良は得意げな表情で、今度は英文読解用の教科書に手を突っ込む。

数秒後、

「Ouch!」

 中から男性の叫び声がした。

次の瞬間、クリーム色の髪の毛が飛び出て来た。

州湖良がさらに引っ張り上げると顔、首、胴体、足も姿を現す。

州湖良は本当にボブ(Bob)という登場人物を取り出して来たのだ。

「What‘s happen? Where’s here? Why am I here?」

 引っ張り出されたボブは周囲をきょろきょろ見渡す。彼はとてもびっくりしている様子で、かなり戸惑ってもいた。

「やっぱ英語か」

 優祐は冷静に突っ込む。彼はあの光景を先に目にしているので、もはやこんなことが起こってもあまり驚かなかった。

「大丈夫だよ。ボブはprobablyこのテキストの範囲を超える用法は使用してこないから。英語の得意な日本人高校生よりもボキャブラリーは少ないと思うよ」

 モニカは推察する。

「Who are you?」

 ボブは教材キャラ達と、優祐のいる方に目を向ける。

「やっほー、ボブタジエン。アタシ、原子化能蒸というのだ。英語だとI am Genshi Genome.かな?」

「ボブおじちゃん、はじめまして。あたしの名前は四分一理密図です。小学四年生、九歳です。趣味はお絵描き、特に好きな食べ物はトーラス構造になってるドーナッツと、回転楕円体に近いお饅頭とどら焼きです」

 化能蒸と理密図は嬉しそうに自己紹介した。

「リミットちゃん、ボブは老けて見えるけど、ワタシやユウスケくんと同級生ってことになってるよ。おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって呼んであげた方がベターかも」

 モニカは笑顔で伝える。

「そっか。ごめんね、ボブお兄ちゃん」

「Oh! very cuty girl! I‘m very happy to meet you.」

 上背一八〇センチくらいあるボブは中腰姿勢で理密図の顔を眺めながらそう叫び、目を大きく開いた。

「モニカお姉ちゃん、ボブお兄ちゃんさっき何って言ったの?」

 理密図は興味津々に尋ねる。

「とてもかわいい女の子だね、キミと会えてボクはとても幸せだよ。だって」

 モニカはにこにこしながら教えてあげた。

「わぁーっ、嬉しいなーっ! あたしも幸せーっ♪」

 理密図は満面の笑みを浮かべる。

「Limit,I fell in love with you at first sight.Shall we dance and s○x?」

 ボブはこう告白すると突然、理密図にガバッと抱きついた。

「……いっ、いやあああっ。こっ、怖ぁい、このおじちゃん」

 押し込まれ壁際に追い込まれた理密図は途端に怯え出す。

 ボブにほっぺたをぐりぐり引っ付けられて、さらには耳元にフゥーッと息を吹きかけられたのだ。

「おい、何してるんだよ」

「ボブ君、理密図ちゃん嫌がってるからやめなさい!」

 優祐と州湖良は慌ててボブの背後に詰め寄る。

「Get out of the way!」

「きゃぁんっ!」

「いてっ、強いな、こいつ」

 瞬間、ボブに蹴り飛ばされてしまった。州湖良はしりもちをついたさい、けっこう可愛らしい悲鳴を上げた。

「Bob,Stop body contact to Limit at once!」

 モニカは強い口調で注意した。

「No way!」

 けれどもボブは聞き耳持たず。

「In place of Limit,Hug me!」

「I’m not interested in middle age‘s woman like you at all.You are,so to speak,ugly fat pig.」

 ボブは腐った生魚でも見るかのような目つきで、命令して来たモニカに向かって言い放つ。

「まあ、なんですってぇぇぇっ! 失礼ね、このロリコン」

 モニカはぷくぅっとふくれる。

「今ボブ、何って言ったの? 早口で分かりにくかった」

 優祐が質問する。

「おまえのような年増には全く興味ないね。おまえはいわば、醜い太った豚だ、だって。I‘m pissed off! I‘m as old as you! My birthday may be later than you! ユウスケくん、be interested inは~に興味があるっていう重要英熟語だから、しっかり覚えておいてね。否定文にはnotよ。これを覚えたらハ○ヒの名台詞が英語で言えるよ。あともう二つ重要英熟語、not~at allは全く~ない。so to speakはいわば、例えて言うならっていう意味だよ」

 モニカはボブを睨み付けながらも、ちゃっかり優祐に英熟語を教えてあげる。

「I‘ll marry Limit in the near future.If the sun were to rise in the west,I wouldn’t change my mind.」 

 ボブはスキンシップをやめようとはしない。

「やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇぇ~」

 理密図は大声で泣き叫ぶ。

「ボクは近い将来、リミットと結婚するんだ。仮に太陽が西から昇っても、ボクは決心を変えないよ。ですってぇぇぇーっ。Pervet! Fuck you! Peice of shit! You are scum! ユウスケくん、marryは前置詞toやwithを付けずに目的語を取るよ。marryだけで~と結婚するっていう意味になるの。あとIf主語were to動詞の原形で、もし仮に~したら……だろうという意味だよ。この表現はIf主語should動詞の原形よりも、さらに実現可能性の低いことについての仮定に使われるの」

 モニカの怒りはさらに増した。けれどもボブの会話中に出て来た重要英語イディオムはしっかり解説することを忘れない。 

「あっ、あのうボブさん。理密図さんとても怖がっているので……」

葉月も彼の暴挙を止めさせようと説得に加わる。

「Really? Limit,please don‘t be afraid to me.If you marry me,I‘ll buy anything you want to.」

 ボブは一応、日本語も理解出来ているようだった。彼は理密図に優しく微笑みかける。

「ボブおじちゃん、早くやめてぇぇぇぇぇぇぇーっ」

 しかし逆効果。理密図はますます大泣きしてしまった。

「Why?」

 ボブはハハハッと陽気に笑いながら問いかけ、再び理密図に頬を引っ付ける。

「ロリコンのボブタジエン、リミットロコフォアいじめちゃダメだぞ」

 化能蒸はこう注意すると直径十センチくらいの鉄球に変身し、ボブの脳天にゴンッと直撃させた。

「Ouch!」

 ボブに衝撃が走る。両目が☆になった。

「引っ込め! 引っ込め!」

 化能蒸は元の姿に戻ると英語の教科書を素早く拾い上げ彼のいたページを開く。そしてボブの脳天に押し付け、中へと戻してあげた。

 これにてボブのZ軸成分が0と化し、二次元座標への変換が完了した。

「あぁん、すごく怖かったよぉぉぉ~。ありがとう、化能蒸お姉ちゃぁぁぁーん」

 理密図はえんえん泣きながら礼を言い、化能蒸にぎゅぅっとしがみ付く。

「どういたしまして。ボブタジエンは有害なホモサピエンスだったね。アタシも対象外みたいだったし。ボブタジエンの質量を全てエネルギーに変換した方よかったかな? 質量×光速度二乗で、とんでもないエネルギーになっちゃうから不可能だけどね」

 化能蒸はにこにこしながら物理学的に説明する。

「ボブって子、何がBob is the kindest boy in our class.よ。教科書の本文と全然違うじゃない。To tell the truth,Bob is not only Lolita complex,but also crazy.」

 モニカは、まだぷっくりふくれていた。

「ボブ君は、肉食系男子ね」

 州湖良は自信満々に呟く。

「肉食系男子って、ティラノサウルスみたいだな。犬歯も発達してるのかな?」

 化能蒸はすかさず突っ込みを入れた。

「ワタシ、肉食系の男の子は苦手だな。ユウスケくんみたいな草食系がいい」

 モニカはそう告げて、優祐の手をぎゅっと握り締めた。

「えっ、あっ、あの」

 優祐の頬は酸性を示すリトマス試験紙のごとく赤くなる。

「ユウスケくん、照れてる。かわいい」

 モニカはにこっと微笑みかけた。

「そっ、そんなことないって」

 優祐は必死に否定しようとする。

「優祐君、しぐさでバレバレよ。あの、英語の教科書にもう一人出てくるイギリス人男の子キャラ、トム君も引っ張り出してみようかしら? handsome boyって書かれてあるから」

 州湖良は微笑みながら問いかける。

「州湖良お姉ちゃん、もう止めて! また変なおじちゃんだったら嫌だよぅ」

 理密図はげんなりとした表情で伝えた。

「この教科書に出てくる女の子、メアリーとスージーはきっとボブに悲しい目に遭わされてるわ」

 モニカはため息まじりに告げる。

「ボブ君も二次元平面上では本文通りのいい子かもしれないわよ。三次元空間上の女の子はオタクを嫌う酷い子が多いのと同じようにね。さあ優祐君、今からは自宅学習の時間よ」

 州湖良はそう告げると、優祐の後ろ首襟をガシッとつかんだ。

「えっ、いっ、今から?」

「当然よ! 聡実ちゃん曰く高校生の本分は学業、大勢の友人同士で海や遊園地やカラオケボックスなんかで遊び回って恋愛なんかもしちゃってるリア充共は爆ぜろだからね」

 戸惑う優祐に、州湖良はきりっとした表情で言う。

「優祐お兄ちゃん、勉強を一日サボったら、元の学力を取り戻すのに一週間かかるよ」

 理密図は笑顔で忠告する。

「さあユウスケくん、シッダウン!」

「わわわ」

 優祐はモニカの手によって無理やり学習机の椅子に座らされた。

「まずは学校で出されたホームワークからよ」

「宿題は、今日は出てないよ」

「優祐君は、宿題が出てなかったら家庭学習はしなくてもいいと思ってるの?」

「そりゃそうだろ」

 州湖良の質問に、優祐は笑いながら答えた。

 次の瞬間、

パチィィィーンッ!

 と乾いた音が鳴り響く。

 州湖良が優祐のほっぺたを思いっ切り引っ叩いたのだ。

「……なっ、何するの?」

 優祐は突然のことに動揺していた。徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。

「愛の鞭よ」

 州湖良はきりっとした表情で伝えた。

「ユウスケくん、高校生はね、ホームワーク無くても授業の予習復習するのが当たり前だよ。ワタシ達、今日からユウスケくんの成績をアップさせるために、シビアに学習指導していくからね。怠けたら体罰もあるよ♪」

 モニカはにこやかな表情でさらっと告げた。

「えっ……」

 優祐はびくっとなる。

「学校では体罰は禁止されてるようだけど、わたくし達は容赦なくやるわよ」

「なんてったってワタシ達は非実在だから、ユウスケくんが再起不能になるまでボコボコにしても、killしても罪に問われないもんね」

 モニカはにこりと笑った。

「恐ろしいこと言うなよ」

 優祐はさらに表情が強張り恐怖心が増した。

「真面目にやれば体罰はしないから。優祐君、姿勢を正しなさいっ!」

「ちゃんと真面目にやらないと、坊主頭にしちゃうぞ、ユウスケくん」

「いっ、いててて」

 州湖良に両サイドからほっぺたをつねられ、モニカに髪の毛を引っ張られながらくどくど説教され、優祐の恐怖心はさらに高まった。

「ユウスケくん、まずはデスクの上をちゃんと片付けようね。ワタシがやってあげようとは思ったけど、それじゃあユウスケくんのためにならないからね♪」

 モニカはにこにこ顔で注意する。

「わっ、分かったよ」

 優祐はびくびくしながら素早く手を動かし、散らばっていた教科書、プリント類などを集め、隅の方へ寄せてスペースを設けた。

「それじゃ優祐お兄ちゃん、数学の特訓からやろう!」

 理密図は自身が入っていた数学のテキストを開いて学習机の上にポンッと置く。

「しょうがない。やってるか」

 優祐はしぶしぶ椅子に腰掛けた。

「優祐お兄ちゃん、シャーペン持ってさっさと解いて。標準時間は五分だよ」

 理密図はそれを優祐に手渡す。

「わっ、分かった」

優祐はそこにある演習問題を解き始める。整式の乗法に関するものだった。

「優祐お兄ちゃん、答は合ってるけど解くのおそーい! もう一回やり直し」

 理密図が開かれているページに手をかざすと、優祐がさっき書き写した文字が跡形も無く消えてしまった。さらに、問題文が一新され数値まで変更された。

「こんな能力も使えるのか」

 優祐はあっと驚く。

「問題文は自在に操れるよ。すごいでしょ? モニカお姉ちゃんも州湖良お姉ちゃんも葉月お姉ちゃんも化能蒸お姉ちゃんもみんな同じ能力が使えるよ」

 理密図はてへっと笑う。

「そっ、そうなんだ」

「優祐お兄ちゃん、感心してる暇があったら、さっさと問題解き始めて」

「わっ、分かった」

優祐は理密図に命令されるがまま、同じ単元に関する問題を解いていく。

「さっきよりは早くなったけどまだ遅いなぁ。もっと頑張ってね、優祐お兄ちゃん。次は単元変えるね」

 理密図は新たな演習問題が載っているページに捲った。

優祐は続いて、一次不等式と因数分解に関する問題を解き始める。

 数分後、

「時間オーバー、それに、計算間違いも多いよ。聡実お姉ちゃんはこんな頻繁に凡ミスなんてしなかったよ。次はこの単元の問題解いてね」

理密図がまたまた注意してくる。ぷっくりふくれて不機嫌そうだった。

「分かった。今度は順列・組み合わせかぁ。その分野は特に苦手なんだよなぁ」

 優祐は一問目の黒玉5個と白玉3個を一列に並べる時、白玉が隣り合わないような並べ方は何通りあるかという問題から悩んでしまう。

「優祐お兄ちゃん、手を休めちゃダメーッ! 順列と組み合わせは習ったばかりでしょ?」

「あいたぁーっ!」

 理密図にコンパスの針でほっぺたをプツッと突かれてしまった。

「優祐君は、中学生の頃はテストの成績わりと良かったみたいだけど、どんな勉強方法をしてたのかな? 正直に答えなさい」

「中学の時は、普段はほとんど勉強してなくて、テスト直前だけ、一夜漬けみたいな感じで、やってました。それでも、けっこう良い点取れたから」

 州湖良から突如された質問に、優祐はびくびく怯えながら答える。

「優祐君、高校のテストではそんなやり方じゃ通用しないってことは痛感したでしょ? 一夜漬けで身に付けた知識は、そのほとんどがすぐに忘れちゃうの。本当の実力は身に付いてないってことを肝に銘じておきなさい!」

「わっ、分かりましたぁぁぁーっ」

 厳しく注意された優祐は体罰されないようにと、必死に思考回路を巡らせシャープペンシルを動かし問題に取り組む。

 全部で十題あるうち八題目を解いている途中、

「あのさ、俺、トイレ、行きたくなったんだけど」

 優祐は椅子に座ったまま足をくねくねさせ始めた。

「州湖良お姉ちゃん、優祐お兄ちゃんがおしっこだって」

 理密図は州湖良の袖を引っ張りながら伝える。

「ダメ! 認めません。講義中のトイレ行きたいは、逃げるための常套文句ですから」

 州湖良は厳しい表情で告げる。

「そっ、そんな……」

 優祐の表情は強張った。

「これにすれば大丈夫よ」

州湖良はにこっと笑い、公共の資料集に手を突っ込む。そして環境問題に関する項目が載っているページからペットボトルを取り出し、優祐の眼前にかざした。

「でっ、出来るわけないだろ」

 優祐は当然のように拒否した。

「ユウスケトン、ズボンのチャック開けるね。あっ、パジャマだからついてないのか。直接脱がしちゃえーっ」

 化能蒸は優祐の側により、ズボンを引っ張ろうとする。

「ワタシも手伝うよ」

 モニカも加担してくる。

「やっ、やめてくれ」

 優祐は全身をぶんぶん振り動かし必死に抵抗する。

「ユウスケくん、このままじゃおもらししちゃうよ」

「ちなみにペットボトルのペットとは、ポリエチレンテレフタレートのことなのだ。エチレングリコールとテレフタル酸との脱水縮合により作られるのだ。有機化学分野で習うぜ」

 けれどもモニカと化能蒸の方が優勢だ。

「あっ、あのう、州湖良さん。厠には、行かせてあげた方がいいのではないでしょうか?」

「州湖良お姉ちゃん、優祐お兄ちゃんがかわいそうだよ」

葉月と理密図が説得すると、

「……それじゃ、特別に許可するわね」

 州湖良は数秒悩んだのち、こう告げた。葉月にあの姿に変身されては困る、と感じての判断だった。

「よっ、よかったぁ~」

 優祐はモニカと化能蒸から解放されるとすぐさまガバッと立ち上がり、一階にあるトイレへ向かって走っていった。

本当に、漏れるとこだったよ。

 優祐がトイレの扉を閉めようとした。その時、

「Wait!」

「わたくしもお供しまーす♪」

 モニカと州湖良に阻止され、中に入り込まれてしまった。

「なんでついて来たんだよ? 父さんと母さんと従姉ちゃんに見つかったら面倒なことになるだろ」

 優祐は当然のように困惑する。

「先輩として後輩の面倒を見るのは当然なので」

 州湖良はさらりと告げる。

「えー。やめてくれよ」

「優祐君はわたくしとモニカちゃんと、家庭学習時間中はいつもいっしょよ。そばに付いてなきゃいけないの」

「スコラちゃんはoldestだから、監督責任者なの」

 優祐の要求に聞き耳持たず、州湖良とモニカは真剣な眼差しで伝える。

「あのさぁ、出て行ってくれないか?」

 優祐は足をくねらせながら、悲しげな表情でもう一度お願いする。

「嫌よ。だってそうすると、優祐君絶対逃げ出すでしょう?」

 州湖良は困惑顔で問い詰める。

「逃げないって」

「信用出来ないな」

「ユウスケくんのお勉強を放棄させてしまうと、学習教材として失格だから」

 モニカは悲しげな表情を浮かべてぽつりと呟く。責任を強く感じているようだった。

「……もっ、もう、限界だぁ~」

 とうとう耐え切れなくなった優祐はズボンとトランクスをいっしょに脱ぎ下ろし、男の象徴を露出させると便器に狙いを定めた。

「優祐君の、ちっちゃいしほとんど生えてないし、高校生のものに見えないわ」

「みっ、見るなって」

 州湖良に覗き込まれ、くすっと笑われてしまう。

「ごめん、ごめん。ちょっと気になっちゃって」

「ユウスケくんの幼馴染の、ノブエちゃんの方がアンダーヘアー濃かったよ。女の子に負けて悔しくないの?」

「そういうのを競って、どうするんだよ?」

 モニカにも覗き込まれ、優祐はかなり不愉快な気分でいよいよ用を足し始めた。

「優祐お兄ちゃんのおしっこ、二次関数のグラフみたいにきれいな放物線を描いてるね」

「うっ、うわあああああっ!」

 いきなり真横から、いつの間にか入って来た理密図に覗かれ優祐はびくーっと反応する。

「ひゃぁんっ!」

狙いが外れ、理密図のお顔にビチャッと引っ掛けてしまった。

「ごっ、ごめん理密図ちゃん」

 優祐は慌てて大変申し訳なさそうに謝罪する。

「いいの、いいの。あたし、今朝優祐お兄ちゃんにいっぱいかけちゃったし。これでおあいこになるね」

 理密図はてへっと笑う。

「目には目を、歯には歯を、のハンムラビ法典みたいね」

 州湖良はすかさず笑顔で突っ込んだ。

「……」

 優祐は顔を真っ赤にさせながら残りの分も出し、なんとか用を足し終えた。レバーを引いて水をジャーッと流す。

「俺、手を洗ってくるから。理密図ちゃんも、お顔洗った方がいいよ」

「気を遣ってくれてありがとう。優祐お兄ちゃん」

 理密図は嬉しそうににっこり微笑む。

「三人とも、少しだけここで待っててね」

 優祐は注意を促した。

 両親にバレたらかなり厄介なことになると感じたからだ。

 洗面所は幸い、トイレのすぐ隣のお部屋にある。移動距離はごくわずかだ。

母さんと父さんも従姉ちゃんも、今いないな。

 トイレから廊下に出た優祐は注意深く、周囲をきょろきょろと見渡し洗面所も確認した。

 安全確認が出来るとトイレに戻り、理密図の手を引いて連れ出す。

 そしてすばやく洗面所へ誘導した。

「早く顔洗い済ませてね」

「うん!」

 理密図は水道の蛇口を捻り、水を出すと両手に掬ってお顔にパシャッとかける。

「水冷たくて気持ちいい♪」

 この作業をさらに二回繰り返し無事、顔を洗い終えた。

「お顔拭いてあげるね」

 優祐は手拭いを理密図のお顔に押し当て、なでるようにしてあげた。

「ありがとう、優祐お兄ちゃん。優しいね」

「どういたしまして。あの、理密図ちゃん。声が大きいよ。見つからないように部屋に戻ってね」

「うん」

 優祐からの指示に理密図は小声でそう答えて、足音を立てないように廊下を歩き、一段五秒くらいのペースでゆっくりと階段を上がっていく。

 その時、

「あら優祐」

「かっ、母さぁん!?」

リビングの方から母が突然現れ、優祐はびくーっ! と反応した。

「どうしたの? 優祐」

 母の方も少しびっくりしていた。

「何でもない。いきなり現れたから驚いただけ。母さんは、何しに来たの?」

「利川先生にちょっと用事があるのよ」

 母はそう言いながら優祐の前を通り過ぎ、階段の方へ近づいていった。

えっ!

 優祐は焦りの表情を浮かべる。

 さらに間が悪いことに、

トストストス――と父が二階の廊下を歩く音まで聞こえて来た。

ひっ、非常にまずいぞ、これは。なんでこんなあまりにタイミングよく。

 優祐の心拍数は急上昇する。

どっ、どうしよう。優祐お兄ちゃんのお父さんとお母さんが両側からあたしという極限値に近づいてくる。はさみうちになっちゃうよぉ。

 理密図も予想外の事態にかなり焦っていた。

こうなったら――。

 ふと、理密図はこの窮地を乗り切るグッドアイディアが浮かんだ。すぐに実践する。

「利川先生、ちょっとパソコン借りるわね」

「うん。分かった」

あっ、あれ? 見つからなかったのか?

 優祐は両親が何事も無かったかのように階段ですれ違ったことに、当然のように不思議がる。

父さん、トイレには、まだ行くなよ。

 優祐の願いが届いたのか、父はリビングへ。

ほどなくしてテレビの音声が聞こえて来た。

よぉし、父さんしばらく動かないな。

そう確信した優祐は階段を見に行った。

「優祐お兄ちゃん、あたしもう少しで見つかるところだったよ」

「うわっ!」

 優祐は思わず仰け反る。階段から転げ落ちそうになった。

 突如、壁の中から理密図が姿をにゅっと現したのだ。

「そんな所に隠れてたのか」

「壁に複素数平面を作って隠れてたの。そこは普通の人には見えない、観測されない平面なの。だから優祐お兄ちゃんのお母さんにもお父さんにも、あたしの存在が認識されなかったの」

 理密図は満面の笑みで嬉しそうに伝える。

「なんか、よく分からないけど、とにかく見つからなくて良かったね」

「うん! じゃあ優祐お兄ちゃん。戻っておくね」

理密図が自室に戻ったことが確認出来、

「セェーフ」

 とりあえず一安心した優祐は、モニカと州湖良を迎えに行くため再びトイレの方へ。

「あっ、あの」

 ドアノブに手をかけ、扉を開けた。その瞬間、

「Oh! もう、ユウスケくん。ノックくらいしてね。Etiquetteよ」

 モニカに叫ばれた。

「あっ、ごっ、ごめんっ!」

 優祐は慌てて謝り扉を閉めた。

 モニカが便座に腰掛けて気持ち良さそうに用を足している最中に出くわしてしまったのだ。モニカが穿いていたアルファベット柄のショーツも優祐の目にしっかりと焼き付いてしまった。

やってしまった。でも、悪いのはモニカちゃんの方だよ。あの子達も俺のトイレ覗いて来たし、従姉ちゃん作だけに従姉ちゃんの変態成分含んでるよなぁ。

優祐はこう思いながら自室へ向かって階段を上っていく。

「あっ、優ちゃん。『ウルビーノのヴィーナス』のポーズでヌードモデルしてくれへん?」

 途中で聡実とばったり遭遇してしまった。

「アホか」

 優祐は呆れ顔で言い、聡実とすれ違う。

「冗談やって。せやけど期末で百位以内入れんかったらさせるで♪ うち、今から放尿してくるから、覗いたら嫌よ」

「従姉ちゃん、トイレなら、たった今父さんが入ったぞ」

「そうなんや。ほなもうしばらくしてから行くわ~」

 聡実はそう伝えて自室に戻ってくれた。

 危ねえーっ!

 とっさについた嘘が功を奏し、ホッと一安心した優祐が自室の扉を開くと、残る三人は優祐の所有するマンガを読み漁ったり、携帯ゲーム機で遊んだりしていた。

「あっ、あのう、もう一度言うけど、あんまり俺の部屋を荒らさないでね」

 優祐が優しく注意すると、

「ごめんなさい優祐さん。すぐに元の位置へ戻します」

「了解、ユウスケトン」

「優祐お兄ちゃん、すぐお片づけするね」

 三人とも快く応じてくれた。

「さてと、問題の続きやらないと」

 優祐が椅子に座り、シャープペンシルを手に持った。

 その時、

「ユウスケくぅーん」

「もう、優祐君ったら。シャイな男の子ね」

モニカと州湖良の声がするのとほぼ同時に、部屋の扉がガチャっと開かれた。

「ごっ、ごめんなさーっい」

 優祐は反射的に謝る。

「ユウスケくん、I don‘t mind at all that I was peeped by you.」

 モニカは頬をピンク色に染めながら自分の気持ちを英語で伝える。

「わたくしもモニカちゃんのあとにやったわよ。優祐君、なんで逃げたのかな? 男の子なら、こういうシチュエーション大喜びすると思ったのに」

 州湖良は不思議そうに尋ねて来た。

「ギャルゲーの世界じゃないんだから」

 優祐は困惑顔ですかさず突っ込む。

「ユウスケトン、アタシ以外は普通に排泄行為をするからね。この四名は三次元空間上では現実の女の子と生物学的特徴が同じだから。アタシの場合は、飲食物は体内でエネルギーに変換されるからする必要ないけどな」

 化能蒸はにこにこ顔で自慢げに語る。

「ド○えもんかよ」

 優祐はまたもすかさず突っ込んだ。

「まあでもアタシでも月一、数日に渡って血液が子宮から体外に排出されるのだけどね。三次元世界の人間の女の子で言うとアノ日のことだよ。ユウスケトン、このことを正式名称で何と言うかもちろん知ってるよね? 保健の授業とかで習ったでしょ?」

 化能蒸は少し照れくさそうに訊く。

「もうその話はいいよ」

 優祐は俯き加減に言った。

「優祐お兄ちゃん困ってるから、数学のお話に戻るね。あたし、優祐お兄ちゃんが学校にいる間、数学の中間テストの問題も拝見したけど、簡単過ぎだよ。問題集から数値もそのまま出されてるのが三分の一くらいあった。こんなので九〇点百点取ったって意味がないよ。問題を作った先生も手を抜き過ぎ。採点で楽をしようと思ったんだね」

「えっ、俺にはかなり難しく感じたんだけど」

 理密図の不満そうな指摘を優祐は即反論する。

「それは優祐お兄ちゃんに基礎学力があまりついてないからだよ。模試では、今まで見たこともないような問題が出るの。数値変えただけで解けなくなるようではダメだよ!」

 理密図はむすっとした表情で優祐を見上げながら苦言を呈した。

「化学と生物も問題集からのコピーがかなり目立ってたぜ。ユウスケトンの偏差値は化学基礎が四三.八、生物基礎が四六.一かぁ」

「古典も、ワークからそのまま出されている問題が多く感じました。学年平均も七四点もありますし」

「歴史総合は本当に酷かったわ。ワークからそっくりそのままので大半を締められてるもの。平均も八一点って。優祐君は八六点取ってるけど、学年順位は一二五位だし。得意科目みたいだけど、これじゃダメね」

 化能蒸、葉月、州湖良の三人は優祐の個人成績表を眺めてため息をついた。

「確かに歴史総合百点いっぱいいたなぁ。あの、もう十一時過ぎてるし、そろそろ終わりに」

 優祐は目覚まし時計の針を眺める。かなり眠くなって来ていた。

「ダメだよ! ユウスケくん。まだ今日の分ほとんどやってないよ。高校一年生は少なくとも三時間はやらなきゃ」

 モニカは厳しく注意する。

「ユウスケトン、ほら見て。ノブエステルも家庭学習頑張ってるぜ」

 化能蒸に言われ、優祐はテレビモニターに目を向ける。

 伸英が学習机に向かって、一生懸命英語の演習問題を解いている姿が映し出されていた。

「ほんとだ」

 優祐は食い入るように見つめる。普段よく浮かべるのほほんとした表情とは違い、真剣な表情をしていた。

「こちらは哲秀君の様子よ」

 州湖良がリモコンを操作すると、哲秀のおウチ内部が映し出された。

 彼もまた、机に向かって数学の演習問題を解いていた。

「哲秀も、天才かと思いきや、やっぱ陰で努力してるんだな」

 優祐は感心しながら呟く。

「その通りです。哲秀さんも、伸英さんも、長年刻苦勉励し続けて、あれだけの高い学力を身に付けられたんですよ。テスト前だけ勉強すればいい、なんていう優祐さんのような浅はかな意識の持ち様とは違うのです。真の学力というのは、一夜漬けで身に付くようなものでは到底ありません。優祐さんは、中学生の頃や高校の一学期に一夜漬けで覚えた内容を、今もう一度やって完璧に解けますか?」

「……それは、自信ないな」

 葉月からの質問に、優祐は俯き加減で答えた。

「そうでしょう優祐さん。楽をして成績が上がるなんてそんな甘い考えではいけませんよ」

「学問に王道なしは、ユークリッドの有名な言葉だよ、優祐お兄ちゃん」

 理密図は得意げに教える。

「さあ、ユウスケくん。次は英語を頑張ろう。ユウスケくん一番の苦手科目みたいだから、重点的にやろうね」

「分かった!」

 優祐は急にやる気がみなぎって来た。

 椅子に座ると、さっそくモニカが調節した演習問題を解いていく。

「ユウスケくん、スペル間違えてる!」

「いったたたぁ、ほっ、ほっぺたそんなに強くつねらないで」

 時折、モニカから体罰を受けながら。

     ☆

まもなく日付が変わる頃、

「優祐お兄ちゃん、あたし、もう眠いから、寝るね」

「わらわも眠いので寝ます。子の刻以降に起きているのは辛いです。おやすみなさい」

「アタシも眠くなって来たぜ。夜行性じゃないからな。ユウスケトン、あとは頑張ってね」

 睡魔に負けた理密図、葉月、化能蒸は自分のテキストの中へと飛び込み就寝。


 0時二〇分頃。

「優祐君、夏にぴったりの夜食よ。元気が出るわよ」

 英語の特訓中、州湖良が学習机の上に、あるメニューを置いてくれた。

 タイ名物、トムヤムクンだった。

「ありがとう州湖良ちゃん。これも地図帳から取り出したんだね」

「その通りよ。食べ物だって取り出せるの」

「ユウスケくん、これ食べてLet‘s breathe for a moment.」

「じゃあ、いただきます」 

 優祐は一旦シャーペンを置き、お皿に浸されてあったレンゲを手に取る。そしてお汁と具をいっしょに掬って口に運び入れた。

「かっ、からぁ」

 瞬間、舌をぺろりと出す。

「優祐君、辛いのは苦手?」

「うん」

「ごめんね。ちょっと待ってて」

 州湖良はトムヤムクンを地図帳に戻し、代わりにタイ名物のデザートを取り出した。

「ありがとう」

 机の上に置かれると、優祐はすぐさまスプーンでお口に運んでいく。

「美味しい?」

 モニカがにこやかな表情で尋ねると、

「うん。ココナッツ味がけっこう甘くて」

 優祐は笑みを浮かべて答えた。彼は美味しそうに全てを平らげた。

「さあユウスケくん、もう少しだけ頑張ろう。毎日コツコツ努力すれば、一時凌ぎではない本当の学力が身に付くからね」

 モニカはウィンクする。

「分かったよ、モニカちゃん。俺、一生懸命頑張るから」

 優祐は再びシャーペンを手に取り、英文読解の演習問題を解いていく。

英語の今日の分を学習し終えた頃には午前一時過ぎ、優祐はようやく寝させてもらえた。

まさか、体罰されるなんて思いもしなかったよ。叩かれたところがズキズキする。従姉ちゃんのサド気質成分も含まれてるよな。でも、優しくも励ましてもくれたし、それに、顔もしぐさも声もすごくかわいいし、これからもあの子達に教えてもらいたいなって感じたな。

 布団の中で、優祐はそんなちょっぴりMっ気が芽生えて来た。彼が眠り付いてから数分のち、

「優祐さん、傷を治しておきますね」

 眼鏡を外した葉月が国語のテキストから飛び出て来て、優祐に向かって手をかざした。

 すると優祐の顔や腕、下腹部、足に出来た痣が瞬く間に消えていったのだ。

「優祐さんの寝顔、いとらうたしです。わらわは体罰に加担しないので、ご安心下さいね。おやすみなさい」

 葉月は小声で伝えて小さくあくびをし、自分のテキストへと戻っていった。

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