第一話①


 ここはどこだ……。俺は、何をしているんだ……? ただ漠然とそう思う。

 まるで、真っ暗な無の空間に漂っているような、そんな感覚。

 砂浜に手を突っ込んでいるような、あるいは、スピーカーから流れるノイズを聞いているような、だけどそれは、全部俺の外側で起きているような、そんな感じ。

 もちろん、時間的な感覚もどこかへ行ってしまっている。たぶんそれなりに時間は経っているんだろうけど、それはいつを基準にして経ったと感じているのか。


 不意に、耳に不思議な響きの声が届いた。

 空気を震わすことなく、膜を隔てた向こう側から聞こえてくるような、柔らかな女性の声だった。


「〈キュア〉」


 その声が聞こえた途端、まるで冷感シートに包まれたかのように、全身を覆っていた熱ぼったい空気が吸い取られていく。


 ああ。俺は暑かったのか。気付かなかったな……。


 また、声。


「……シェルマー?」


 今度は、膜を隔たずちゃんと聞こえた。やっぱり、柔らかな声だった。


 瞼を開ければ、霞んだ視界を灰色一色が満たしていて、それが曇り空だと気付くのに、しばらく時間がかかった。


「おはよう。目が覚めた? ジネーゼだよ。わかる?」


 曇り空を遮るように、少女が顔を覗かせる。短く切り揃えた淡い茶色の髪の毛に、黒目がちな大きな瞳。声質よりもどこか幼い印象の顔。


 いつの間にか曖昧だった視界の霞も晴れていて、一色だと思っていた灰色の空も、幾本もの歪な光の筋が陰影を作り出す複雑な色になっていた。

 そしてそれは、見たことのない、神秘的な空模様だった。


「ここは……」


 漏れ出た声も、やっぱり、俺の知らない誰かのものだった。

 違和感の正体。俺が、俺じゃなくなったという現実。


――い、いや、それ、俺じゃないっす、よ……?――


 記憶が蘇る。身体が重い。

 逃れるように意識を戻せば、優しく微笑む少女の顔が映った。


「ここは野戦病院だよ。戦場からは離れてるし、戦いも収束してるから安心して」


 もう、あの惨状は終わったらしい。

 だけど俺はこの目で見たくて、身体を起こした。いや、起こそうとした。でも、起こせなかった。


 筋肉の筋を一本一本引きちぎってくるかのような痛みに息が止まり、身体が突っ張る。少しでも身体を動かそうものなら、更に痛みが膨れ上がって治まらない。


 なんで俺がこんな目に。


 俺は、何も知らないんだ。突然目が覚めただけなんだ。なんだよ、シェルマーって。誰だよシェルマーって! 俺は大輝タイキ笹路大輝ソソロタイキなんだ!


 鼻の奥がツンと熱くなる。痛みに埋もれてしまわないくらいに、熱く、熱く。それは俺の頬を伝って、冷たい風を感じさせてきた。


 鼻が詰まってしまったけれど、すすれば、きっとまた全身の痛みが増すのだろう。


 ……ああ、痛い。だからこれは夢じゃない。紛れもない現実だ。


「〈レスト〉」


 また、膜を隔てたみたいな声。


「落ち着いて。大丈夫だから。ね?」


 ほどよく冷たい手が、汗で張り付いていた俺の前髪を払い、頭を撫でてくる。


(……落ち着け)


 試しに深く息を吸ってみれば、気分は痛みに埋もれていった。


「は、ははは。うん。落ち着いたな。助かったよ」


 無理やり笑って答えた自分に嫌気が差す。何を取り繕ってるんだろうな。


 俺がふぅーっと息を吐くと、ジネーゼは微笑んで、その手でゆっくりと頭を撫で続けてくれた。

 恥ずかしい。でも、安心する。

 ちょっとだけ気力が湧いて、俺はまた口を開いた。


「今のは、呪文か……?」

「あ、うん……。魔法使った。キミはさ、あんまり好きじゃないかもしれないけど、頼らなきゃいけない時は頼っていいんじゃないかな」

「……そっか」


――おい! シェルマー! 魔法障壁だ! 聞こえなかったのか!?――


 右手を持ち上げ、空にかざす。豆の多いゴツゴツした手。


「〈魔法障壁、展開〉」


 力を込めれば、半透明の球がふっと浮かんで、砕けて消えた。


「ははは。夢みたいだ……」


 魔法が使えるなんて。


 言い聞かせる。


 ……ワクワクしろよ。異世界だろ? 剣と魔法のファンタジーだろ? 夢みたいな現実じゃないか。


 もう一度使ってみようと右手を見つめる。

 だけど、その手は再び球を出す前に、ジネーゼの手に包みこまれた。


「焦らなくても大丈夫だよ。一人じゃないんだから。キミには、ちゃんと仲間がいる」


 緩やかに流れるジネーゼの声。左手は俺の右手に。右手は俺の頭に。温かい。


「みんな、守ってくれるよ。みんな、キミのこと、守りたいって思ってるよ。だから大丈夫……。ゆっくり……、ゆっくりでいいんだよ……。キミなら、どこでだって生きていけるもん。心配しないで……」


 言葉が鼓膜を揺らす度、全身から少しずつ力が抜けて落ちていく。


 どこでだって生きていける、か。


 ……そうだよな。どこでだって生きていかなくちゃいけないよな。


「……ありがとう」


 俺の言葉に、ジネーゼが胸を張って頷いた。


「ふふんっ。そりゃ、私は衛生兵だからねっ。怪我をしたら助ける。それが仕事だよ。だからいっぱい頼ってよねっ! ……甘えられるの、好きなんだから」


 最後の一言は、目を合わせずにそっぽを向いて。


 不意の仕草に、胸がドキリと鼓動する。


 新しい人生だっていいじゃないか。剣と魔法のファンタジーなんて、憧れるだろ?

 だからさ、早く傷を治して、魔法だって特訓して、単純かもしれないけど、いいじゃないかそれで。


 言い聞かせ、瞼を閉じれば、一瞬だけ使えた先程の魔法、半透明の球が脳裏に映った。


 その時、老人の声が耳を叩いた。

 けして大きくはなかったけれど、脳みそを揺さぶるような迫力のある低い声だった。


「目が覚めたか」


 聞き覚えのある、耳に焼け付いて離れないその声に、遠く離れ始めていた戦場が戻り出す。飛ぶ肉片も、燃える身体も、叫ぶ怨嗟も、全部、全部……。


「っ!」


 脳裏に浮かびそうになったそれを、唾を飲み込み、瞼を開けて追い払う。


 視界に映った低い声の主は、見覚えがあったけれど、俺の知っている姿とは少し違っていた。


 顔に深く刻まれた皺は年相応に垂れ下がり、兜のない頭に生えた白髪は、その下の髭同様、傷んでパサパサになっている。表情は完全に疲れ切っており、眉毛と口はハの字で、けれど、眼光だけは真冬の小川みたいに澄み、鋭かった。


 砂利を踏み潰しながら重い足取りで歩いてきたその老人は、俺を一瞥したあと、口を開く前にジネーゼの方へと顔を向けた。


「ジネーゼよ。至急確認せねばならんことがある。席を外してくれ」

「え? あの……」


 ジネーゼの瞳が揺れて、俺を見つめた。


 だから、俺はそれを見つめ返して、頷いてやった。


 甘えていいなんて言われたけどさ、老人が怖いからって泣きつくのは流石にダサいよな? 今更かもしれないけど。


「あー、俺は大丈夫だ。さっきの魔法でさ、ほら、痛みも少なくなったし」


 右手を上げれば、ちゃんと走る全身の痛み。だけど、構わず腕を振る。


 カッコつけた俺にジネーゼは頷いて、それから強張った表情で老人を見上げた。


「何かあれば、すぐに呼んでください。絶対に」

「わかっている。こいつを見殺しになどできるわけもなかろうて」


 足音が背中に響く。どうやら俺は地面に寝ているらしい。だから、離れていく足音も、近付いてくる足音も、理解できた。


 ……さて。


 身体を起こそうとする俺を老人が手で制した。


「そのままで良い。身体を動かす必要はない」

「……あ、っす。えっと、それで、あー、確認って……?」

「お前は誰だ? シェルマーではないのだろう?」


 そりゃそうだ。気付かないわけがない。姿形が一緒でも記憶はまったく違うんだから。行動だって変わってくるし、それに、俺はこの人の前で魔法に失敗している。違和感を抱くには十分だろう。


「笹路大輝。日本人で、学生です」


 俺に、この人の求めている能力はない。だから、正直に答えた方がお互いのためだ。


 緊張して言った俺の言葉は、ちゃんと届いたのか、届いていないのか。小さく息を吐く音が聞こえて、淡々とした声が返ってきた。


「……戦場では、過度なストレスから己を守るため、人格を分離させてしまう兵士がいる」


 解離性同一性障害。多重人格なんて呼ばれ方もする病気だ。明確な名前はないものの、この世界にも存在しているのだろう。

 でも、違う。俺にはこの世界じゃない、別の世界の記憶がある。魔法のない、戦争だってないような、平和な国の記憶が。


「まさかお前がそうなるとはな」


 続く老人の呟きは、空気の中に吸い込まれてしまうみたいに、あまりにも静かな、本当に静かなもので、鉛みたいな鈍い刃が俺の心をえぐったんだ。


 咄嗟に口を開く。


「え、あ、あの。……シェルマーは兵士だったんですよね?」

「何故訊く?」

「え、そりゃ自分の、あー、いや、自分の身体の持ち主? の状況を知れたら、俺が代わりを頑張れるかなーって思えるじゃないですか……」

「殊勝だな。だが無理をするな。自分の心に従っておけ」


 振り向いた老人の目は、酷く悲しい色をしていた。


 俺は振れない首を微かに動かした。


「いやいや無理じゃないっすよ、ほんと。俺のためにもなるっていうか、そのー、ね? ほら、行動の指針というか、生きる目標というか、そういうのにもなるじゃないですか」

「向上心のある人格か。いや、それを演じていると表現すべきか」

「うん? あー……、うん?」

「長く上の立場にいるとな、本質を見抜く力を身に着けねば生きていけぬのだろうと気付かされるのだ」


 いつの間にか、灰色の瞳が底の見えない深い色に変わっていた。


「本心では怯えているのだろう? 突然人格が形成され、戦場に放り出され、巻き込まれた。嫌だ。怖い、と叫びたくあるのだろう?」

「……は、ははは」

「ふんっ。曝け出せばよかろう。元々お前はそのために作り出された人格のはずだ。何故楽になろうとせん」


 低く圧のある口調だったけれど、その声色は、今までのこの人の声の中で一番優しい声色だった。

 言葉をかわした回数は今この時だけ。でも、きっと、この人はいい人なんだろうなとそう思う。


 この人だけじゃない。ジネーゼだって寄り添ってくれた。戦場で、命のやり取りをしていて、自分が生き残るのだけで必死な世界なのに、他人に気を使って。


 でも、だからこそ、俺の心は石でも詰め込まれたみたいに重たくなっていくんだ。


 息を吸う。


「騒いだり泣いたりするより、その方が安心するじゃないですか。どう思ってても」

「それは周りがか?」

「んー、自分も?」

「そうか」


 老人が口を閉じ、沈黙が訪れる。今までは感じていなかったのに、不思議と周りの音が耳についた。

 金属同士がぶつかるような、戦いを想像させる音は少なく、聞こえてくるのは談笑ばかり。今日のご飯は。調子はどうだ。眠い。そんな取り留めのない言葉達が肩を落としながら漂っている。でも、時折響く笑い声は乾いていて。


 老人が再び口を開く。


「いいだろう。どこまで知っている?」

「……え? あ、はい。……はい?」


 いや、急だったからさ。しかたなくない? 意味わかんなくても。


 内心の言い訳を老人は責めることなく教えてくれた。


「どこまでシェルマーの記憶を共有しているのかと聞いているのだ」

「あ。あー、なるほど。ならたぶん、何も知らないですね」

「そうか。では何が聞きたい」

「えっ、あー、えーっと……。あー、あれですね。聞きたいこともわからないくらい何もわかってないですね。はい」

「……そうか」


 沈黙。


 ……俺はしばらく老人とにらめっこをした後、無難な質問から始めていくことにした。


「あ、えっと、じゃあ、まずは名前から教えてもらってもいいですか?」


 まずは自己紹介から。……俺はもうしてるし、いきなり訊いても問題ないよな?

 心配を余所に、老人は少し遅れて答えてくれる。


「……フォーゴル・オルムンド。お前が所属していたナトゥリジ軍第八連隊、その隊長を務めている」

「ん。てことはナトゥリジが国の名前ですか?」

「ああ。ナトゥリジ王国。建国から三百と十一年が経った我々の故郷の名だな」

「お、結構長い……?」

「どうだかな。周りの顔色をうかがって生きながらえているに過ぎん」

「は、ははははは……。いいんですか? そんなこと言って」

「愛国心が足りないとでも? ふんっ。下らんな。事実を述べただけだ。それにここは敵国、アシドゥス・コナタスの領内。不敬だなんだと難癖をつけてくる奴らは本国で温かいスープでも飲んでおろうよ」

「な、なるほど……」


 脳裏に、暖炉の前でワインを揺らすでっぷりとした男の姿が浮かんだ。


 どうやらフォーゴルは自分の国にあまりいい印象を抱いていないらしい。


 俺は、少し話題を変えてみることにした。


「あー、でもあれなんですね。ナトゥリジ? ってその、弱い感じ? に言ってますけど勝ってるんですね」

「……何故そう思う?」

「え、いや、だって、敵地にいるってことは、こっちが攻めてるのかなって」


 フォーゴルが眉根を寄せる。けれど、続く声は不快感を孕んだものではなかった。


「なるほど。最もな視点だ。確かに攻めてはいる。勝っていると表現するのが正しいかはわからんが」

「おー……ん?」

「アシドゥス・コナタスの相手は被害がないに等しいのだ」


 妙な言い方だった。俺の属するナトゥリジ王国と、敵国アシドゥス・コナタスが戦っていて、こちらが優勢らしい。そして被害が少なくて、でも勝っているとは表現できない、なんて。……いや、待てよ。アシドゥス・コナタスの『相手は』か。


「あのー、あれですか? 俺達は巻き込まれている、みたいな?」

「ほう」

「おー、やっぱり? 『相手は』ってことは、俺達がその相手に含まれないってことですもんね」

「そういうことだ。話が早いな。本当に記憶を共有していないのか?」

「たぶん?」


 俺が首を傾げると、フォーゴルがじっと見つめてくる。

 その目には、怒りや疑念みたいな負の感情は見つからず、ただ単純に驚いているとか感心しているとかそんな感じだった。


 だからだろう。俺は背中にムズムズとスポンジが走っていくような感覚がして、目を逸らしてしまった。


 フォーゴルの肩からふっと力が抜ける。


「……まぁよい。この戦争は我々の同盟国であるエクエステラ王国が始めたものだ。我々はその援軍要請に応じているに過ぎん」


 苦虫を噛み潰したように不快感を顕にした表情。でも、まぁ、気持ちは理解できる。

 戦いの口火を切った同盟国を助けるための戦い。しかも、別に同盟国は劣勢じゃない。むしろ優勢。そんな中で命を賭けて戦うなんて、モチベーションを保てという方が無理な話だろう。


 俺は、自然と頷いていた。


「ナトゥリジ王国は立場が弱いんですね」


 ため息が返ってくる。


「立地がな、どうしようもないのだ」


 顔を上げ、遠くを見据えるフォーゴル視線が指し示すのは、故郷のある方角か。

 空はいつの間にか綺麗なオレンジ色に染まっていた。


「ナトゥリジ王国は西部を大海ヒンディゲン、北部、東部を不踏の高峰ゴーデンカイゲン山脈に阻まれている。平地の広がる南側は大国エクエステラの領土だ。狭い、痩せた、乾いた土地故、力も蓄えられず、攻めることも攻められることもない土地なのだよ」


 自然に守られた安全な国。それが戦いとは無縁の場所だったなら、きっと不満はなかったんだろう。


 灰色の目に夕焼けを映したフォーゴルの横顔は、寂しげだった。


 もしここにシェルマーが居たら、隣で一緒に景色を眺めただろうか。その答えはわからないけれど、今見えているこの世界の空は、俺の知っているものよりも随分と高く見えた。


「……えっと、シェルマーは、どんな人だったんですか?」

「ん?」

「ほら。身体はシェルマーのですし、俺には何ができるかなーって参考に……」


 フォーゴルの顔がこちらに向く。光が遮られ、瞳から色が消える。続く言葉も淡々とした響きで。


「一言で言えば『天才』だ。銃の開発、火薬の改良、莫大な魔力量に、既存の魔法論を無視した魔法の構築。己の才覚のみで全てをこじ開けるような、そんな男だった。我々、第八連隊がこれまで生き残ってこられたのもあいつのおかげだろう」

「なるほど……」


 その時、一羽の鳥が声を上げた。カラスによく似た鳥の声だった。世界が変わっても、夕方の音は一緒らしい。


「さて、そろそろ夕餉だ。起き上がるのは辛いだろうが、食べられる時に食べておけ。食事はすぐに水だけになる。撤退する兵士に分け与えられる食糧は少ない」


 続く言葉を埋めるように、砂利を磨り潰す足音が続く。言葉を挟む隙間は見つからない。夕焼けに影を差した背中は、一回りも、二回りも小さく見えた。


(そんな背中、見せられちゃったらさ……)


 身体を起こせば、痛みと共に、かかっていた毛布がずり落ちる。


「あ、あの!」


 フォーゴルの足が止まる。でも、背中は俺に向いたまま。


「無理をするな。動ける身体ではない」


 その一言は妙に重く、妙に固く……。


 ……わかってる。俺はシェルマーじゃないってことは。だって、たいした魔法は使えないし、天才なんて言われたこともないんだから。思い出だってないし、隣に立ったところで、代わりになんてならないだろうから。


 でもさ、だけどさ、そんな寂しい背中を見て、何もしないなんてできないじゃんか。何か力になれればって思うじゃないか。


「俺は、動けますよ」


 痛む身体を無視して地面に手をつく。今動かなければ、意志は示せない。


「は、ははは。起き上がるだけで、息が、上がっちゃい、ますね……」


 身体を前へ傾ける。後は膝を持ち上げて、尻を地面から離すだけ……。


「でも、今はまだ、シェルマーの代わりには、ならないかもですけど――」


 不意に視界が傾いた。世界が変わっても、身体の動かし方は変わらないと思っていたのに。立ち上がれない。左へ左へと世界が回転していく。


「……止めておけと言ったのだ」


 フォーゴルの腕が、俺の身体を支えた。地面につく前に。でも、俺にはお礼を言うだけの余裕がなくて。

 だって、毛布から抜けて見えた俺の右足には、モモに赤茶の染みがついた包帯がぐるぐる巻きにされていて、その先にあるはずの膝もスネも足首も、何もかもがなくなっていたから。


 いつの間にか、痛いと思っていた全身から、右足の痛みだけがすっぽりと抜け落ちていた。

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